第3話
ーーバロンさん達が依頼に行ってから丁度今日で1週間が過ぎた。
その間僕は、Eランクの依頼を着実にこなしDランクの依頼に挑戦する為の下準備をしていた。
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ジーク
年齢15歳
レベル:21 種族:人族
生命力600/600 魔力3250/600
体430
力430
知430
敏430
スキル:採取[1] 雷魔法[3] 剣術[2] 杖術[2]
解体[1]
EXスキル:魔磁石[2]
EXスキル:スイーツバック
EXスキル:言語理解
加護:スイーツ神の加護
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スライム、ハッピー、ウルフの依頼をこなし次のDランクで躓かないようにレベル上げをしていたのだ。そう、未だにぼっちだ。バロンさんとミルクールさんと知り合って以降誰一人として知り合いは増えていない。僕って関わりづらいのかな?
レベルは21。能力もレベル1の時と比べて随分と上がった。加護様様だ。ステータス提示はCランク以下は任意らしいので開示する必要はないが、これが異常な速度のレベルUPであればCランク以降も何とか隠し通したい。しかし、ルミアさんの話によると、Cランクからはシルバーの冒険者証に変わり、レベル表示される機能が追加されると聞いているのでバレるのは時間の問題かも知れない。
剣術は突き刺し続行中。ウルフを突き刺すのは難しく雷矢で弱らせた後に剣を振るって倒していたらレベルが上がっていた。必死に剣を振ってる方に申し訳ない。そしてレベルが上がったからか最低限剣を見れる程度に何となく振れるようになった。スキルって本当に不思議だ。
本来の魔法職らしく杖を買い使い始めた。剣よりも魔法が放ちやすいのでついつい長く使っていたら剣術に追いついてしまった。
ーー今日はDランク任務を受ける予定だ。
バロンさんとミルクールさんが帰ってくるであろうこの日にDランク依頼をこなして驚かせようと思っている。
宿代は引いていないが、僕が依頼で稼いだ額も銀貨40枚をこえたので、半分に満たないが銀貨40枚を返済する予定だ。残りはDランク依頼であればそう遠くないうちに返済出来そうだ。
いつも通りギルドへと行くとルミアさんに突然呼ばれる事になる。告白!なんて事はなく、このピアータの街の領主の娘である、ルルエル・ピアータ様から15歳くらいの可愛らしい男の新米冒険者を探しているので知らないか?と連絡が来ていたらしい。4日程前にギルドに連絡が来て他の職員が対応したのだが、同じような新米冒険者が何人か居たので、一致する冒険者が来た際には聞いていたらしいが、あまりにも遅いので催促が来たらしい。そして今日、各職員が担当してる中にいないかという事で僕にも話が来たらしい。
「貴族に知り合いなんていないですよ。この街にきてまだ1週間とちょっとですし」
『そうですよね。ジークさん、依頼ばっかりしてますもんね。無茶しないでって言っても次の日にはそれ以上の魔物を倒してくるんだから』
「それは、反省してます。無茶してるつもりはないんですけどね」
『あ、そう言えばチョコレートがどうとかって言ってました』
んっ、チョコレート……?貴族?
