第二楽章〜記憶の中のエリーゼ〜
もしもあの時、こうしていたら・・・。
生きていれば誰もがそういう直面に陥るシーンがあるだろう。
そしてあの時に戻れたら・・・。
それは誰しも願っては止まない至上の後悔なのかもしれない。
◇記憶の中のエリーゼ
「ぉう〜ぉう〜おぉ〜〜ちぇんぱーいっ!チャッチャッ♪」
夕焼けを背に赤く染まる2人の背中。
その隣の幼馴染さんは陽気にスケッチをしながら歌っている。
それは一昔前の夏に流行った『ダ・パンポ』とかいうグループのアルバムにある曲だった気がする。
それよりも、どういうことだか三時ぐらいまでに終わると思っていた幼馴染のデッサンは、ものすごーく延長し、およそすでに5時を過ぎている。
もうそろそろ限界であり、極限に腹は減っている。
変な昔の流行り曲を歌う陽気な幼馴染、もうその光景にもいい加減堪忍袋のおがキレそうだった。
「なぁ。チャッチャーだか知らんがもうそろそろ終わろうぜ雪音ちゃん??」
俺はため息を付きながらルンルン口ずさみながら絵を描いてるイカレポンチに言葉を続ける。
「はぁ。もう帰らないと静香のヤツがブチぎれるんだが」
そう、わが妹の静香ちゃん。
金髪のポニーテールに顔立ちは日本人離れしたどこぞのハーフみたいで、同じ血縁なのに俺とは似ても似つかない。
性格はちょっとキツ(ツンデレ)過ぎるが、黙っていれば妹であることを忘れるほど綺麗だ。
料理もうまいし、頭もいいし、本当に・・・黙りこくってくれてたらな。
「もうちょっと〜うぅーーうぇ〜ぃ!いっつ〜おんりーてーじ♪」
ふとそんなシスコンモードに陥っていたら何のその・・・簡便してほしいyou only stage。
「何度目のおんりーすてーじだよ、なぁ雪音ちゃん??」
今度は筆を持たない片方の手をマイクに見立てて歌いだしている。
しかも演歌ときたもんだ。
「ぬぁがれるぅ〜川ぁぁあとディゾニ〜とはぁ〜チャチャチャっ♪」
はは、ディゾニーは臨海だろに。
はぁ、ダメだこりゃ、もうどうにでもなれ。
俺は野原にすってんころりんと横になり寝ながら待つことにした。
パタン。
すると行動の意を察したのか歌をとめた。
「嘘だよ〜もうおしまい〜。後は片付けるだけだから、ね?ゆーくん♪」
テヘっ☆と笑い、アイドルウィンク。
信じるかよ、と思いきやそうでもなく素直に片付け始めた。
俺はそのまま横になりっぱで雪音を観察することにした。
というか呆れて疲れ果ててるのだ。
「絵の具さん〜今日もありがとう♪」
本当、こいつったら昔から不思議なヤツだ。
さっきまで座っていた切り株の横、そこに散らばる絵の具を猫のように四つん這いになり一個づつ広い集めて、そしてその一個一個に言葉を投げかけている。
君は元気そうだから明日もね、とか。
君はお爺さん絵の具だから来週ね、とか。
意味解らない行動だが物を大切にしていると感じる。
いや、物を愛しているって言ったほうがいいかもしれない。
普段はおっとりでマイペースでおちゃらけたヤツだけど優しさという面では静香以上だと思う。
まじまじと見れば容姿だって悪くもない。
雪のように真っ白な長い髪とチャームポイントのアホ毛。
仏蘭西とかそっち系のお嬢様みたいな顔立ちだし。
体系も静香より発育はいいし、特にふくよかなあのむn・・・。
「ねぇ、ゆーくん」
そんなヤラシイ妄想に突入していた時、急な攻撃を受ける。
ビクッ!!
そりゃ気まずいでしょう、妄想の最中だったし声はうわづるでしょう。
「な、なんだよ〜ぅ雪音ちゃん??ねっころがってねーで一緒に片付けろって〜かぁ??」
事後処理の台詞を吐いといて、とにかく修行僧になろうと試みた。
もうアレだ、心ノ世界では滝にごうごう打たれている。
(煩悩成仏煩悩成仏煩悩成仏でもあの胸いいよなぁ・・・いやだから煩悩成仏!!)
