僕の空間収納には何も入りません。
「ニコラのギフトは”空間収納”である。」
「空間収納!!」
牧師であるルイスさんの明言を聞いたとき、
僕は思わず声を上げ、赤茶色いくせ毛を揺らした。
商人の元で働くにあたって有利なギフトが幾つか存在する。
どんな商人でも、売る物が必ずある。
売る物が多いほど稼げるお金は多い。
しかし、売る物が多い分、輸送の費用が大きくなり、
売れない場合に大きな損失を出す。
もし、”空間収納”のギフトを持っていたら、輸送は体一つで可能となり、
売れない場合の負担も少ない。
”空間収納”のギフト中には中に入れた物の時間が経過しない、
もしくは時間が遅くなるギフトも存在する。
そうなると、腐りやすい青魚や果実を扱うのに有利だ。
中には逆に時間が早くなるギフトもあるそうだ。
その場合、発酵したい物(お酒の原料とか)を入れると早くできる。
体一つで大量の物を運ぶことができ、
いろいろな活用方法がある”空間収納”は商人にとって垂涎のギフトだ。
僕はそのギフトが得られるという事で思わず声を上げてしまったのだ。
「おお、そう言えばニコラくんはアルバート商会の徒弟だったね。
神は良いギフトを君に与えて下さったようだ。
神に祈りを。」
僕はルイスさんと一緒に神に祈りをささげた。
神の使徒とも言えるルイスさんらしい。
「次はギフトを詳しく調べてみましょう。
ニコラ君、教会の屋上へ移動しますよ。」
ルイスさんに続く形で僕は裏庭に向かう。
今日のギフトの授与の洗礼を受けるのは僕一人だ。
普段、多い時でも六人くらい、全くいない日もあるらしい。
王都の教会は国王陛下が寄贈されたもので、貴族だけでなく平民にも開放している。
その為、広く王国民から親しまれていて、ここでギフトの授与の洗礼を受ける人も多いそうだ。
王都の教会には牧師さんが20人ほどいる。
ルイスさんはその中でも平民を担当することの多い人だ。
ルイスさんは屋上までの階段を登りながら、
ギフトを使うちょっとしたコツを話してくれた。
魔法を使う時と似ているらしい。
残念ながら、僕は魔法の訓練をしたことが無いので今一わからなかった。
教会の屋上は広く、王都全部を一望できる。
ここより高い場所は、王宮の尖塔ぐらいかもしれない。
不思議なことに屋上の隅には
鎧兜一式を飾った人形、剣や槍といった様々な武器、物が入って膨らんでいる大袋があった。
ルイスさんは屋上の中ほどに来ると
記録表を片手にガウンの内側から銀の懐中時計を取り出した。
「まずギフトの発動時間、効果時間、効果範囲を調べましょう。
ニコラくん、まず目をつぶって下さい。」
僕はルイスさんに言われた通り目をつぶる。
「目をつぶったまま、足を肩幅に開いて手を楽にして・・・いい姿勢ですよ。
ニコラ君、身体の周りに何かあるのを感じますか?」
目を開けていた時には判らなかったけど、
ルイスさんの言う通り体の周りを暖かな物が覆っているのを感じ取れた。
「何か、暖かな物があるのを感じます。
あと両手のひらに何か・・・。」
体の周りを覆う暖かな物とは少し違う何かが両手のひらにあるのが判る。
「それだよ。その手のひらにある何かを・・・オッといけない。
両手を頭の上に、手のひらを上に向けて、そうそう、
手のひらで何かを押し出す感覚を持ってごらん。」
後から聞いたのだけれど、空間収納のギフトの場合、収納の対象が生物の場合がある。
その場合、空間収納の入り口ともいえる銀の円盤(人により違うらしい)に触れていると
巻き込まれて収納されることがあったそうだ。
ルイスさんの言う通り、手のひらを中心に何かを押し出す様な感覚を持つ。
すると何か、“入口の様な物“が広がる感覚があった。
「おお。素晴らしい。展開も早い。
ニコラ君、目を開けてごらん。」
恐る恐る目を開けてみると、手のひらを中心に空に同心円状の波が起こっていた。
「次はそれをゆっくり広げてごらん。」
と声が真横から聞こえる。
声の方を見るとルイスさんは膝を付いている様だった。
「ああ、何故屈んでいるのかと言うと事故を防ぐ為だよ。
昔の記録に空間収納のギフトを適当に使った為、
体の一部が収納されたという記録がある。」
ルイスさんの言葉に従いながらゆっくりと入口?を広げる。
ぐんぐんと広がってゆく感覚がある。
「!!」
気が付くと同心円状の波は教会全部を覆っている様に見えた。
もっと広げることが出来そうに思えるけど、今はこれが精いっぱいの様だ。
「これはすごい広さです。
範囲は教会全部ですか!!
形は変えることが出来ますか?
粘土をこねる様にやってみてください。」
何か粘土細工の様な物を連想し形を変えようとする。
出来る気がするが、今のところは無理の様だ。
「できそうな気がしますが・・・、今は無理みたいです。」
「そうですか。
まぁ、ギフトを授与されて形を変えられる人はあまりいません。
だから気にしなくてもいいですよ。
あと大きさは何処まで小さくできますか?」
小さくする分には簡単で、銅貨ぐらいの大きさ(1cm平方)にまで小さくできた。
「ふむふむ、
範囲は銅貨一枚分から教会全体。
展開速度は速く、持続時間も長い。」
ルイスさんはここまで判ったギフトの能力を記録した。
「次に収納対象を確かめましょう。
まずそこの鎧を収納してみてください。」
そう言えば聞いたことがある。
空間収納のギフトの中には石しか収納できない物や
液体しか収納できない物、
食料しか収納できない物があるそうだ。
収納できない物は入口から弾かれるらしい。
僕は嫌な予感をしながら、ギフトを鎧に押し付ける。
するり
ギフトは鎧をすり抜け僕は手の平で鎧を触る形になる。
「・・・収納できません。」
「すり抜けた・・・それとも何かを収納した?
ニコラ君、”収納物一覧”と念じてみてください。」
僕はルイスさんに言われた通り念じてみる。
(収納物一覧)
すると頭の中に何か文字のようなものが浮かぶ。
収納物一覧
無し
「収納物一覧には”無し”と出ています。」
「何も収納されていないようだね。
収納に条件があるのかな?
ニコラ君、次は鎧を収納すると願いながらやってみて下さい。」
僕はルイスさんの言う通りに“鎧を収納”と念じながら手のひらを近づけた。
ばいーん。
「?????」
今度は鎧に近づければ近づけるほど反発する様になった
「それは収納のギフトが収納を拒否するときに起きる現象だね。
ニコラ君、収納物一覧には何か増えましたか?」
「いいえ、”無し”のまま変わりません。」
「うーん。収納容量が足りないのかなぁ?
収納容量はギフトを強化すれば増えるが、
それには収納を繰り返さなければならないし・・・
兎も角、他の物も試してみましょう。」
その後、剣や槍、大袋に入っていた芋や鉱石を試す。
教会の屋上になったすべてのものを試してみた。
だが、そんな努力のかいも無く空間収納に収納できるものは何もなかった。
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と言うのが僕のギフトの授与の洗礼のあらましなのだ。
アルバートさんにも僕のギフトが何であったのか報告しなくてはいけない。
「ギフトは空間収納でした。
でも、僕の空間収納には何も入りません。」
そう報告したら、アルバートさんはどういうだろうか・・・。