メイドのお姉さん。
「あっ」
『その顔は、ジークさん心当たりあるんですね』
「えーと、ない。って事ではダメですか?」
貴族とか新米冒険者が関わるような人じゃないしなー。何か気に障るようなことをしたら首が飛んだりとかありそうだ。
『ダメ、です』
僕はルミアさんに思い当たる事を話した。
『なーんだ、ジークさんが領主様の娘さんに無礼を働いたのかと思いましたが、安心しました。恐らく、お礼を言う為に探されてるのではないでしょうか?この街の領主様は悪い人じゃないですし、変な事ではないと思いますよ』
「ルミアさんがそう言うなら……」
『貴族が嫌いとかですか?』
「いえ、そう言う訳ではないんですが、新米冒険者である僕が会うような人達じゃないですし、貴族の方に会うような服装もなければ礼儀も知らないですし」
『大丈夫ですよ。新米冒険者の平均的な収入は向こうもご存知のはずですから。まあ、ジークさんはDランクと遜色のない稼ぎを一人で出されていますが』
うーん、覚悟を決めるか。と言うか拒否権なんてきっとない。
「分かりました。どうすればいいですか?」
『今から連絡を入れるので、少し酒場でお待ち頂けますか?』
Dランク任務予定が……。
「分かりました」
仕方なく僕は酒場で大人しくしている。よく見るとパーティーで集まって準備している人達ばかりだ。今日の作戦やら、目標を立てたりして楽しそうだ。ぼっちの方が僕の場合言えない事も多いし都合が良いけど、分かち合う冒険ってのも憧れる。
ーー30分程経過する。
ーー1時間経過。暇だ。
『ジークさん遅くなりすみません』
ルミアさんが申し訳なさそうにしている。こんな顔されたら責められない。
「いえいえ、全然待ってませんよ。どうなりました?」
なんて思ってもない言葉が自然と出てくる。美人に弱いのは仕方ないよね。
『今日の夕方17時にギルドの前に迎えを寄越すとの事です。格好はそのままで良いとの事ですが討伐後そのままというのは流石にあれなので、ギルドのシャワー室を利用されるのが良いと思います。食事をしながら話したいと伝えてくださいとの事でした。領主様のお屋敷で食事に呼ばれるなんて専属冒険者くらいですよ』
シャワー、シャワー!?依頼をこなす毎日でお湯で拭くのに慣れてしまい忘れていた。ギルドにシャワー室があったとは。
「シャワー室があったんですね。早く知りたかったです」
『気にするところそこなんですか。しかし、残念でした。本来シャワー室の利用はCランク冒険者からでEランクのジークさんは利用出来ません。今回は領主様のお屋敷に冒険者であるジークさんが行くのでギルドとしても恥ずかしくないよう例外としての対応なんです』
なんですと。僕がシャワー利用出来るのはまだまだ先のようだ。
『落ち込みすぎですよ。銭湯は確かに高いですが、ジークさんならいけない額ではないでしょう?』
あれ、銭湯あるんだ。と言うか聞けば良かった。
「銭湯あるんですね。早速今から銭湯に行ってきます。どこにありますか」
『え、はい。地図書きますね。それより17時にギルド前忘れないでくださいね?』
「もちろんです」
ーーやって参りました異世界初お風呂。垢だらけで体が臭くなってないかとても心配です。石造りが多い中、建物は木で建てられておりとても落ち着く雰囲気だ。
受付でお金を払う。銀貨5枚と少し高いが背に腹は変えられない。タオルと石鹸セットで銅貨50枚と最後に言われ結局銀貨5枚と銅貨50枚を支払った。確かに高い……シャワールームがCランクからと言うのは運営するギルドからしても妥当な落としどころだったのかもしれない。
朝だからか、人の少ない脱衣所で服を脱ぎ、お風呂へと向かう。僕の知ってる日本の銭湯によく似ている。もしかすると僕みたいな日本のような国から来た人が作ったのかもしれない。
お風呂に入る前に体を洗う。本当は温まった後に洗わないと汚れが取れないとかTVで見た事があるが、銭湯ではなんとなく綺麗にしてから入るのがマナーだと思い、いつもこうしている。
久々に綺麗になりさっぱりした僕は湯船に浸かる。石鹸は少し洗浄力が強い気がしたが、暫く洗ってない僕には丁度良かった。毎日使うと乾燥ぎみになりそうだが。
「ふぁーー、気持ちい」
ついつい声が上がってしまう。毎日入るのが普通のお風呂に1週間以上入らなくても大丈夫になってた自分にびっくりだが、この世界に馴染んでいるのもまた事実なのだと湯船に浸っていたら。
『小僧朝から、風呂とは見た目と違って高ランクの冒険者か商人の息子か?』
