6.カメリアと白狼
「あー、あったかいわねー」
ワルプルギスの夜が開けてとっくに陽が昇り一番高いところに太陽がある。例年ならば屋敷で惰眠を貪りフェンに怒られるのが常であった。だがワルプルギスの夜にどうすればいいか決めたのに帰ろうとすれば足が竦む。カメリアは、ワルプルギスの会場になっていた森から少し離れた場所にある花畑で寝転び寝び寝ていた。
「お昼寝してから帰ろうかな」
「ずいぶんゆっくりした帰宅だなぁ。毛穴が開くぞ?」
フェンの白いふわふわした髪がカメリアの顔を撫で、森の木のような澄んだ木と水の香りがする。夜会で寄ってくる男たちよりも自然に近い魔女にとって慕わしい香りだった。
「なんでここがわかったの」
「ワルプルギスの会場から匂いを辿ってきた。まったくアンタは何考えてるかわからないな。俺が嫌なら嫌だって言えばいいんだ」
「嫌じゃないから困るんじゃないの」
フェンがどんな相手と一緒になってもカメリアのそばを離れるなんて考えたことなどなかった。色々とずぼらなところがあるカメリアとて獣魔にしたものの一生を見るつもりでいた。いままでの獣魔もそうやって何匹も看取り嘆く姿を見て、求婚してきた男たちは苦言を呈し最期は去っていった。
「近すぎる距離が苦手なのアタシ。アタシは、アタシなのにアタシを見た人たちは離れていったわ」
「知っている。アンタは、アンタだ。俺はアンタがいい」
フェンは、片膝をつくと花畑に散らばる金髪を一筋掬い取り口づけた。その姿は、願い乞うような神官のようで白い髪と相まって神聖な者に見える。だがその瞳は、獲物を狙う獣のようにひたりと心の内側まで見透かすようだった。
「狼は、つがいだけを愛して周辺の男に嫉妬する。例えアンタが俺から離れたいと思っても離さない」
「人狼は、そうね。でもアタシ魅了の魔女なのよ。フェンが嫌でも」
「だから言っただろう。アンタはアンタだ。それも含めて愛している。こういう時は、花を贈るもんだってタマ義姉さんが言ってたがないな」
周辺へ目をやればワルプルギスの夜に触発されたのか様々な花が咲き乱れている。春咲きの野薔薇や色とりどりの小花を咲かせるゼラニウム、槍の穂先のようなムスカリなど春から夏へ切り替わるこの季節に相応しい花々も多い。
「花ならいくらでもあるじゃない」
「そうだな。いくらでも花はある。でもアンタに贈る花は、一番相応しいものをと思っていたんだ。アンタには、白椿しか贈らない」
「白椿」
椿は、カメリアの別名だからどんなものなのか知っていた。なんなら魔女の名前は、全て植物からとっておりうっかり魔女以外に植物の名前をつけたうっかりな姉がいるがだいたいそうだ。リアは、椿の白の意味はなんだったか思い出せないでいた。
「その顔覚えてないんだな。言うのも恥ずかしいな。申し分のない魅力と愛らしさ愛慕だ。アンタのためにあるような花だと思わないか」
「なに恥ずかしいこと言ってるの」
「言って態度に示さなきゃわからないようだからな。二度とあの薬を盛るんじゃないぞ。次やられたら箍が外れるだろうな」
フェンは、いつまでも起き上がる様子のないリアに、そっと体を抱き上げ額に口づける。
「もうやらないわ。姉さんもこれ以上は無理だって言ってたし」
「幻想の魔女が可能だと言ったら続けたそうないいざまだな。まぁ、満月まで時間があるからじっくり考えろ」
じっくり考えろとフェンは、言ったが長年抑圧されていたせいか満月の前に限界を突破してしまった。正気に戻ったフェンがその場で自害しかけ、慌てて止めに入るという事件を起こした。リアは、必死に自害を止めようとして憎からず思っていたことを全て話してしまい立ち直るまでフェンにお世話を全てさせていた。
なりゆきで一緒になった二人だが数多くの獣魔を実の子どものように愛し幸せに暮らしたという。