ハンターが来た
学校が近づいた通学路では登校する生徒達の数が目に見えて増え、みんなそれぞれに挨拶や雑談を楽しんでいるのがひかりの耳に聞こえてきた。
ひかりは一人で登校していたので声を掛けることも掛けられることも無かった。
でも、寂しいと思ったことはない。
一人でいるのは気が楽だ。それに落ち着いて過ごすことが出来る。ひかりは静かな環境が好きだった。
黙って教室に入る。ここも騒がしくて困る。その話し声をひかりの声でさらにうるさくする必要も無かった。
チャイムが鳴って先生が来る。
その日の授業も退屈だった。こんな時は楽しい空想がはかどる。
今回はいつもとは趣向を変えてみた。
学校にテロリストが来るのだ。みんなはおとなしく言う事を聞くんだけど……ここまでは今までと同じ。
自分は今回はヴァンパイアとして奴らと戦うのだ。
ひかりは自分の手を見つめた。
戦うための力は確かにここにある。妄想ではなく現実の物として。昼は使えないけれど。
それは残念なことだが、まあ学校でまで目立つヒーローをやる必要はない。
妄想でみんなにチヤホヤされるのは楽しいが、リアルで人に構われるのはただ面倒なだけだ。
ひかりは気配を消すように意識して生活していた。
今日も退屈な日々だと思っていたら教室が騒がしくなった。
転校生が来たと生徒達の間で話が広まっていた。先生が教壇に立ち紹介する。
その転校生は涼し気な顔と優しい瞳が鋭さも感じさせるような細身の少年だった。
「加賀紫門です」
運動が出来そうで勉強も出来そう。しっかりとした声をしている。いかにもな優等生だ。
ひかりは自分とは関係ないなと思っていたのだが、続く言葉を聞いてびっくりしてしまった。
「僕の家はヴァンパイアハンターの家系でして、僕は奴を倒すためにこの町に来ました。100年の予言の日、ヴァンパイアの後継者が現れます。でも、安心してください。僕が倒しますから」
冗談を言っているようではない少年の真面目で真摯な発言に周囲が少し騒がしくなる。ひかりは目が合わないように教科書で顔を隠した。
冗談ではない。昼のひかりは無力なのだ。やっかいごとはご免だし、一方的にやられるのも好みではない。
「はい、質問」
クラスメイトから転校生にお約束の質問が飛ぶ。明るい女子からの声に、紫門はにこやかに答えた。
「はい、何ですか?」
「紫門君って変わった名前だけど、名前の由来は何? 歌舞伎役者なの?」
「これは歌舞伎役者では無くてですね……僕は知らないんですけど、父さんの世代で有名だったヒーローの名前らしいんだ」
ひかりも知らない名前だった。クラスメイトも知らないようだった。
「へえ、わたしも知らないけど、きっと好きだったんだろうね」
「俺からも質問良いか?」
次の質問は男子からだった。紫門は男子からの質問にも友好的に答えた。
「はい、何でしょう」
「ヴァンパイアって本当にいるのか? 昔は化け物がいたって噂もあるけど、いたとして勝てると思うか?」
「勝つために僕は訓練をしてきましたから。百年前のことですが、ヴァンパイアは本当にいたそうですね。この町のことなら地元に住んでいる皆さんの方が詳しいのでは?」
ひかりも知らなかったが、つい先日知ったことだった。
クラスメイトは知らないようだった。
「うーん、歴史では習わなかったからなあ。地元といえば俺のいとこは姫路市民なのにドラマになるまで黒田官兵衛を知らなかったと言ってたぜ」
「そういう物かもしれませんね。それだけ闇の者との関わりが少なかったということで良いことでもありますが」
「はいはい、質問はそれぐらいにして授業を始めますよ」
まだ続きそうだった質問を先生が打ち切った。
「では、加賀君の席は……」
「はい、夜森さんの隣の席が空いてます」
先生が探し、生徒が余計なことを言いやがった。
「では、そこに座ってもらえるかな」
「はい」
真面目ぶった顔で転校生が近づいてくる。優等生は苦手だ。ひかりは目をそらして気配を消そうとする。
功を奏したか紫門は目を合わせることもなく自分の席についた。気が付かれず話しかけられもしなくて、ほっと一安心と思いきや、
「夜森は学級委員だから分からないことがあったら何でも彼女に訊くようにな」
「はい」
先生がまた余計なことを言いやがった。彼の視線が向けられてくる。
優しいが興味は持っていない友達の視線だ。
「よろしく」
「こちらこそ……」
彼の真面目ぶった顔に何とか短く答えることが出来たひかりだった。