歴戦の戦士を思い浮かべてしまうような、鋭い眼差しの白髪のお爺さん。
「いえ、まだEランク成り立ての新米冒険者です。今日は自分へのご褒美と言った所ですかね」
『そうか、風呂はいいよな。俺も昔は毎日風呂に浸かりたくて冒険者をしていた頃もあった。ようやく、毎日入れるようになったと思えば30過ぎたおっさんになってたがな』
「おじさん冒険者だったんですね。僕も毎日入れるように頑張るつもりです」
『そうか、また会うのを楽しみにしてるぞ。先に出る、またな小僧』
小僧……か。ひよっこ冒険者だし事実だから別に何も思わないけど、なんか人としての人生の差を凄く感じてしまった。早く毎日お風呂に入れるようになって、せめて小僧から、坊主、最終的にはジークと呼んで貰えるように頑張ろう。
ーー銭湯を後にした僕はギルドに戻る。
Dランク依頼を受ける為だ。掲示板を確認しに行く。既に時間は10時を回っている、あまりのんびり選んでる暇はない。掲示板を確認してみる。
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ランク:D
ヘラクレス退治×3匹
報酬:銀貨5枚
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ランク:D
イノプー退治×1匹
報酬:銀貨5枚
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ランク:D
パララフラワー退治×3本
報酬:銀貨5枚
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ランク:D
翡翠苔採取×10g
報酬:銀貨20枚
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ヘラクレス?カブトムシ?知らない魔物だ。後で図鑑を見てみよう。イノプーは何となくだが分かる。猪の魔物だろう、討伐数が1匹。多分解体場で見たあの大きい猪だろう。
パララフラワー、3本?人喰い植物……とかを想像してしまう。花の魔物って多分そうなんだろうな。これも図鑑チェックかな。全体的に報酬が5倍!ランク一つ上がるだけですごいなぁ。その分危険だから危険手当込みなんだろうけど。
一つだけ採取の依頼がある。翡翠苔?銀貨20枚!!10gって書いてあるけど希少なのかな……簡単なら銀貨20枚も出さないだろうし。運良く大量げっと、とかならないだろうか。一応図鑑でチェックしておこう。
うーん、どれもアルトの森の奥に生息している魔物みたいだけど、受けれて一つかな。17時には戻らないと貴族に無礼で牢屋行きとか勘弁願いたい。ルミアさんに相談するかー。
相変わらず人気の列に並び順番を待つ僕。とりあえず3つとも期限がない依頼なので受けておく事にしたのでどれをするかの相談をする。時間がないのに何故並ぶと自問自答しているうちに僕の番。
『ジークさん、なんかスッキリしてますね』
「銭湯気持ちよかったです。って僕結構汚れてました?」
『いえいえ、いつも素敵ですよ』
フォローだと分かっているがこのダメージは大きい。何とか気持ちを切り替え相談する。
『そうですね、Dランクの依頼に一人で行くのを止めたい所ですが。ジークさんですからね、言っても行くんですよね』
「そんな事は……」
『じゃあ、行かないんですか?』
「行きますけど、行きますけれど」
『けれど?』
「いえ、なんでもないです」
『この中で一番近いのはイノプーでしょうか。ですが一番大きく退治した後の処理が大変ですね。ヘラクレスは硬い殻に包まれているので剣での攻撃は困難なので魔法使いの仲間のいないジークさんには難しいかも知れません。パララフラワーから出る花粉は麻痺効果がありますのでこれもパーティー推奨の依頼となります』
イノプーは重くて、ヘラクレスは硬い、パララフラワーは麻痺。重さはスイーツバックがあるから解決。ヘラクレスも雷魔法で恐らく倒せる。パララフラワーの麻痺だけは一人じゃ掛かった時点でアウトかー。ぼっちには辛い依頼だ。今回は近くて条件的に大丈夫なイノプー一択。
「じゃあ、イノプーでお願いします」
『話聞いてました?』
「一番近いんですよね。遅れたらまずいので持ってくるのは大変かもなので遅くなりそうなら置いてくれば問題ないですし一番条件的には良い気がしたので」
『そうなんですけど。はぁ……、受理しましたよ。気をつけて行ってきてくださいね』
なんだろう、ちょっと怒ってる?