そんな心ノ世界を悟られないようにと必死に冷静を装うとした。
そんな折り、何を思ったかさらに雪音は四つん這いのまま近づいてくる。
おいしいと言えばおいしい、ふくよかな果実はたわわに揺れ、艶っぽくお尻をふりふりして。
おまけに何故か子悪魔スマイルな雪音ちゃん。
鼻血がでそうなのでここらで遮ることにした。
だって今日は昼も食べてないのだから鉄分は残しておかないとね☆
それはおいといて、っと。
・・・貞操の危機を感じるのだが。
そして刻々と距離は縮まり、その都度リアルにエロく感じる。
「おい!何だよ気持ちわりぃーな!近づきすぎだよ雪音ちゃん!?」
まあ、咄嗟にしては上出来な発言だろ。
すると雪音ちゃんはクスっと微笑んで仰向けになって寝転がってる俺に覆い被さる。
「ぇ〜ぃ☆」
ぱふっ。
あ、ああ、胸!!!・・・胸があた、あたってるよ〜・・・やわらけぇ。
いやいや違う!なんか辺だこいつ!いくら比類なき天然記念物だからってこれはおかしいぞ、うん!!
チキンボーイな俺だけども、非常に悔しいので強張りながらも精一杯クールに決めようと試みた。
「なぁ、なんのつもりだよ。てかどけよ、重い」
「NOぅ♪」
その瞬間さっきまでの修行僧な心ノ世界はとある緑髪のメイドロボがいる学校の教室へと様変わりした。
毎度のごとくなのか、クラスはひっちゃかめっちゃかで五月蝿いったらありゃしない。
そこで勇者現るか!のごとくメガネをかけたいかにも控えめなクラス委員長っぽい女子が教団をバタンと叩き視線を集める。
そして静かに口を開いた。
『はーい、不定詞きたわーNOぅ♪やでーこの発音は来週のテストに出よるさかい要チェケラやで!!』
チュドーンッ!!
あまりにも突然な台詞で外見と態度のギャップが激しすぎてイスからみんなスッコロんだ。
・・・ああ、何か別の世界へいっちまったじゃないか・・・と、とにかく落ち着け!
ここは黙ってこいつが何を考えてるか見極めるんだ。
肩の力を緩め、自然と調和だ、できる俺ならあのコ○モを感じられるはずだ。
そんな事を考えているうちに更なるリアクションが起こった。
今度はするりと腰を曲げ、大の字になっている俺の腕へと頭を乗せたのだ。
ちなみに、世間では腕枕というヤツだ。
「で、何で腕枕しなきゃならんのですか。雪音ちゃん??」
とにかく貞操の危機は免れたのでヨシとする。
こいつはあくまで幼馴染なのだから。
まぁ、腕枕ってことは・・・昔のことを思いだしたのだろう。
案の定、次の言葉はそれを背景していた。
「昔良くこうしてあの原っぱで腕枕してもらったよね☆」
ほら思ったとおりだ。
雪音がいうところの昔っていうのはおよそ小学校低学年ぐらいだろう。
あの頃は何もかも怖くはなくて全てが新鮮で、何でもできるんじゃないかと思えた。
非デジタルが当たり前だった当事の俺たちは、山へ、川へ、海へ、いつも暗くなるまで遊び回ったもんだ。
そう、・・・俺たち3人は。
「小夜子ちゃん、元気かな〜??」
記憶の中の少女。
俺と雪音のもう一人の幼馴染だった人の名前だ。
忘れもしない、当時の冬。
両親の仕事の都合で遠い都会へ引っ越してしまったのだった。
「きっと元気だろ、小夜姉は強いし。それに元気だけが取り柄な人だったんだから」
そうだ、別れの最後の日でもずっと笑顔でいて涙を見せなかった。
俺と雪音はわんわん泣いていたが、逆に『見苦しい!』とひっぱたかれたぐらいだ。
それだけではない。
近所では有名なガキ大将的存在で、俺だけは何故かどこへ行くにも何をしても必ずひっぱたかれてた。
