第6話
ーー翌日、ルミアさんに案内されギルドの個室に来ている。
僕があまり人のいない所で話したいと言ったからだ。
『ここなら、誰にも聞かれないので大丈夫ですよ。お食事の件ですか?』
あっ、今日の夜だった。やばい、予約どころかお店すら決めていない。
「いえ、それもあるのですが。別件でして」
『そのお顔は忘れてたんじゃありませんか?』
「ちゃんと美味しいお店を調べてありますから期待しててくださいね」
『楽しみにしてるんですからね。で別件とはどうされました?』
「ダンジョンでの事なんですが……」
僕は出会った所から、ボス部屋が開き、入る所までを話した。ついでに銀狼についても。
『そうでしたか。それは辛かったですね。私もウインクさんのパーティーの5姉妹には良くしてもらっていたので、残念です。あの方達ならギガウルフに負けるとは思いませんので何かトラブルがあったのでしょうか』
「そうですね。バロンさんとミルクールさん以外に初めて仲良く出来る方達が出来たと思ったんですけどね。バロンさんは怪我するし、レイトさんやウインクさんのパーティーは全滅。僕が疫病神みたいな気がしてきますね」
席を立つ、ルミアさん。
『そんな事はありませんよ。私は貴方と出会えて良かったと思っています。それは皆様方も同じだと思います』
後ろから抱きしめられいつもなら、変な事を考えてしまうが今はただただその温もりに癒される。昨日散々泣いたのに、僕ってこんなに泣き虫だったかな。溢れ落ちる涙を拭き取る。
ガチャ
『ちょっと入るわよ……えっ、ごめ、ウソ』
ガチャ
何か凄い勘違いをされた気がする。と言うか鍵かけてなかったの。
ガチャ
『ってあんな達何しているのよ、びっくりして閉じちゃったけど私悪くないわよ。なんで鍵閉めないのよ。って違うわ、ギルドの個室を使ってこんな所で抱き合って説明次第では……』
涙がまだぬぐい切れていない僕の顔を見てアンジュさんは何かに気付いたのか、冷静に戻る。
「す、すみません。僕を慰めようとルミアさんはしただけで」
『アンジュ副マスター。希望と5姉妹のパーティーが全滅したそうです』
『そう……私は一旦戻るから少ししたら説明して貰えるかしら』
そう言い残しアンジュさんは外へと出て行った。意外と優しい人なのかも知れない。
少しして落ち着いた僕。少しずつ恥ずかしさが込み上げる。気にしていなかった柔らか感触、そして良い匂いがするルミアさん。
「あ、あのルミアさん。もう大丈夫です」
『えっ、あ、そうですね。私は、アンジュ副マスターを呼んできますね』
ドンッ
顔を赤くして立ち去るルミアさん。ドアがあるのに気付かないくらいに動揺していたのか、ドアも開けずに出ようとして頭をぶつけている。
「大丈夫ですか?」
『大丈夫です、少し触れただけです。ちょっと待っててくださいね』
オデコを抑えたルミアさん、手の隙間から赤く腫れてるタンコブが見えたのだが、触れただけと本人が言うので指摘しないのが優しさなのだろうか。
コンコン
中に入ってきたのは、ルミアさんとアンジュ副マスター。席に座り話をする。
『そうですか、あの方達はギルドとしても期待していただけに残念です。ジークさんのお陰でご遺族に遺品を残す事が出来ます、ありがとうございます』
「いえ、冒険者として当然の事をしただけなので」
『それが立派なのよ。冒険者の中にはそのまま持ち去る方も多いですからね。私は今回の件をマスターに報告してきます。ダンジョンで、何があったか分かりませんが、あのパーティーで負けたと言う事実は変えられませんので』
まあ、そうだよな。無謀に挑む人が出ないように対策しないと、ね。
『では、ジークさん。今回の素材の買取などをしてしまいましょうか。遺品も一緒に倉庫に出して頂けますか?』
ーー倉庫にて。
「じゃあ、出しますね」
と言って僕は順番に素材を出していく。
○ザラシー
○ケロケロケロッグ
○フレアバンビ
○アイスバンビ
『これはまた、随分と沢山倒して来たんですね』
「初ダンジョンで頑張りました。最後のは大きいのでちょっと離れてくださいね」
僕はダンジョンボスのギガウルフを出す。
『きゃっ』
「すみません、びっくりしました?顔も怖いですもんね」
尻餅をついたルミアさんに手を差し伸べ起こす。
『なんですか、この魔物……』
「え、ギガウルフじゃ」
『ギガウルフは6m程と大きいですが、こんなに大きくないですからっ』
あれー、どう見ても15mはある巨大な狼。ギガウルフでなければこいつは一体?