「怒ってます?」
『怒ってません』
あれー。っと後ろから早くしろよと言わんばかりの視線が沢山……時間もないし後でフォローしよう。
「時間もないですし行ってきます」
頰を膨らませた、ルミアさんに手を振りギルドを後にする。スイーツバックに入れるにしてもギルドで出す訳には行かないよな。街に着いてからリヤカー借りれば誤魔化せるかな。
ーー最近常連のアルトの森。今日は初の奥地へと向かう。
森の中も慣れたものでスムーズな足取りで進んでいく。こんなハイペースで疲れないのかと思う程にハイペースなのだがステータスの恩恵は凄まじい。数時間くらいなら平気で早歩きが出来るのだ。走れると言わないところが謙虚な僕。
奥に向かう途中、ウルフに遭遇する。最近の定番になっている、雷矢で感電させ、剣で首を刎ねる作業を繰り返す。今では3つ同時に雷矢を飛ばす事が出来る。命中率は7割って所だ。ハッピーと違いウルフは襲って来るので上手く避けて行く事が難しい。探知しながら動ければ良いのだが未だに成功しない。止まった状態では、30m程の割と精度の高い探知に成功している。次の課題は動きながらの探知と探知後に動く魔物の継続探知だ。素早い魔物の場合、今の探知では探知後に移動されて分からなくなってしまう。
ーー森の奥地はいつも見る光景より緑が濃く深みのある草や葉が生い茂っている。不気味かと聞かれれば、少し不気味と返す程度だが夜にこの森にいる事を考えると少し怖くも感じる。Dランクからは野営する事も考えなくてはいけない。何故ならダンジョンに入る事が出来るようになるし魔物は強くなる程奥に生息する。ヘラクレスがいい例で普通に歩けば片道4時間はかかる。探す手間を考えると運良く見つけてもその日のうちに帰るのは疲労も考えると危険だ。
今回倒すイノプーの生息地へはおよそ片道2時間半。そろそろ生息地に近いはず、時間は大体お昼過ぎと言った所だろうか。返りを考えると1時間程で討伐し帰宅したいところだ。
体の大きいイノプー、直ぐに見つかるかと思えば甘かった。止まって探知をするが中々見つからない。
ドッシャーンと、何かが木にぶつかり木が倒れるような音が聞こえた。音のする方へと走って行くと聞いていたより一回り大きいのではないかと思われる、可愛げのない不細工な顔つきの苔に覆われた猪が僕に背を向けた状態で次の木にぶつかる準備をしていた。9m近くあるのではないかと思う巨体だ。
これはチャンスと思いイノプーに後ろから斬りかかる。魔物との戦いに卑怯なんて言葉はない!振り切るつもりで振った剣がパキーンッ、と折れ先が飛んでいく。
「えっ、マジ」
硬いのはヘラクレスって言ったじゃん!とルミアさんに届かぬクレームを出す。
折れた剣を見つめ、振り返るイノプーと目が合う。足を後ろに蹴り上げ今にも突撃してきそうだ。ヤバイと思い一度退散しようと駆け出す僕。木にぶつかっても平気な顔して追いかけてくる。
なんで止まらないの、と心臓をバクバクさせながらひたすら走る。時には曲がり、視界から外れようとするが何故だか僕の方へと追従するように突撃してくる。木々は柔らかな発泡スチロールかのように粉々に抉れ常に真っ直ぐ僕を視界に捉えている。
徐々に距離が近付き正直マズイと思っていた。少し距離はあるが先に見えるのは崖と少しずれた先にある橋。そのまま谷底に落ちてくれないかと思い突撃してくるイノプーと対面し、突撃の瞬間に横へと飛び込み回避する。だが、想像とは違い谷へと落ちるはずのイノプーは谷を飛び越え反対側へと無事に着地を成功させる。動けるデブだったのか。
「マジかよ……」
とりあえず逃げる事が出来た僕はその場を離れ木の上に登り倒す為の作戦を考える。剣は通らなかった、余裕がなく魔法は試せてないが期待薄。反発を使えば今の引き寄せられる魔力を考えれば無傷という事はないだろうがあまり無理をすると帰れなくなりそうだ。
弱点、弱点……うーん、猪の弱点。確か、鼻は電気を通しやすいとかテレビで見たような気もするが日本の猪と同じなのか分からない。威力を考えると遠くからの雷矢では効果が薄い。なるべく近くから鼻に向けて放ちたい。弱点でなかった場合致命的な隙になるのは言うまでもない。