ようするに今思えば親をあまり知らない俺にとって唯一叱ってくれる一番怖い人だったってことだな・・・。
それでも頼りになることもたくさんあった。
砂場でいじめられてる雪音を助けようと突っ込むチビな俺。
そして逆にやられてしまうのはお決まりで、小夜姉が横から現れそいつらをギタコラパコスにしてくれる。
そんでオトコの子が女の子守れないでどーすんだと拳骨を数発食らってったっけ。
毎度こんなパターンだったけど、今思えば本当の姉みたいな人だった。
そして喧嘩にしても悪戯にしても一問着終わるとお決まりの原っぱに行き良く昼寝したもんだ。
そこは冬になると一面銀世界になり、春になると草花が絨毯のように生い茂るお気に入りの場所だった。
三人でねっころがり、俺が真ん中で2人の腕枕になる。
雪音はその時のことを思い出したのだろう。
「いつか、また会えるよね。小夜子ちゃんに」
寂しそうな声色で腕に深く顔を埋めながら雪音はそう呟く。
自然とその想いが伝わってきたような気がした。
「ああ、会えるさ。だって約束したろ。あの場所で・・・」
そう、約束した。
幼馴染の誓いってやつだ。
それは・・・。
「季節が巡るその果てまで別たれても心は1つ、想えば会えぬ日などない、だからな」
「季節が巡るその果てまで、別たれても心は1つ、想えば会えぬ日などない、だね♪」
重なる言葉に俺たちは顔を見合わせ微笑んだ。
この約束がある限り、俺たちは幼馴染であり大事な姉弟みたいなものだ。
たとえ何があろうとも嘘をつかない誓いでもある。
心は常に1つだから。
決して雪音と小夜姉には小さい嘘も許されないのだ。
「さて、ほら帰るぞ。人の腕に絡み付いてねーで早く片付けろっての」
「うん♪了解だっぺ〜♪」
俺と雪音は起き上がり残る絵の具を広い集める。
そしてその後は何を喋るでもなく、ゆっくりと裏山の山道を歩き家路につく。
その途中で普段は五月蝿いと感じる蜩の鳴き声も、今は妙に心地よかった。
懐しかったんだ。
◇
ガチャッ。
「たっだいま〜、あー腹減った!」
シーン。
って・・・なんだ、なんでこんなにドンヨリとした空気なんだ。
あたりを見回すと何故か電気がついてない。
しかも、リビングのほうからだろうか。
蝋燭でも灯したような朦朧とした光が指している。
えげつないほどに不気味だ・・・。
「おーい、静香ーいるんだろー?」
一応呼んでみる。
・・・・・・・。
しかし返事がない、ただの屍のようだ。
「誰が屍ですか」
うわっ!すげー地獄耳、しかも何故に敬語??。
「ハッハー、いるんじゃん」
俺は靴を脱ぎ、ゆっくりと静香がいるだろうリビングに足を運ぶ。
そして本能的におそるおそる扉の前で深呼吸してドアノブに手をかける・・・まるでラスボスの魔王の間に赴く勇者な感じ。
ガチャ。
キィィィィィィ。
・・・少しだけ開けて除いてみる。
どうやらテーブルにアロマキャンドルを置き、一人でポツンと座っているようだ。
その暗さと言ったら半端ではない。
今なら呪いもかけれそうな感じだよ。
ここはあれだな、大事な妹が何かの理由で気をおとしてるんだ。
兄としてはその心の闇を取り除いてやらねば!
そこで、元気よく陽気にドアをおし開け、大いに明るく振舞おうと算段したので実行してみる。
行くぞ〜!
ドーン!!
「やぁ!静香たっだいま〜!!もうやんなっちまうよ『雪音』にデッサン付き合わされてさ〜アッハッハッハ!!!てか今日の晩御飯なにかなぁ〜妹の手料理たっのしみだなぁ♪」
「知らない」
ドテーン!!
