第8話 蝶野餡子
アリスの後に続いてダンジョンに飛び込んだのだが、予想以上に深かった。
「ぎゃぁぁああああああああ!?」
重力に逆らうことなく、暗い穴の中を真っ逆さまに落ちていく。
――ドーンッ!
「いってぇえええええッ!」
耐久パラメータがショボかったら即死コースじゃないか。
お尻を擦りながら起き上がって周囲を確認するが、暗くて何も見えない。
「おーい、アリス! 生きてるか?」
「サンタさん! 私は無事よ」
暗い洞窟でアリスの声だけが幾重にも重なって反響している。
こんなに深い穴に落ちたのに、何でこいつは平気なんだよ。
メンヘラネオニートだからパラメータが高いのはわかるが……そんなに優秀なのかな?
気になるが……今は明かりだな。
俺はナビ子ちゃんに【ライト】という魔法を教えてもらい使用したのだが……。
「ショボッ!? ランタンが出ただけじゃないかッ!
魔法なんだから光の玉が宙に浮いて行く手を照らしてくれるとかじゃないのッ!?」
《神様……それは贅沢というものです》
こいつ今、溜息吐かなかったか?
まぁ、それはいいとしても、
「凄いな……」
「これ全部金なのかしら?」
アリスが瞠目するのも無理はない。ランタンの灯りによって照らされた洞窟内は黄金に輝いているんだ。
壁も地面もすべてが金ピカに光っている。
「大金持ちとかいう次元じゃないぞ。下手したら億万長者ビル・ゲ◯ツの資産を越えるんじゃないのか!?」
「サンタさんはお金が大好きなスーパーニートなのね」
「…………お前は親が大金持ちのネオニートだから、スーパーニートの気持ち何てわからないだろ。
朝から晩まで小言を言われ続け、家の中で唯一の居場所は自室だけ。だけどその自室さえも奪うと脅迫される俺の身になってみろ!
……金だ、金さえあれば俺が辛く悲しい思いもすることなんてなかったんだよ。
世の中は民主だ自由だと偉そうなことを抜かすだけで、本当に自由に生きる者には酷く冷たいんだ」
「凄まじい熱量ね」
暢気に微笑んでいるお前だって、生まれてくる家を間違えてたらこうなっていたんだよ。
「まぁ、お前には一生わからないだろな」
それより壁を壊して金を採取しなければ、こんなバカに構っている暇なんてない。
ナビ子ちゃんに生成魔法でピッケルを作ってもらい。俺は勢いよく黄金の壁に叩きつけた。
力パラメータ∞の膂力を舐めるなよ。
黄金の壁が豆腐のように崩れていく、さすが俺だ。これならあっという間に金を大量に獲得できる。
と、思ったのだが……。
「なんだこれ……?」
壁が崩れるとその先に見えるのは灰色の岩壁。
「これ……ただのメッキだわ」
「そ、そんな……バカなッ!?」
ピッケルを放り出して散らばった黄金をかき集め、確かめてみたのだが……。
ダメだ……どれもこれもただの岩に金が塗られているだけのインチキじゃないか。
「なんで……なんでだよぉぉおおおお!?」
俺は泣いた。せっかく大金持ちになって誰からも文句を言われることなく、メガニートに生まれ変われると期待したのに……。その願いは泡のように儚く散ってしまう。
でも……おかしいくないか?
確かにゲームをしていた時には金脈のレアダンジョンて書かれていたんだ。だから俺は家の庭に設置してお金持ち気分を味わっていたのに、ここだけ嘘でしたなんてあり得るのか?
否! あってなるものかッ。
その時――。
――ピーーーーッ!!
「ん……? なんだこの喧しい音は?」
「笛みたいね」
アリスの仰る通り、これは体育教師が首からバカみたいにぶら下げてるホイッスル、通称――脳筋の音だ。
俺達以外に誰か居たのか? ここは家の敷地内だぞ!
不法侵入だろッ!
笛の方角に目を凝らしてみると、奥から人魂みたいは灯りが徐々に近づいて来る。
「アリス、お前盾になれ!」
「ちょッ、ちょっと! 仲間を盾にするなんてどうかと思うわよ、サンタさん!」
「うるさいッ! 俺は霊とかお化けの類いが苦手なんだよッ」
「女の子の私だって一緒よ!