「そうなんですか?ギガウルフ見た事なかったので」
『ジークさんは毎回毎回……わざとじゃないですのね?はぁ、私では分からないのでちょっと待っててくださいね』
ルミアさんが連れて来たのはダクシムさんとアンジュさん。
『ダクシムさん、アンジュ副マスターこの魔物は何でしょうか?』
『ダクシム、これってまさか』
『あぁ、アンジュちゃん。此奴はアビスウルフじゃな。まさか図鑑でしか見た事のない魔物を見る機会があるとはのう』
アンジュさんを、ちゃん付けには驚いたが、図鑑でしか見た事ないというアビスウルフって一体。
『マスターを呼んでくるわね、私ではどうしていいかわからないわ』
『とりあえず、解体は任せて貰っていいんじゃな?』
「はい、お願いします」
『ジーク、お前さんそんな装備で此奴と戦ったのか』
「はい、もうボロボロになって来ちゃいました」
『来ちゃいましたじゃないわい。Aランクの中でも中位と言われる魔物をそんな新米に毛が生えたような装備で向かっていく馬鹿がおるか』
「えっ、Aランク!?通りで……死ぬかと思いました」
『ジークさん!!』
「ごめんなさい。と言うか知らなかったんですよ」
『知らなかったじゃないです。そもそもギガウルフはBランク。なんで挑んだんですか』
『まあ、落ち着くんじゃルミア。それ以上はギルド員の職務を越えるんじゃないかの?儂は解体の準備に入る、出来ればこの機会にいい素材が入ったんじゃ防具を作るといい』
解体作業に入る為にダクシムさんは出て行き入れ違いで入って来たアンジュさんと、何処かで見た顔の人。
『ジークさんこちらがこのギルドのマスターです』
『久々でもないな、風呂以来だな。名を名乗るのは初めてか。ジエン・マクシーラ、このギルドのマスターをしている』
風呂以来……あっ、
「あの時の!銭湯大好きなおじさん」
『ジークさん、マスターに失礼ですよ。それよりお二人が既に知り合いなのに驚きですわね』
「あっ、すみません。改めましてジークです」
『事実だから気にすんな、まさかあの時あった小僧がアビスウルフを倒して来るとはな……こりゃ小僧とはもう呼べねえな』
『それよりも、アビスウルフがダンジョンのボスとして出た事が問題ですわね』
『一旦ボス部屋への立ち入りは禁止にするしかないな……調査する必要がある。頼めるか?』
『かしこまりました』
「なんか息ピッタリって感じですね」
『マスターとアンジュ副マスターは夫婦なんですよ』
冒険者ギルドは社内恋愛okなんだね。
『余計な事を言うな、表向きにはしていない』
『すみません、つい』
『まあいい。ジークお前何者だ?』
「へっ?僕人族なはず……です?」
急に変な事聞くから変な声が出ちゃったよ。
『そう言う意味ではない、そんな事見ればわかるだろ。新米冒険者に成り立ての奴がAランクの魔物を倒す。異常だろ?』
うん、確かに言われてみると異常だ。神様の加護とか言って勇者だ、使徒様だ。とか言われるのは絶対嫌だ。
「うーん、言われてみれば僕よく生きてましたね。何度か死にそうになって諦めましたもん。後悔したくないなって頑張ったら何とかなったんですよね」
『そうか、あくまで実力で偶々倒せたと言うつもりか』
「そうですね、次倒せと言われたら……多分死にますね。あの時はレイトさんやウインクさんの仇とか、ルミアさんと食事に行ってないとか。僕の中で後悔したくないって気持ちでいっぱいで必死でしたからね」
これは全てが嘘ではない、アビスウルフを倒したからレベルも上がってるだろうし、倒せる気もするけど。あの時は必死だったから何とかなった。少しでも気を抜いてたら死んでたかもだしな。
『わかった、とりあえずAランクの魔物を倒した奴をDランクにしておく訳にはいかないからな。Cランクに昇格だ。本当ならBランクと言いたいとこだが、流石に新米冒険者をいきなり上げちまうと批判が出るんでな』
僕としてもCランクに上げてもらえるだけで十分だ。と言うか試験すっ飛ばしていいのかな?