ーー新しい魔法。
前から考えていたのだ。魔物は僕の思ってる以上に強く、丈夫。この先、雷矢とスタンだけでは通用しない相手が現れた時に対抗する手段がいると。剣術や杖術を魔法以上に上手く使うのは現実的じゃない。
まず最初に考えたのは良くある、魔法の圧縮。雷矢を3本重ねて威力を上げようと試みた。しかし、僕の技術不足なのか、合わさった瞬間に飛散してしまった。いい考えだと思ったんだけどね。
それなら、数をと考える。幸い魔力は引き寄せのお陰でかなり余裕がある。と雷矢を出せるだけ出してみた。30本の雷矢を出す事に成功するが制御が出来ない。3本以上になると、出せるが飛ばせなかったのだ。魔力だけ減り次第に飛散する。人間相手に威嚇としてなら使えるが知性なき魔物には通用しないだろう。
そこで新たに考える、今までは電流をイメージしていたが、そろそろ雷そのものをイメージ出来ないかと。形は……☆ってキャラでもないし、♡とか僕が飛ばしてたら気持ち悪い。クナイとかがやっぱりカッコいいかな。手裏剣は投げるの難しそうだし。っても魔法で放つから投げる訳じゃないんだけど苦手意識がイメージに影響しそうだからね。
ーー1時間経過。
木の上でひたすら雷をイメージする。
雷は雲と雲との間、または、雲と地上との間の放電によって、光と音を発生する自然現象だったかな。上昇気流やら気温やら、色々と関係する事は、中学生くらいの時に調べた覚えがあるが殆ど覚えていない。
「補正任せだなー」
映画での激しい雷が降り注ぐシーンや、アニメで見た強力な雷魔法などを思い出しながら、小さな雷を手の平の上で圧縮しながら作っていく。1時間してようやく5cm程の小さな雷のクナイが出来上がった。大きくしようとする程、制御が難しく暴発しそうになる。生み出した魔法を重ねるのは無理だったが最初から圧縮していく事は制御さえ出来れば可能なようだ。
木に向かって飛ばしてみる。
「うわっ」
クナイが当たった木が溶けたかのように音もなく貫通している。5cm程と小さいので小さな穴だが、魔物相手でも致命的なダメージを与えれるのでは?と思える威力に仕上がった。
小さい分致命傷になる部分を狙う必要があるが、これ以上練習してる時間もない。既に走ってギリギリなんだけどね。せめて、一撃当ててから戻りたい、倒せなくてもこのまま逃げるだけなのは気に入らない。
「雷閃でいいか」
強力な雷をクナイの形に変えて放つ魔法。雷閃、今はまだ名前負けしているがいずれ相応しい魔法にしてみせる。
そして気付く。雷矢もこのイメージで良くないかと……。
ーー探し回る事1時間。
「やっと見つけた。あんな所に住んでいたとはな」
最初に遭遇した場所から近い所に住処があると思い探すが見つからず、何度も往復をしていた。時間もないし、諦めかと思ったその時、地面が大きく膨れ上がり苔が付いた岩のような物が現れたのだ。これは分からない訳だ、岩が震え始め苔が少し落ちたと思った所でようやくさっきのイノプーだと認識出来たのだ。まさか、苔が付いてたのは知ってたが穴を掘り苔に埋もれてふとは思いもしなかった。探知に引っかからない訳だ。
向こうからこちらは見えていない。チャンスだが、鼻を狙うにしても大きすぎる。鼻の穴だけで2mはある。5cm程の雷閃を入れるのは容易いが、効くのだろうか。普通に脳を狙うなどする方がまだ効果があるのではないかと思えてくる。戦闘経験が薄いとこういう所で優柔不断が現れる。
雷閃を発動するまでにおよそ5秒、連続して放てないのは痛手だ。
「よし、やるか」
僕は雷閃を用意した状態でイノプーの正面に飛び降りる。そして……。
「ーー雷閃」
イノプーは雷閃を捉える事すら出来ない。鼻の穴に入った雷閃。
ムホボゥゥボボボボボ。
イノプーが地響きのような声をあげ暴れまわる。もう一度「雷閃」今度は反対側の鼻の穴へと入っていく。
イノプーがすぐに突進体勢に入っていたらまともに食らっていたかも知れない。あの雷を食らってこれだけ暴れられるのだから。