それにこういう時は男の子が率先するものなのよ」
「そんなの誰がいつ決めた!」
「ファンタジーゲームの基本じゃない!」
「知るかッ! このファンタジーオタク」
アリスと押し問答をしていると、不意に声が聞こえてきた。
「あの~、困るでギャオス。
せっかく塗った壁を破壊されたら見映えが悪くなるでギャオスよ」
「ななな、なんだこいつ!?」
「キモ過ぎるわ!?」
突然話しかけてきたのは身長1メートルほどで、二足歩行のチョウチンアンコウ。
頭の触覚みたいなのが人魂の正体だったようだが、恐ろしくグロテスクな生き物だ。
おまけに金ピカのタキシードで、指には高そうな宝石が嵌め込まれた指輪を幾つもしている。どこからどう見ても成金だ。
「遂に待ちに待った戦闘のようですよ、サンタさん!」
「え……ッ!? ちょッ、ちょっと待って欲しいでギャオスよ!
僕ちゃんはこのダンジョンの管理者にして、ダンジョンマスターの蝶野餡子でギャオス」
どういう仕組みなのかはさっぱりわからないが、アリスがサッと右手を払うと、思い出したくもないぐにゃぐにゃ空間が発生した。そこから出刃包丁を二本取り出すアリス。
出刃包丁を構えるアリスはとても恐ろしく、チョウチンアンコウ改め――蝶野餡子とかいう化物が手足をバタバタさせながら慌てている。
「旦那さん、お連れの方を止めて欲しいでギャオスよ!」
「仕方ないな。アリス、話しを聞くからそれまでは待つんだ」
害はなさそうだと判断した俺は、一刻も早く金が欲しいのでダンジョンマスターと名乗る蝶野を助けてやることにした。
「モンスター退治しないの?」
「今は金が最優先だ!」
不満そうに唇を尖らせるこいつは子供かッ。
「それで、お前なんなんだよ」
「さっきも言いましたが……ここのダンジョンマスターでギャオス」
「それはさっき聞いたよ。
それより、ここは金脈のダンジョンで間違いないんだよな?
金を採取しようとしたんだが、全部メッキじゃないか!
インチキだろ」
「人聞きの悪いこと言わないで欲しいでギャオス。
金ならここに生息するモンスターからドロップ出来るでギャオスよ。
それより困るでギャオスよ。壁を破壊するのはルール違反でギャオス。
損害賠償を請求するでギャオス」
「はぁあああああああ!?
損害賠償だ!? 誰がそんなもん払うか。それにここは家の敷地内だ。お前には家賃を請求する」
「そ、そんな無茶苦茶な言い分通る訳ないでギャオスよ」
「うるさいッ!
払えないって言うんなら……」
「言うなら何だってギャオス?」
「アリス……このブサイクをぶっ殺していいぞ」
「え……ッ!?」
「ファンタジーな冒険の開始ね!」
「いやぁぁああああああ!?
わかったでギャオス、わかったでギャオスよ!
家賃を払うから止めて欲しいでギャオス」
意外と素直だな。
俺はアリスに止めるよう指示を出し、蝶野から毎月100万円の家賃を納めてもらう契約を取り付けることに成功した。
「なんでギャオス……これ?」
「契約書だ。あとで口約束は契約に入らないと言われないようにしっかり判を押してもらわないとな」
「…………しっかりしてるでギャオスね」
「とりあえず今月の家賃、100万を今すぐ払うんだな」
「わかったでギャオスよ」
不服そうな蝶野がポッケから黄金のホイッスルを取り出して吹くと、どこからともなく黄金のスライムが現れた。
蝶野は魔方陣から黄金の小槌を取り出すと、スライムをそいつで粉砕する。
すると、倒されたスライムから勢いよく万札が噴出した。
蝶野は100万円貯まるまでそれを繰り返す。
「一体10万てところか?」
「そうでギャオスが……」
それにしても……これ本物なのか? 偽札とかじゃないだろうな?
「一応聞くが、本物なんだよな?」
「もちろんでギャオスよ。
ゴールドスライムを倒すと特殊な亜空間魔法が発動し、この国のどこかに繋がり10万円転移させるでギャオス」
……げッ!? それってつまり窃盗じゃないか!
「……まぁ、いいか」
こうしてお金の工面は見事解消し、晴れて俺は収入を得ることに成功した。
ニートに優しい世界を創って本当に良かった。