「Cランクからは試験があるんじゃないんですか?」
『あぁ、だからジーク、お前には護衛任務を受けて貰うつもりだ。経験が足りなさすぎるからな、別パーティーと一緒に受けて貰うからそこで学ぶと言い。王都のマスターには俺が手紙を書いておくからBランクになって戻って来い』
護衛任務……戦闘力的に問題はないけど、他のパーティーと一緒にって大丈夫かな?
『マスター。王都ってどう言う事ですか。ジークさんがこの街からいなくなっても良いんですか!』
寂しがってくれるのは素直に嬉しい。Bランクになったら戻って来いと言ってるし僕も成長するチャンスだからな。
「ルミアさん、成長してBランクになったら一度帰って来るので待っててください」
少し考える素振りを見せるルミアさん。
『うーん、分かりました。ジークさんまた後でお食事楽しみにしてますね。では、マスターこちらへ来てください』
『おい、引っ張るなどうしたんだよ』
ジエンさんを連れて行ってしまった。さてと、僕も一旦宿に戻るとするか。そう言えば解体いつ終わるんだろう、どうせ後でギルドに来るしその時でいいか。
猫まんま亭、まさか閉まってるとかないよな。あそこなら料理は美味しいし。んー、でも初の食事であの店は引かれるかな。失礼な事を言ってるのは分かっているのだが、贔屓目に見ても綺麗とは言えない。
料理と話術で、ダメだ。話術なんてない。カイゼルさんに何とかしてもらおう。
ーー宿に戻った僕は宝箱とステータスの確認をしている。
宝箱はすぐに開ける気になれなかった。中身は何が入ってるんだろうか。
「罠とかないよね?」
クリア報酬だし大丈夫なはず。煌びやかな装飾付きの宝箱を開けてみる。
中には、スクロールが1つと、ネックレスが1つ、そして袋が1つ入っていた。
まさか、希少なスクロールが出るとは。神様に貰ったのとそっくりだから、間違いないはず。何属性かは見ただけでは良くわからない。変な模様が描かれているだけだ。とりあえず……後で使ってみようかな。雷がかぶる事はないだろう。確率的に基本4種のどれかになるだろう。
紫のアメジストのような綺麗な宝石の嵌ったネックレス。これは、鑑定の出来る人に聞かないとわからない。
袋の中身はお金だった。白金貨3枚、大金貨10、金貨30枚。
スクロールを使わずに売れば僕もう働かなくて良いんじゃないだろうか。冒険者として活動するなら装備を揃えたりとお金もいるので白金貨があってもいつか尽きるから働かないといけないしな。
アビスウルフの毛皮を使って装備を作ったらそれこそ、白金貨飛ぶんじゃないだろうか。持ち込みなら安くなるのかな……。自衛の為には防具はちゃんとしておきたい、今回のアビスウルフとの戦闘で思い知らされたからね。ポーションで治る程度の傷で済んだが次はどうなるかわからない。
「はぁ、せっかくお金持ちになったと思ったのにな」
増える収入に増える出費。仕方ないね。
という事で、スクロールを使っちゃいます。何が来ても文句なし。と言うかどの属性増えても今より凄く戦闘の幅が広がるはずだ。
さて、何が増えたかステータスをチェックがてら見てみよう。
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ジーク
年齢15歳
レベル:64 種族:人族
生命力1675/1675 魔力12550/1675
体1250
力1250
知1250
敏1250
スキル:採取[1] 雷魔法[7] 時空魔法[1]
剣術[6] 杖術[4] 短剣術[2]
解体[2] 魔力操作[6] 気配察知[4]
逃走[2] 鉄壁[3]
EXスキル:魔磁石[4]
EXスキル:スイーツバック
EXスキル:言語理解
加護:スイーツ神の加護
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レベルは46→64。大きく上がった。かなり格上のアビスウルフを倒したから当然なのかな。加護ってホントどれくらいの影響があるんだろう。まだ二桁だしレベルが高い事はないと思うけど。
能力も3桁を超えた。最初の頃から比べると随分と……。最初一般的なステータスに毛が生えた程度だったからね。
雷魔法は7レベルに。これはちょっとびっくりした。5→6はかなり上がりにくく宮廷魔術師などエリートになれる人と聞いている。7レベルに関してはこの国だと宮廷魔術師団長が唯一と聞いた。まあ、実は居ましたってパターンはあるかもだけどね。冒険者に流れる情報だしね。それが事実ならレベルだけは宮廷魔術師団長に並んだ。魔力操作が6だからレベル7でも使いこなせる訳でもないし実際は補正に頼っただけでは経験の差などで大きく変わるので僕が並んだ訳ではない。戦ったら簡単に負けるんだろうな。