そして再び、アルトの森に相応しい低音で重厚な声を響かせるイノプー。僕に気付いたのか、こちらを睨みつけている。威嚇と言う奴だろうか、肌がピリピリとして、体が急に重くなる……。次の雷閃を用意しているが上手く魔法を形作る事ができない。イノプーが僕に向けて既に向かってきている。本当なら避けながら攻撃したいが動きながらの雷閃はまだ出来ない。それに、魔法を放てたとしても避けるのは難しい。体がビビってしまって動かないのだから。
「仕方ない……か」
僕は一気に魔素を引き寄せる。
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魔力6000/600
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僕の引き寄せれる最大の魔力量。そして反発と思ったのだがイノプーの様子がおかしい。突然倒れたのだ、物理法則を無視するかのように突撃の勢いが無くなりそのまま地面に倒れ伏す。
雷閃が効いていた?肉厚だし致命傷になるまでの時間がかかったのだろうか。困惑しつつもイノプーの状況を確かめる。
「死んでる、な」
ふぅー、と息を吐く。短い時間だったが気を張っていたからか一気に疲れが出た。今すぐ倒れ込みたい気持ちを抑えてスイーツバックにイノプーを入れる。
さてと、帰るか。何か忘れているような……あっ、貴族、17時、ギルドの前。
夢中になり忘れていた。
ここから、凡そ2時間半。走っても1時間半はかかるだろう。既に陽が傾き始めてるので16:00は過ぎている。
「人生オワタ?」
ーー僕は全力で走る。
そして門へと入った時に見えた時刻は17:30。間に合わなかった。ルミアさん怒ってるかな……それよりも貴族相手に遅刻とかやばい気しかしない。
ギルドに到着するが前には馬車がいない、既に帰ってしまったのだろう。中に入ると、僕を見つけたルミアさんが受付中にも関わらず、怖い顔して向かってくる。
小学生以来の回れ右を綺麗に決め外へと出ようと試みるが肩はがっしりとルミアさんに掴まれていた。
『ジークさん、私言いましたよね』
「えーっと、そんな怖い顔より笑顔のルミアさんの方が素敵です」
『怒らせたのはどちら様でしょうか。上手いこと言えば私を丸め込めると思っているのですか』
「すみません、狩に夢中で忘れていました。」
『本当にジークさんは予想通りの事ばかりしてくれますね。貴族からの招待に一冒険者が遅刻するのは処罰対象とされてもおかしくないんですからね。それでは、早くシャワーを浴びてきてください』
「ですよね。あれっ?シャワーですか?馬車は帰ったんじゃ」
『馬車は18時にお迎えに来ます。ジークさんの事だからこんな事もあるかと思って1時間早く伝えました』
「ヒドイですよ、ルミアさん。18時なら余裕で間に合ってるじゃないですか」
『私が18時と初めから伝えてたら、ジークさんの事だから、門の閉鎖時間にすら間に合ってなかったと思いますよ?急いで来たのも17時と聞いてたからですよね。感謝してくださいね?』
くっ、言い返せない。18時と言われていたら多分あのまま少し休憩していただろうし、こんなに急いで帰って来ていない。結果的にルミアさんの策にハマって助かっている。
「はい、ありがとうございます」
『はい、では急いでくださいね。時間はありませんからね』
僕は急ぎシャワーを浴び、ギルド前で待機する。そう言えばイノプーどうしよう、明日討伐したフリして持ってくるしかないか。
ーーまもなく18時、少し離れた所から馬の蹄が地面に当たる音と馬車のホイルが周り擦れる音が聞こえる。真っ直ぐに僕の方に向かって来ているのを見る限りあの馬車が僕を招待した貴族の馬車なのだろう。黒塗りの上品な馬車でそれを引く白馬がよく映える。目の前に止まり、御者席から一人の男性が降りてくる。落ち着いた雰囲気の執事服を着た男だ。
『お待たせ致しました。ジーク様でよろしいですか?』
「はい、ジークです」
『こちらへ』
