第9話 訪問者
ここは嘗て世界から意味嫌われた独裁国家が支配していた地――現在は魔界国として、魔王キシリス・ハートブレイク・サタデーナイトが支配していた。
「まだ見つからんのかッ!
妾の愛しの神はッ!」
「も、申し訳ありません。
この世界は思った以上に広大なようで……。
それに、近頃は冒険者ギルドに人が集まっておりまして……」
「ええーい、言い訳など聞きとうないわッ!」
ベリーピンクの髪を払い、深く玉座に腰かけたキシリスは奥歯を噛みしめた。
苛立ちを隠そうともしない彼女は、スリットから長く伸びた脚を組み変えながら、配下の者へと目尻を吊り上げる。
(妾は確かに一度死んだ。
忌々しい勇者に敗北を喫してしもうた……だが、妾は確かに闇の中で暗黒神の啓示を聞き、気がついた時には見たこともない世界へと転移しておった。
今一度、妾にチャンスを与えて下さった慈悲深き神にどうしても会いたい。
この胸が……高鳴りが抑えられぬのじゃ)
「ま、魔王様? 小さなお胸を押さえてどうかなされたのですか?」
「バカ者ッ! 魔王様はおっぱいマッサージをして発育を促進させておるのだ。そんなこともわからんのかッ」
「しかしドルトル卿、魔王様は御歳524歳。いくらなんでも今さら小さなお胸が大きくなるなど……あり得ぬであろう」
「…………くッ」
「なんと無礼なッ!
良いか、ナスタル卿。儂が配下の者に調べさせてわかったことなのだが、この異世界には豊胸手術なる摩訶不思議な人体魔法が存在しておる。
例え魔王様の絶壁であろうと、未知なる魔の力で大きくなるのだ」
「おおおッ! 左様でございましたか。それは朗報でありますな」
「殺す……ッ。絶対に殺すッ!」
「「げ……ッ!?」」
談笑する2人の男はようやく溢れ出した魔力に気がついたようだ。
メキメキと奇妙な音を発しながら、魔王城の床に亀裂が走ると、二人は大慌てで走り出した。
「ぶち殺ぉぉおおおおおおおすッ!」
プラスチック爆弾のように爆発したキシリスの魔力によって、魔王の間が半壊していく。
「「ぎぃゃぁあああああああああッ!?」」
間一髪、九死に一生を得たドルトルとナスタルは、そのまま全速力で魔王の間から撤退した。
一人、魔王の間に取り残されたキシリスは、カリカリと爪を噛みながら悔しさを押し殺している。
(妾とて……妾とて好き好んで貧乳でおる訳ではないわッ!)
瞳に溢れんばかりの涙を溜め込むキシリスは、悲しそうに両手で乳房を揉んでいた。
「おっぱい……マッサージか」
◆
「暇だな……」
「なら、冒険に行きましょう!」
金の心配をしなくて良くなったのはいいことなんだけど、恐ろしく暇だ。
いや、寧ろ金があるからそう思うのかも知れないな。
スーパーニート時代は省エネ生活が基本だったが、メガニートと化した今は何だって出来る。
俺には大金があるのだから。
だが、そう考えれば考えるほど退屈が押し寄せてくる。なんという悪循環。
金持ちがアホみたいに外に遊びに行く気持ちが少しわかってしまう。
俺も18歳なんだし、キャバクラとかデリヘルとか……一度くらい体験しておくべきなのかも知れないな。
しかし、問題がある。
「ねぇ、冒険に行きましょうよ。
ねッ?」
この腐れメンヘラ女の存在だ。
帰ってくれと土下座しても『冒険に行きましょう』の一点張りで、まるで聞いちゃいない。
こいつが居たらデリヘル何て呼べる訳がないし、かと言って……キャバクラに行ったと女の子に知られるのは恥ずかしい。
なんとか追い出す術べはないものかと、今朝からこうしてググっている。
「冒険者ギルドか……」
なになに?
冒険者ギルドに登録するとライセンスが発行され、倒したモンスターによって収入が得られる……か。
正直金はあるからいらん。
ん……? これはなんだ?
【クラスチェンジ】
一定以上のレベルに到達すると、富士山の山頂にある神殿で職業を変更することが可能……ああ、そういえばそんなの建てたな。
世界で唯一クラスチェンジが可能なのが富士の山頂ということもあり、世界一の観光スポットにまでなっているのか。
神様以上の職業なんてないだろ。
よって行く必要無しだな。
「サンタさん……いつになったら冒険に行くの?」
思いっきり服を引っ張ってくるのが鬱陶しい。無視だな、無視。
北は壊滅……マジかよ!
そういえば魔王が居たんだったな。ということは……あそこの人を皆殺しにしたのは俺か?
いや、違う。俺は何もしちゃいない。
間接的かも知れないが、気にしたら負けだ。
気にしないスキルはスーパーニート時代に培っているから問題ない。
「酷いわ! 私がここまでお願いしているのに耳を傾けるどころか、無視するなんてッ!」
ああ、遂にメンヘラの本領発揮か。無視され続けて噴火してしまったようだ。
「げ……ッ!?」
騒ぎ立てるアリスが気になってチラ見してみると……なまはげモードになってやがる。
たぶん……たぶん俺の耐久なら出刃包丁を防げると思うが、万が一ってこともある。
ここは逃げるに越したことはない。
「待ちなさいよ! 絶対に逃がさないんだからッ!」
「バカめッ! ここはお前の家と違って狭いんだよ。
【メンヘラの箱庭】を使う暇なんてないもんねーだ」
このまま家を出てキャバクラか、或いは箱へルなる聖地へ向かおう。
――ピンポーン!
勢いよく玄関を開けて飛び出した瞬間――インターホンが鳴っていることに気づいたのだか、急には止まれない。
――ドーーーンッ!?
「あいたたッ……一体何なんだよ」
「お、重たいですよ……み、みっちゃんが潰れてしまいます」
「ん……? なんだこのちびっ子は?」
玄関から飛び出した瞬間、訪ねて来た小学生に五◯丸バリのタックルをかましてしまい。下敷きにしてしまった。
――もみもみ。
「あぁッ……んッ」
誤って胸に手が触れてしまったのだが、しょ、小学生にしては大き過ぎる!?
最近の小学生の発育はどうなってんのじゃ!?
と、いうか……初めておっぱいに触ってしまった。
「い、いつまでも触ってるんですか!?」
「痛ッ!」
小学生に吹き飛ばされるとは……我れながら情けない。
「裏切ったら殺すわッ……って……あら、お客さんが来ていたのね。
なんだ、私てっきり逃げたのかと勘違いしちゃったわ。
サンタさんを殺さずに済んで本当に良かった」
「何かやっべぇクソニートに当たっちまった予感が半端ねぇわ」
突然の来客にアリスの怒りが収まったのは有難い。だけど、このスーツのおっさんとロリっ子は何なんだ?