そして、「時空魔法……」え。どう言う事?ダンジョンスクロールは出にくいと聞いている。とても稀だと。そして時空魔法は現在存在していないと聞いている。それが僕に出る。これは偶然?そんな訳がない、スイート様の仕業だろうか。
『正解なのじゃ!』
「って正解なのじゃじゃねえよ。どう言う事か説明してください」
まあ、こんな偶然ある訳ないよね。初ダンジョンの初報酬で超レアな物の中で殆ど存在すら危うい貴重な物が出る。僕こんなに運が良い訳ないもん。と言うか時空魔法とか意味わからない貴重な物を貰うとかいい予感はしない。
『うむ、ちょっと厄介事がこの先おこるかもしれんのじゃ。だからのう、前もっての備えじゃな。本来は厄介事が起きれば勇者召喚が行われるから大丈夫だとは思うのじゃがのう。それだけではないのだぞ?我が目にかけてる者が死ぬ事になるのは目覚めが悪いのも少しはあるのじゃ』
厄介事かー、邪神とか魔王とか良くある奴だろうか。勇者召喚……。他の世界から誰かがこの世界を救いにやってくる。恐らく本当のチートな存在なんだろうな。僕の出番はないと思うけど。そう考えると、意外と優しいのかな?少しはとか言ってるけど、結構僕の事考えてくれてたりして。
「邪神ミーティスでしたっけ」
『もう知っておったのか』
「詳しくは知らないですが、運命を司る女神で封印されてるんですよね。魔族が封印を解きに来ているかも知れないと聞いています」
『少しじゃなく、かなり知っておるではないか』
「魔族が封印を解きに来たのは事実なんですか?」
『うむ、悪しき力が封印に触れたのを他の神が検知しておる。だが、どのようにして封印を解くつもりなのかがさっぱりでのう。地上に干渉する訳にもいかぬし困っておったのじゃ。だから備えなのじゃ。お主の事は他の神も知らぬからのう。我の秘密兵器という訳じゃな』
「わー、聞きたくない事聞いちゃった感じですね。秘密兵器って言うならもっと初めから最強とかしてくださいよ」
『無茶を言うでない。神はそれ程干渉出来ぬと言ったではないか。干渉し過ぎるとお主の事が他の神に知られるのも嫌じゃしの。お主もバレて巻き込まれとうないじゃろ?』
「そうでした。つい勇者と聞いたのでどうせ最初から凄く強いスキル持ってたりするんだろうなと思いまして」
『間違ってはないがのう、勇者であっても努力しない者では使い物にならんしのう。まだ余裕はあるとみておるからその間分お主にはある時間がない分と考えればそれ程悲観する事もないと思うのじゃ。そもそも時空魔法は光魔法よりもレア度で言えば高いのだぞ?』
「そんな凄いスクロール貰って大丈夫なんですか?干渉とやらわ」
『これは、偶々スイーツに埋もれて残っておったスクロールじゃからな。新たに力を使った訳ではないから大丈夫じゃ。勿論あまり目立って貰うのは困るがお主がそんな事をするとは思えんからのう』
「そうですね、使うとしても雷魔法の補助とか、やむ終えないときですかね。レベルは上げたいので人目につかない所ではガンガン使って備えるつもりですが」
『それで良いのじゃ。力を使いすぎた、そろそろ我は少し眠りにつくのじゃ。偶には神殿に来てくれると助かるのう。毎回なんで我が力をこんな使わないといけないのじゃ。そもそも我の使徒が一度も祈らないとはおかしいと思うのじゃ』
「すみません、忙しくて……」
『都合が良い言葉じゃの、ではおやすみなのじゃ』
スイート様との通信が切れたようだ。神殿行くの完全に忘れていた。ちょっと怒ってたかな……。と言っても僕も必死だったし仕方ないよね。
もう少ししたら、ルミアさん仕事終わる頃だろうか。お迎えに行く準備っと。あっ、服……。服買うの。
「忘れてたあぁぁ!」
デートに着ていける服とか僕持ってないや。今あるのは、部屋着程度の安物の服と冒険者としての普段着であるボロボロになった皮鎧スタイルの装備のみ。
このまま行ったらダメ?だよね。時間も余裕はない。急いで銭湯→服屋→ギルドへお迎え。
「やるしかない、今こそ本気になる時」
と思って全力で走ったよ。時空魔法がレベル1なのが悔やまれる。転移出来れば急ぐ必要ないのに。
銭湯に到着、5分で済ましいざ服屋へ。と思ったのだが、服屋なんて洒落たとこ僕知らない。ここまで来て諦めるものか。
『ジーク君どうしたの?』
「あっ、ハピアさんが女神に見える」
『何言ってんだか、お姉さんが相談にのるよ』