僕は開けられた馬車に乗り込み、カタカタと揺られながら領主のいる屋敷を目指す。サスペンション技術はないようでお尻が痛いが我慢だ。景色を見ていて思う、ギルドと宿の往復で殆ど街を見ていなかった。初めてみる景色はお尻の痛みを忘れさせてくれるくらいには満足のいくものだった。武器も折れちゃったしイノプーの処理を終えたら一日街を回るのもいいだろう。
ーー20分程揺られ着いたのは、ホテルだと言われても信じてしまうくらいの大きさのお屋敷。庭は見事に手入れされ、噴水には女神を模した翼の生えた女性の像が立っている。自分は場違いなんじゃ、と今更ながらに緊張してくる。
扉を開けられ外へ出るよう促される。馬車から降り、屋敷の扉の方を見るとメイドが並び道を作っていた。その中には見知ったお姉さんがいて僕の方に近付いてくる。
『ジーク様、あの時はありがとうございました』
ジーク様?メイドだからお客様には様づけが普通なのかな。慣れない事にドキッとしてしまった。心臓に悪いよ。
「いえ、お役に立てたみたいで良かったです」
ニコっと笑ったメイドのお姉さんに案内され屋敷の中へと入る僕。高そうな調度品が数多く並ぶ廊下に思わずキョロキョロしてしまう。
『こちらのお部屋で少しお待ちください』
ソファーに案内され座ったはいいが、こんな広い部屋に一人、何したら良いかわからない。キョロキョロ。キョロキョロ。
5分もしないうちにお迎えは来たのだが気疲れからか、凄く長く滞在した気がする。
『こちらでお嬢様がお待ちです』
開けられた扉の向こうを見ると大きなダイニングテーブルに一人腰掛ける女性がいる。メイドのお姉さんに椅子を引かれ着席する。
『初めまして、ルルエル・ピアータよ。先日はうちのハピアがお世話になったわね。お礼が遅くなって申し訳ないわ。主人としてお詫びするわ』
綺麗な薄ベージュな長い髪。灰色の瞳はキラキラとしている。お姫様のようなドレスを纏い、どこか現実離れしている。
「初めまして、Eランク冒険者のジークと申します。ハピアさんとは偶々のご縁、このような場にお呼び頂き光栄でございます」
貴族との会話など分からない。とりあえず敬語で良いよね。少し前まで就活してたけど、貴族相手の敬語なんて習ってないしね。
『あら、冒険者様とは思えない綺麗な言葉使うのね。何処かの元貴族様だったりするのかしら?』
「田舎から出たばかりのただの新米冒険者でございます。このようにお話しするのにも必死に言葉を選んでおりますが、綺麗な女性とこのような高貴な場にお招き頂き感謝と緊張で今にも真っ白になってしまいそうなくらいです」
ルルエルお嬢様だけでなくハピアさんまで、目をパチクリさせて驚いているが流石お嬢様直ぐに何もなかったかのように表情を戻し話始めた。元貴族と言われて調子にのり敬語や知ってる言葉を組み合わせてみたが実際は本当に余裕がない。
こんな美少女と目を合わせて話すだけでも心臓バクバクなのに、相手は貴族のお嬢様。もうどうにでもなれと半ばヤケクソだ。
『ふふ、綺麗だなんて嬉しいですわ。今日招いたのはお礼にお食事でもと思ったからですの。冒険者相手に礼儀などとは言いません、楽にしていいのよ』
楽にして良い。この言葉の後から急に場が柔らかく感じられた。
食事は前菜から始まるフルコース。フォークとナイフの使い方合ってるかな?と不安もあったが、終始楽しく過ごさせて貰った。いつも食べていた兎のお肉ではなく、オークのお肉はとても甘みがあり柔らかかった。宿の食事の兎を美味しいと思えなくなりそうだ。ルルさんの父親が帰宅したようでルルさんは先に戻るとの事だ。
『ジーク様、今日はありがとうございます。お嬢様が楽しそうにしている姿を見たのは久しぶりでした。これ忘れてましたがお嬢様からチョコレートのお金とお礼との事です』
「ありがとうございます。ルルさんによろしくお伝えください。と言うよりハピアさん外で会った時みたいに話してくれた方が嬉しいのですが」
ルルさん、これは僕が勝手に呼んでる訳ではない、最初はルルエル様と呼んでいたのだが、本人から長いし様付け不要との事でルルとお呼びくださいと言われたからだ。
ここで呼び捨てでルル。と呼べる度胸は僕にはないのでさん付でルルさんと呼ぶ事にしたのだ。