即答デスカ。
もう空振り三振の勢いだねこれ。
まったく無意味な行動らしい、というかいくら幼馴染と言えどほかの女の子の名前を出すのは逆効果っぽかった。
「雪音ちゃんのどこがいいの」
そうきたかやっぱり。
いきなりそんなことを涙目で言われてもな・・・何か誤解してるよなこいつ。
てかあからさまに焼き餅じゃねーかよ。
まぁそれが怒ってる理由なら振り払うのは簡単だ。
いつものことだし。
「あのな、お前も知ってるだろうに。俺と雪音は!」
「じゃぁ佐倉姫さんがいいのね」
ビクゥ!!
そういうとこちらの反応を邪推してか自分を抱きしめるように両腕を抱え、とうとう泣き始めるマイシスター。
「ぅ、ぅぅぅ、ヒック・・・」
泣く事もあるまいに、・・・いくら凄まじいブラコンといえども。
てか何故そこで姫先輩が登場するんだ。
いや先輩はとっても綺麗でピアノがうまくて優しくて昔の小夜姉みたいに年上だからって乱暴しないし・・・・・・・、ってあれ??
何故静香のヤツ、先輩のフルネームを知ってるんだ??。
だんだんと怖くなってきたので理由を優しく聞こうではないか。
「おい、何泣いてるんだよ。てかなんで姫先輩がそこで登場すんのさ。」
「お昼頃うちにきたから・・・ヒック、ぅぅ」
またしても即答万歳。
けど今度は驚きの発言だ。
「ひ、姫先輩が?へ〜、何のようだったわけ?つかあれよ、ただの先輩だし」
焦りながらもフォローを入れつつ話の趣旨を探る。
「お兄ちゃんが『色々』あった音楽室で生徒手帳落としたんで、それをわざわざうちに届けにきてくれたのよ」
ヒック、と涙交じりのシャックリを付け加える静香。
なるほど、そういうことだったのか。
って、色々ってとこ強調しすぎ。
しかし良くうちの所在がわかったもんだ。
ここまでの流れを整理し、俺は静香の気持ちがわかってきた。
だって、そりゃそうだよな。
名前だけしか知らない兄と親しそうな女性が突然現れればショックを受ける。
ちゃんと説明しておけばよかったと思う。
別に出会いは変だったけど、特別な関係じゃないわけだし、隠すこともなかったわけだし。
そう考えながら誤解を解こうと口を開いた。
「ごめんな、静香。俺も逆の立場でお前の関係者と名乗る男が現れたら同じ気持ちになっていたと思う。だけどな、俺と姫先輩はその・・・、そうたまたまお互い自主練で出会って仲良くなったんだよ。ほんと、ただそれだけだから」
内容は間違ってはいないだろう。
『色々』の音楽室のシーンはカットさせてもらったが。
その言葉を聴いて少し落ち着いたのか、静香は泣き止んでいた。
そして上目遣いで俺に問う。
「ホント??」
う、なんだか頬が蒸気して目がウルウルで可愛いぞ。
こういうときに兄弟であることをつい忘れてしまいそうになる。
「ああ、ホントだ!」
そう一件落着。
「私のこと、世界で一番愛してる??」
「ああ、愛してる!」
え?
つい頷いてしまったが、なんか変な言い回しではなかろうか。
愛してるって、・・・ああそうか兄妹としてだな、うん。
「えへへ。安心したよ、お兄ちゃんだーいすき♪」
そういうとイスから立ち上がり、テコテコとはしゃぎ俺に抱きつくマイシスター。
ったく、さっきまでの浪費はいずこへだよ。
「生徒手帳二回においてきたから。さてさて可愛い妹ちゃんはダラしのないヘタレお兄ちゃんのために晩御飯作らないと♪」
ダラしないはよけーだっつーの。
ま、ホントに理解してもらえて一件落着だ。
静香はルンルン気分に戻り、エプロンをつけて台所に消えていった。
俺はその後姿に微笑みながら二回へ上がった。
◇
ドサッ。
あー疲れた。
さすがマイ・ベッド、最高に心地いい。
もうこのまま寝れそうだ、汗でベットリだが。
しばらくそのままの体制でマッタリしていた。
すると、携帯の着メロが突然鳴り出す。
『テテテーン♪さぁ!地元神戸の委員長イッツ・ア・ユニークショーやでー♪テテテーン♪』