僕は簡潔に説明した。
女性とのデート、服持ってない。鎧ぼろぼろ。時間ない。どうしよう。こんな感じだ。
『えっ、ジーク君、好きな女の子いたの!?』
「好きと言うか、お詫びの流れというか」
『誰!誰なの!?ルルエル様に知らせないと』
「冒険者ギルドの受付のルミアさんだけどハピアさん知ってる?と言うかなんでルルさんでてくるの」
『えっ、あの。ルミアさん!?ルル様は私の主人だから報告の義務があるの!』
「有名なんですか?」
『冒険者の多いこの街で、知らない訳ないよー。お嬢様に頼まれて依頼に行ったりするもの。うん、でも納得出来る所はあるかも。ジーク君可愛いもんね。むさ苦しい男共に言い寄られる中オアシスみたいなもわだよ』
「そうなんですね。それより、時間ないので服屋、服屋に案内してください」
『良いよー。私に任せて』
連れてこられたのは如何にも高級店と思われる外装が並ぶ通り。あれ、お金に余裕はあるけど、足りる、よね?服って高いのかな。ちょっと心配。
『ここだよ。入ろっか』
こんなボロボロの鎧で入って良い場所じゃないよ、ハピアさん。中は広いホテルなどにある展示場のような感じになっており、値札のない服がマネキンに着せられている。
『いつもお世話になっております。今日はルルエル様と一緒ではないようですね』
僕の事を見ている、こんな格好で入って欲しくないよね。ごめんなさい、今すぐ出たい。
『はい、本日はルルエル様のお友達のジーク様が服をお探しのようでしたので連れて参りました。お願い出来ますでしょうか?』
この言葉でエレガントな髭を生やした少し小太りな男の目が変わる。
『かしこまりました。ジーク様に似合う服をすぐに用意だ』
奥に控えていた、女性スタッフが凄い勢いで服を探しに散らばる。
『私はこのエレガンテのオーナーのプティットと申します。どうぞお見知り置きを』
ハピアさんがルルさんの友達と言っただけでこうも変わるのか。まあ、商人だもんな、大事だよね。別に言う前も見下されたりした訳でもないから印象は悪くない。
出てけと言われてもおかしくない格好をしている。
「はい、ジークです。よろしくお願いします」
僕は奥へと連れられ現在着せ替え人形状態だ。
『うーん、これも可愛いですね。次はこちらを』
恥ずかしい、現在僕は着替えをお姉さん3人にしてもらっている状態。脱がされては着せられて、恥ずかしくて棒のように立って無心を貫いている。
『可愛いのもカッコいいのも捨てがたいわね。ジーク君は気に入った?』
「こう言う経験初めてなので、緊張してそれどころじゃないと言うか。ファッションについても詳しくないのでハピアさんが良いと思うのを選んで貰えると嬉しいです」
『じゃあ、全部ね。プティットさん、今着たの全てください。今着ている服はそのまま着て行きます。鎧は捨てといてください』
『かしこまりました。すぐにご用意致します』
えっ、全部?ちょ、ちょっと待って、僕Cランク冒険者。ハピアさんもしかして、ルルさんの金銭感覚で僕を見ていないか。それとも安いのか?な訳ないよ。僕だって高いか安いかくらい見れば分かる。この生地僕が着てる普段着とは全然分厚さも滑らかさも違う。男としてお金足りるか聞くのはダサいけど、後で言うよりは……
「ハピアさん、僕新米冒険者なのわかってます?」
『うん、大丈夫だよ』
少しして、僕は袋に丁寧に詰められた服一式を渡される。
『ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております』
えっお会計は?ハピアさんに手を引かれ外へと出る。
「あの、ハピアさんお会計してないんですけど」
『いいんだよ。ルルエル様から、ジーク君が困ってたら協力してあげてと言われてるし、必要な物があれば支援私の独断で支援して良い許可も出てるの』
「えーっと、何でですか?僕を支援するメリットがないと言うか」
『ルルエル様が気に入った。それでいいじゃない』
いいのだろうか?それとも、恩を売られて何かさせられるのだろうか。ってルルさんはそんな人じゃないか。と言うか僕、来週から護衛任務で王都に暫く行っちゃうんだけど、貰い逃げみたいにならないかな。
「ルルさんにありがとうございますって伝えてください。後僕、来週から護衛依頼で王都に行く事になったのでお礼を言う時間があるのであれば一度直接言いたいって伝えて貰えますか?」
『そうなのね、護衛依頼なんて立派な冒険者さんね。伝えとくね。そろそろ戻るね、デート頑張って』
服は助かったけど、時間やべえ。ギルドへダッシュ!!