『そうですね、既に屋敷の外ですしいいかな。それにしてもジーク君本当に冒険者?ルルエル様との会話にお姉さんびっくりした』
前よりも砕けている、これが素のハピアさんって事か。この方が楽で話しやすい。
「本当に冒険者ですよ。それも登録したての新米冒険者。言葉使いも知ってる言葉を見よう見まね、緊張でどうにかなりそうだったのが本音です」
『ふふふ、可愛い所もあるのね。ジーク君見てると私より年下に見えないもの。あっ、そろそろ戻らないと。またね』
まあ、多分歳上です。
「はい、また」
無事に終わった僕は宿に戻りベッドにダイブする。
「疲れたーー」
ルルさん、可愛かったな。と思い出す。この世界に来て綺麗な人や可愛い子が多くてようやく免疫が出来てきたと思っていたら新種のウイルスかのごとく免疫突破してきたからな。まあ、もう会う事なんてないだろうけど。
そう言えば、チョコレートっていくらだったんだろう。と思い袋の中を見る。
金貨が20枚入っている。
え、あのチョコレート金貨20枚もすんの……。まだまだ沢山あるんだけどこれ転売してた方が良い暮らしが出来そうな。なんて罰当たりな事はしないけど驚きだ。
まだまだあるし、ルミアさんにお礼に持っていこうかな。流石に金貨20枚は引かれるかな……?ただのお礼なのだが本気で迫ってる風に見えてしまう気もする。ドーナツかケーキ辺りが無難かな、クッキーの詰め合わせみたいなのもあるけど。ちょっと好みを探ってみるか。
さてと、眠る前のステータス確認。 イノプーのみだけどどうなったかな。
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ジーク
年齢15歳
レベル:33 種族:人族
生命力900/900 魔力6250/900
体670
力670
知670
敏670
スキル:採取[1] 雷魔法[4] 剣術[3] 杖術[2]
解体[1] 魔力操作[2]
EXスキル:魔磁石[3]
EXスキル:スイーツバック
EXスキル:言語理解
加護:スイーツ神の加護
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んんん、レベル21だったはずが33。まあ、加護もあるし格上のDランクのイノプーを倒したんだしこんなもんなのかな。
能力もかなり成長している、冒険者としてやっていけるくらいにはなれたのだろうか。バロンさん達、帰ってきてたら聞いてみようかな。
雷魔法はレベル4!雷閃はもしかしたらレベル4になった事で出来た魔法なのかもしれない。剣術がレベル3になってる……イノプーに後ろから斬りかかったけど、傷をつける事すらなく折れて敗北してるんだけど。いいの?こんなので上がってしまって。
そして、僕の生命線でもある魔磁石スキルがレベル3。
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◆魔磁石[3]
・引き寄せ
魔素を引き寄せる。
・反発
魔素を反発させる。
・探知
魔素から情報を読み取る。
・魔磁力操作
魔磁力を操作する。
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増えたのは魔磁力操作。相変わらずシンプルな説明だが何が出来るのだろうか。
パッと浮かぶのは、金属を自在に操るとかだろうか?魔が付いてるから魔力を纏っている金属を操れるのかな。そもそも、自分で言っててなんだが、魔力の宿った金属って何だろうって感じではあるのだが。
ふぅー、眠いし考えてもいい案は浮かばない。引き寄せして眠るか。
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魔力9000/900
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うん、何度しても10倍。もう見る必要もないんだけど確認も癖になっている。身体に変化もないし、疲れてる時にすると眠気が来るから直ぐ寝れて良いなくらいだ。
ふぁー、もうだめ。おやすみなさい。