「んだよ、誰だよ・・・ったく。直のヤツからメールだ」
そういやゲーセン行こうぜとかぬかしてたからそんな内容だろう。
ピ、ピピピ。
『来週の火曜に海いくから、人集めとけよ(-▽-)場所は鳴風海岸だ。
もし却下したり人を呼ばなければ音楽室でのことを静香ちゃんに・・・・・・・スィーユー雪夜☆』
「・・・・・・・」
あのエロエロ性人覗いてやがったな。
神出鬼没な上にここまでの変体っぷりとはさすがとしか言えん。
しかし、先ほどまでヤッカイだっただけにもう今月はやっかいごとを増やしたくはないのが本音だ。
でもせっかくの夏だし、海も悪くはないな。
しかし人を誘えって、静香と雪音は決定として後は・・・。
そう考えているとまた着信がなった。
『チューパチュパチュパチュルッパー♪フゥー♪』
「あ、この企画妖怪ユニットの着メロは姫先輩からだ。どれどれ」
ピ、ピピピ。
『こんばんは♪
宿直の先生に電話で相談して、音楽室で落とされた雪夜クンの生徒手帳を今日届けにいきました(*^-^*)
雪夜くんの妹さん〜可愛いですね!アハ♪
羨ましかったです(:_;*)』
可愛いですねって・・・少しはこうなることを想定してくださいよ先輩。
むしろそれは不可能に近いか、まだ日が浅いし。
あんなブラコン娘は世間からすれば珍しいしな。
続き続き、っと。
ピッピッピ。
『ところで、ですっ!。
最近隣町に素敵な喫茶店ができたのですっ!。
明後日ご予定がなければ、お近づきの印にご一緒しませんか(>0<*)??
姫より♪』
喫茶店ねぇ〜・・・ってこれ、デートのお誘い!?。
いやいやマテマテ、別にデートなんかじゃないよな、うん、そうだただの遊びに行こうっていう内容だ。
でもすっげドキドキする。
何だろう、読み返せば読み返すほど顔の筋肉が緩んでヒクヒクとニタついてしまう。
こんなとこ下でルンルンなあいつには見せられないな。
ま、まぁ返信だ!
ピ、ピピピ。
「よしっ、送信っと。はぁ、幸せな気分だ」
ピッ☆
◇
「姫お嬢様、お食事のお時間でございます」
そう声をかける男。
ベルサイユ宮殿のごとく煌びやかにそびえるお屋敷には良く似合う白髪の初老であった。
時代にして言えば似合わないだろう執事と呼ばれるお手伝いさんである。
窓の外、正しくは月を眺めていた少女は優雅に振り返り柔らかな笑みと仕草で執事に言葉を送る。
「今行きますからお先に行っててください、アウザーさん♪」
御意に、と一言断りその執事ことアウザーは寝室を後にする。
すると同じぐらいのタイミングで姫の着メロが鳴り響いた。
『ユアーッショークッ!ッチャッチャラーチャラチャラー♪』
「あは、雪夜クンからだわ♪』
足取り軽やかに携帯をとり覗きみる。
ピ、ピペポ。
『わざわざ届けてくださり、助かりました(^-^;)
あんまり姫先輩が綺麗だったので妹も驚いていたそうですよ(笑)
それと喫茶店の件、予定は何もないので是非ご一緒させてください(^з^)
先日のお礼も兼ねて奢ります。
では楽しみにしています!
雪夜』
「あらまぁ、お礼なんてかまわないのに雪夜クンったらっ(笑)」
可愛い♪、と微笑み携帯を愛しそうに抱きしめる姫。
その光景は、周囲に飾られた高価な調度品さえも卓越するほど絵になっていた。
「やっと、やっと雪夜クンともっとお近づきになれるのね♪」
頬を蒸気させ目じりには涙を滲ませている。
それは言い図れない歓喜のそれだろうと思わせる。
姫はそのまま携帯を抱きしめたまま、再び窓の傍へと歩み月を見上げる。
「私の初恋の相手、雪夜・・・クン」
今宵の月は満月だった。
周りに散らばるお星様は主を飾らんとばかりに燦々と輝きを放つ。
愛しさはあふれて一雫に変わり、雪夜への想いで彩られてゆく姫の心。
一年前の光景を鮮明に描いてはいと惜しげに月を見上げ続けるのだった。
つづく