ーーギルドの外で待つルミアさん。何故か沢山冒険者が集まっている。しかも男性のみ。
「ルミアさん、お待たせしてすみません」
僕は今細めのパンツに、少しラメのようなキラキラした繊維で作られた上質なシャツにダークグレーのジャケットを羽織っている。
『ジークさん遅いです。すっぽかされたかと思いました』
『ルミアちゃんを待たせるなんていい度胸だぞ、お前』
「すみません。お待たせして」
『服似合ってますね。カッコいいですよ。遅れた原因はこれかな?』
「ありがとうございます。私服のルミアさんも素敵です。
『何が素敵ですだよ、遅れた癖によ。ルミアちゃんの優しさに感謝しろよ』
何故か話す度に、周りから野次が飛んでくる。僕に恨みでもあるのか。
「バレてしまいましたか」
『はい、ボロボロの鎧のまま来るんじゃないかと予想してましたけど、気を使ってくれたみたいで嬉しいですよ』
あぶねえ、ハピアさん居なければボロボロ鎧で行ってたよね。それか近くの古着を適当に。
「僕も楽しみにしてましたから、そんな事はしませんよ。そろそろ行きましょうか」
『リア充逝ってこい』
『振られろ』
『変な物食わせたら許さねえぞ』
知り合いですらないのにめちゃくちゃ言われる僕。ルミアさん人気だもんな。進もうとするとルミアさんが動かない。
「ルミアさん?」
無言で手を少し前に出している。手を繋いでいいって事?良いのかな?僕はルミアさんの手を握り引くと。僕の腕に自分の腕を絡ませるルミアさん。
『ちゃんとエスコートしてくださいね』
あっ、なるほど。手を繋ぐではなく、エスコートをして欲しかったのか。恋人繋ぎしてしまった自分が恥ずかしい。こんな事した事ないんだもん。仕方ないよね?僕まだ15歳。日本でもエスコート経験なんてした事ない。一般庶民でしたから。
「はい、では行きましょうか」
『はい』
後ろの方から、『俺のルミアちゃんが』とか、『あぁぁー、』と消え入りそうな声とかが聞こえる。どうだ羨ましいか?とドヤ顔で後ろを向くと凄い睨みが帰ってきた。
ビクっと思わずしてしまう。
『どうかしました?』
「いえ、凄い視線を感じたような気がして」
『視線ですか?確かに今のジークさん、どこかの貴族の息子と言われても納得してしまうくらいに上品で、カッコいいですから、見られるのも仕方ないかもですね』
目を見て、そんな風に褒められるとヤバイ。心臓がバクンバクン言ってる。ルミアさんに気付かれてないと良いけど。
「ありがとうございます。ルミアさんこそ、何処かのお姫様のように綺麗です」
なんて、僕何言ってるんだあぁ。こんなキャラじゃないのに。
『嬉しい、です』
顔を赤らめて上目遣いで答えるルミアさん。可愛すぎる。
ーー歩く事20分程。
しまった馬車か何か移動手段を用意するべきだった。別に何も言われてないけど20分も歩かせるなら、そうした方が喜んでくれたなと、道ながら思っただけだ。その分色々話せて仲良くなれた気がするけどね。
猫まんま亭の前に到着。お店は開いているようだ。良かったー、一先ず安心かな。でもこんな外装のお店に女性を招いて大丈夫だろうか。なんでこんな汚いお店なのとか思われて引かれたりして、カイゼルさんに失礼か。
「えっと、ここです。猫まんま亭って言うんですが知ってますか?外観はともかく、料理は最高なので」
入ろうと促すがルミアさんが入らないで立ち止まる。あれ、やっぱり嫌?
