第7話 パンドラ
ここは日本某所に存在する秘密機関――パンドラ本部。
戦後まもなく、一人の日本人が立てた仮説によって設立された秘密組織である。
時代の影で姿を消した天才物理学者――冴島勝久は言った。
この世界は幾つもの断続的な層によって構築されている。
その空間に穴を開けることさえ出来れば、人類は未だ見ぬ未知の領域――境界線を越えることが可能なのだと。
冴島博士の一言によって設立された機関はパンドラと名付けられた。
以降、パンドラは断続的な層に穴を開けるべく様々な研究に取り組んだ。実験をする中で彼らは地震発生直後に揺らぐ大気に注目した。
誰も気づかないほどの超振動によって断続的な空間に亀裂が生じるその刹那――境界線が僅かに開くことに気がついたのだ。
それが悲劇の始まりだった。
彼らは空間に亀裂が生じるポイントを正確に割り出し、そこに一通の手紙を設置することにした。
設置した手紙は地震直後に確かに消えたのだが、10年間――世界に大きな変化が確認されることはなかった。
しかし、10年と76日後――突如世界に異変が起きた。
それは閉鎖的な国から始まった。
当初アメリカはその国を衛星から監視していたのだが、衛星映像には目を疑う信じられないモノが映り込んでいたのだ。
コウモリのような羽を生やした二足歩行の生き物――それらは瞬く間にその国に住む人々を虐殺した。
アメリカはこの事実を秘匿しようと考えたのだが、それは不可能となる。
彼らの国には隠しきれないほど巨大な生命体が、突如テキサス州に出現したのだ。
全長10キロ、高さ1万メートルにも及ぶ超巨大生命体――これらの出現から僅か7日間の間に、世界は一変してしまった。
それは化物の出現だけではない。
人類の中に奇妙な能力を有する者が数多く確認された。パンドラが独自の調査を行った結果、ある一つの事実が判明する。
それは……強力な能力を有する者の多くがニートであるということ。
ここ日本はニート大国である。その数およそ70万人以上。
人類滅亡の危機に立ち向かえるのはニートだけなのだ!
そこで彼らは日本政府と連携を取り、より優れたニートに協力を打診しようと考えたのだが……そこはニートである。
『ええ、面倒臭いからパスなり』
と、呆れた言葉を投げつけてくるだけであった。
その無責任極まりない態度に痺れを切らした政府は、彼らを力強くで協力させようと試みたのだが……彼らの多くは恐ろしく強い。
それならばと、政府は協力してくれる一部のニートを探すことを決意したのだった。
◆
「せんぱーい! これからみっちゃん達はどうなるんですか?」
「知るかッ!」
苦虫を噛み潰したような険しい表情で靴音を鳴らす男の背後から、小さな女の子が駆け足で歩み寄って来る。
男の名は草間宗一郎。
パンドラ構成メンバーのひとりである。その草間に親しげに声をかけているのは元ニートの鈴江命。
身長145センチと小さく、童顔な見た目は小学生にしか見えないが、彼女はこう見えても22歳の成人女性。対する草間は25歳とは思えないほど老け込んでおり、よく40代と間違われる。
本人は老け顔をかなり気にしているが、命は他人を気遣うことなどしない元ニートである。
「先輩はその無精髭のせいでおじさんと間違われるんですよ」
「うるせぇんだよ! 一番気にしてることをさらっと言ってんじゃねぇよ!」
本部内を歩きながら資料に目を通す草間の表情は冴えない。
(今度のクソニートは生家三太か……。
行くだけ無駄だと思うけどな)
草間はテクテクと後方を歩く命の顔を一瞥しては嘆息する。
(大学時代の後輩だったこいつを仲間に引きずり込めただけでも上出来か……)
草間と命は元大学時代の先輩後輩である。もちろん命はすぐに大学を退学し、ニート生活を満喫していたのだが、彼に捕まってしまった。
「とにかくこのクソニートを力強くでも従わせる、いいなッ!」
「了解でーす。
逆らうようならみっちゃんがフルボッコにすればいいんだよねー。
楽しみだな~」
◆
「やったわ! まさかこんなに早く冒険に出られるなんて……私感激よ!」
何が冒険だ。このメンヘラニートがッ!
あんなに大きな家に住んでる癖に何で1円も持ってないんだよ。お陰で朝飯食えなかったじゃないか。
お前が金さえ持っていればコンビニで恥を欠くこともなかったのに。
30分前――腹が減った俺はメンヘラクソニートアリスを連れて、朝飯を調達すべくコンビニへとやって来ていた。
アリスを連れてきたのは言うまでもなく支払いを任せるためだ。
お菓子やおにぎりにジュースをこれでもかとカゴにぶち込んで、全部アリスに払わせる。
我れながらナイスアイデアだ。
一泊させてやったんだからこれくらいの見返りは当然と言うもの。
「8658円になります」
「おい、早くしろよ」
「何が?」
「何がじゃねぇーよ! 手ぇ出してんだからわかるでしょ! お金だよお金!
金払わなけゃ買えないだろ」
「ないわよ」
「………え?
ないって……そんな嘘が通用すると思うなよ! あんなに大きな家に一人で住んでる癖にないわけないだろ!」
「あの家はスウェーデンに住んでる両親が光熱費なんかを払ってくれているの。
生活費も毎月20万円振り込んでくれるんだけどね、気がついたらいつもなくなっているのよ。不思議でしょ。
でも田舎って便利なのよ。
何もしなくても御近所さんが農家さんだからお米とか卵とか沢山くれ……」
「うりやぁぁああああッ」
――ドーンッ!
つい頭に来てラリアットをかましてしまった。
アリスの体は4回転半回って床に激突したが、俺の怒りは収まらない。
それからゴミを見るような目の店員に舌打ちされるは、順番待ちしてるバカに文句言われるは……朝から散々だ。
こいつのせいで庭の金脈ダンジョンに行かないといけなくなったし、本当に役立たずでしかない。
「いいか、金を採取したらすぐに出て売りに行くからな」
「うんうん。
じゃあ先行くね」
と、言いながら。アリスは臆することなく落とし穴という名のダンジョンへ飛び込んだ。
「クソッ! 何勝手に飛び込んでんだよ!!」