「ご……『ここって一見さんお断りのお店じゃないですか!?入れるんですか?』えっ?」
謝ろうとしたら、びっくりするような答えが返ってきた。一見さんお断り?え、そんな凄いお店だったの。あれ、予約とかないとダメだったり?どうしよう。とりあえず入るしかないので、手を引き中へと入る。
カイゼルさんと目が合った。
『これは、ジーク様ようこそおいでくださいました。こちらのお席へお座りください』
驚いて口がポカーンと開いてしまった。カイゼルさんがすぐにニヤっとしたのを見て気付いた。絶対からかってる。と言うか盗賊の下っ端設定どこ言ったのさ。まあ、設定なんてないんだけど。普通に話せるんだね、カイゼルさん。
『お飲み物は、何に致しましょう?』
飲み物……こちらの世界では一応僕は成人扱い。ルミアさんは歳上だし、お酒のが良いのかな。
『よろしければオススメのワインをお持ちしましょうか?』
カイゼルさんがフォローを入れてくれた。
「はい、ではそれで」
『私も同じで』
『かしこまりました。料理はいつも通りお任せでよろしいですか?』
「はい、お願いします」
いつも通りって何さ、絶対向こう向いて笑ってるよ、あの人。
『凄いですね、ジークさん。本当に新米冒険者なのか疑いたくなっちゃいます』
「新米なのを一番知ってるのがルミアさんですけどね」
『そうでした。それよりもせっかく外での食事ですし、ルミアでいいですよ、歳上なので呼びにくいですか?』
「えーっ、と。ルミ、ア」
『もっとちゃんと、呼んでください』
「ルミア……」
歳上なのもあるけど、こんな綺麗な人と食事に来て、呼び捨てとかハードル高いよ。HPが7割くらい削られた気分だ。アビスウルフより強敵は言い過ぎかな?
『うん、私はジーク君って呼ぼうかな』
砕けた口調で話し始めるルミアさん。
「その話し方のが話しやすいですね」
『ジーク君も砕けていいのよ?』
「そうだね、そうするよ」
飲み物が配られ、ワインで乾杯する。少しフルーティなワインで渋みも少なく飲みやすい。少しキリっとした辛さもあるがアクセントになっていて飽きない美味しさだ。なんて言ってるけどワインなんて殆ど飲んだ事はない。
『美味しいー』
「うん、お酒はあまり飲んだことない僕でも美味しいのがわかるよ。ルミアはお酒はよく飲むの?」
『うーん、アンジュ副マスターがお酒大好きでね。良く付き合わされるかな?そこまで強くないから途中からはジュースかな』
あー、あの人お酒強そうだもんな。と思ってると料理が出てきた。
『お待たせしました。こちらは、ジーク様のお好きなお米を使った料理でドリアと言うもので御座います。5種類のチーズとミノタウロスのお肉を使い、ワインに合うように仕上げさせて貰いました』
ワインに、ドリア?と思ったが僕の知ってるのとは少し違うようだ。ローストビーフにドリアが巻かれていて、上にチーズがたっぷりかかってる感じだ。
『ミノタウルスのお肉なんて、初めて食べるわ。やっぱり凄いのねこのお店』
「ミノタウルスのお肉って希少なの?」
『うん、かなり貴重。モーモダンジョンは知ってる?上級ダンジョンで難易度が高いので有名なんだけど、料理に使われている赤身肉はそこのボスのミノタウルスのレアドロップなの』
モーモダンジョンってネーミングどうなの。と言うかミノタウルスってあれだよね。食べれるんだ。
「いろんなダンジョンがあるんだね。全然知らなかった」
食べてみると、ミノタウルスのイメージが吹っ飛ぶ美味しさ。柔らかい霜降りのお肉かと思う程の柔らかさでドリアとお肉が自然に口の中で溶け合い旨味が口の中に広がる。そしてチーズが主張し過ぎずいい感じに包んでくれている。
『幸せー。口の中がとろけちゃう』
ニコニコと凄い美味しそうに食べてくれるルミア。口元が緩んで、だらしない感じになってるけど。それだけ親しくなれたって事なのかな。
『気に入って貰えてるみたいで何よりです。お次はフィッシュジュエルの鱗を魚介出しのゼリーと絡めた物です』
『フィッシュジュエルって、あの湖の宝石と呼ばれる?』
『はい、良くご存知で』
湖の宝石?と言うか、ご存知で。とか良くご存知でやんすね。じゃないのか。ギャップが凄い。でも、自然で不自然な所は一切ないのが驚きだ。本当に何者なんだろうこの人。
「このキラキラしてるのが鱗ですか?」
『はい、フィッシュジュエルの鱗一つ一つにあらゆる魚介の旨味が濃縮されていると言われています。魚の鱗をイメージされたのでしょう。フィッシュジュエルは無数の丸いゼリーが付いた魚と言えば分かりやすいでしょうか?』
想像すると気持ち悪い魚像だが、このプルプルした鱗は美味すぎる。一つぷちっと口の中で弾けさせると僕の口の中が丸で海になったように沢山の魚が踊っているかのよう。要するにうまいってことです!
『今日で一生分の贅沢したみたいだわ』
「そう言って貰えて嬉しいです」
『本当にジーク君って何者なんだろう』
「ただの新米冒険者だよ」
『それは、私が担当してたし、分かってるんだけど、成長が異常だよ?それにミノタウルスの赤身肉って白金貨2枚で依頼されるようなお肉だし。このフィッシュジュエルも鱗1枚で金貨1枚だよ。何処かの大貴族の息子と言われた方が納得だよ』
成長期なんです。じゃ通らないよね。まあ異常は認める。と言うか、さっきのお肉、白金貨2枚!?この1cmくらいの鱗1枚が金貨?50枚くらい入ってるんじゃ。既に素材だけで白金貨3枚。お肉は全部じゃないとしても、ワインもある。有り金全部持って行く気なのだろうか、情報屋のカイゼルさんなら僕の所持金を知っている可能性もある?いや、流石に宝箱の中身は誰にも見せてないしそれはないよね。
「完全な一般庶民だよ。お金は偶々ダンジョンでね」
『ダンジョンならありえなくもないのかな?うん、でも成長の早さはやっぱおかしいなー』
「生死をかけた状態での戦いは人を強くするって言うし、ジュエルイノプーやアビスウルフと戦ったりとかなり濃い日々を過ごしたからね」
『ジーク君は戦闘狂なの?こんなに心配させて悪いと思わないのかな』
戦闘狂なんて失礼な。そんな訳は……。
「僕としては、戦いたくて戦ってないんですけどね。依頼に行ったら目的と違う魔物だっただけですし」
『うーん、そうよね』
納得は言ったかな?
『食後のデザートで御座います。フルーツとナッツに、バタフライビークイーンの蜂蜜をかけた物で御座います』
バタフライビークイーン。蝶?蜂?これもきっととんでもない物なんだろうな。
ルミアとか驚いて目が点になってる。
「これも凄い物なの?」
『アルメシア大陸で取れるとしか知りませんが……。図鑑で見た事があります。ヒューイット大陸には存在しないはずなのですが』
本当にカイゼルさん何者だよ。僕より異常だよ、まじで。
「え、何、カイゼルさん密輸でもしてるの?」
『していませんよ、アルメシア大陸産とは言われてますが実は……と、これは秘密ですね』
『あまぁい。こんな美味しいの食べたら普段のデザートが食べれなくなっちゃう』
女性はそんな事言いながらも普段は普段で美味しいと結局食べるんだよね。食べ終わった、ルミアさんがお手洗いに立ったのでカイゼルさんに話しかける。
「カイゼルさん、今日はありがとうございます。と言うか話し方違いません?」
『情報屋は常に色々な顔を持っているものですよ。ジーク君が女性を連れてきたので後押しと、少しだけ面白そうという好奇心もありましたがね。バロンの旦那と姉さんが居たら大変だったと思いますけど』
「後カイゼルさん」
申し訳なさそうに言う僕。
『お会計の事なら心配いらないっすよ。先行投資って事で金貨3枚で大丈夫っす』
僕の知ってる口調に戻るカイゼルさん。と言うか先行投資って何、怖いんですけど、ルルさんもそうだけどみんな僕に何をさせたいの。
『心配しなくてもいいっすよ?無茶なことは言わないっすからね。何かこの先困った時に出来れば協力してくれると嬉しい。これだけっすから』
それだけで白金貨数枚飛ぶような料理を出すとか絶対裏があると疑いたくなるよ。まあ、どうせ払えないし甘えておくか。バロンさんとミルクールさんの紹介だし悪いようにされる事はないはずだ。
という事で金貨3枚のお支払い。
『お待たせしました』
「出ましょうか、カイゼルさんご馳走様でした」
ーー外へ出た僕達は噴水広場のベンチに座っている。
『今日はご馳走様でした。夢のような時間でとても楽しかった。凄く幸せな食事だったよ』
「僕も同じだよ、ルミアが喜んでくれて嬉しいよ」
この後どうしよう。雰囲気的には……いや、ダメだ。僕はもしかしたら、神様の秘密兵器として巻き込まれるかもしれない。それに王都に暫く行く事になるのに、ここで彼女を束縛するようなセリフは言えない。チキンなだけと言われたらそれも事実だけど巻き込みたくない気持ちも本当だ。
暫く雑談し、ギルドの寮へと送っていく僕。少し寂しそうな顔をしていたルミアに気付いたが何も言えなかった。
そう言えばなんであんな事聞いてきたんだろう?