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2.次女の事情

 アタシの周りには、ありとあらゆる男が群がってくる。

 男たちは、「リアはどの女性よりも美しい。だから妻(恋人)にと」と言ってくる。気持ちがうれしくないわけじゃないけれどあたしは、どんなイケメンも金持ちも王子も好きじゃない。

 アタシが一番好きなのはモフモフだ。ネコやフクロウは、魔女の獣魔として相性がいい。だからあたしは、獣魔と契約してモフモフを堪能しつつ獣魔を使う魔女として名を馳せる…つもりが見た目しか言われない。

 確かに父親譲りの輝く金髪と美形にうちの家系の女性が引き継ぐ緑の瞳。姉さんは、闇夜みたいな真っ黒な髪が神秘的。妹はオレンジ色のふわふわとした天然パーマがかわいい。調子にのるから本人には言わない。


「遠乗りさいっこう!」


 家の中でモフモフたちを堪能するのは、楽しいけれど馬で遠乗りも好きだ。そもそも何かしら出かけていないと調子が悪くなるので間を空けずに出かけている。面倒な男たちがいない森や湖は美しいし、薬草を採って帰ると姉さんが小遣いをくれる。


「あれ?」


 森の中を走っていると赤い染みが道に落ちていた。赤い染みは、道をそれて点々と続いている。たぶん血だと思うがけが人がいるのだろうか。覗いてみると灰色の子犬が血だらけで倒れている。


「まぁまぁまぁ! 子犬。子犬飼ってみたかったのよね」


 冬の夜など寒いというのに猫は、一緒の布団に入ってくれないので寒いのだ。犬なら大人しく布団に入ってくれそうな気がする。

 持ち上げると意識がないのかずっしりするが、この毛は洗えば非常に素晴らしい毛並みに違いない。持ち上げた子犬の顔を拝んでみようと思ったらなかなかたくましい顔つきをしている。


「もしかして狼の子?」


 白い体毛から犬かと思ったが、顔立ちが通ってイケメンな子狼だと思う。王都近くまで狼の群れが来ていてはぐれたのだろうか。


「なにはともあれ手当しましょー」




 王都の家に着くと、狼の子をわしゃわしゃ洗う。だいぶ汚れているようでお湯が黒くなるがその分、子狼の毛並みが白くなっていく。


「うわー、白い毛並み。あとは乾かすだけね。風の精霊、お礼に砂糖菓子あげるから乾かしてくれない?」

「はーい」


 風の精霊が子犬の毛並みをふわふわに仕上げてくれたのを確認して治療を始める。傷を水で洗い、化膿しつつある傷のみ姉さん特製の魔法薬を塗っていく。姉さん曰く、傷があるからと全部に塗ると簡単に治る傷も治らなくなるらしい。


「もう本当にモフモフ~、群れからはぐれたんならいっそ獣魔にするのもいいわね。大きくなったら番犬になるし」


 治療を終えたら使っていない毛布に寝かせる。夢を見ているのか口をもごもごしているのがもの凄くかわいい。


「ふぁ~、アタシも眠くなっちゃった。お休み~」


 リアは、健やかに眠る子狼を見ながらベッドに入った。




 リアが起きるとやけに暖かいものが腕の中にいる。このところ雪が降りだしてやけに寒いのでこれを抱えてもう少し眠りたい。けれど湯たんぽなんて持って寝ただろうか。


「ねぇ、寒いの?」


 子どもの声が聞こえるが気にしないで寝る。それにしてもこの湯たんぽ弾力性がいい。


「苦しい」

「えっ?」


 リアが腕の中のものを見ると、白髪に褐色の少年だった。


「あなた誰?」

「オレは、人狼の一族ヴァン族の族長の息子フェン。傷を治してもらい助かった」

「人狼……ってことはあの子狼があなたなの」


 フェンは、頷いたまま何も言わない。非常にしっかりした性格の少年のようだが、アタシが欲しかったのはモフモフの狼の獣魔だ。人間に近い思考を持つ生き物は、獣魔に出来ない。


「もうただの狼なら獣魔に出来たのに人狼なら獣魔に出来ないじゃない!」

「オレは、もう群れに戻れない。出来ればアンタに助けてもらった恩を返したい」

「あらそう?ならあんたは今日からアタシの下僕よ!」

「ゲボク…?」


 フェンが下僕の意味がわからないようで頭を傾げる。


「アタシの周りにいてアタシのいうことを全部聞くのよ。まずは、春がくるまで狼の姿で一緒に寝ること。いいわね」

「わかった」



 それからフェンは、私の下僕として一緒にいることになった。夜は湯たんぽ、昼は家事手伝いをしてくれるから非常に楽だ。特に片付けは苦手だからものすごく助かる。だけどたまにトイレに起きて部屋を出るとフェンが泣いていることがある。親の名前を呼んで泣きつかれて寝るので昼間に群れに戻らなくていいのか聞いた。


「オレがあのときあの場所にいたのは、群れがハンターに襲われたからだ。母が……オレを逃がしてくれた。だからたぶん群れはもうない……と思う」

「ふーん、ボッチの狼ってわけねぇ。まぁ、役に立つ限りは置いといてあげるからきりきり働いてね」

「帰れって言わないのか」

「帰りたければ帰ればいいけど、一言言ってちょうだい。今更掃除と洗濯と天然湯たんぽなしはきついし。何よその顔」


 フェンは、妙に嬉しそうに笑っていた。


「ならこれまで以上に頑張る!」

「頼むわよー」



 それから何年か経過し12歳くらいになったので従僕の真似事をさせてみた。どこで覚えたのか敬語で話そうとして片言になったのが面白すぎたので止めさせた。このままでは笑いすぎて腹が壊れる。

 他に変わったといえばフェンが来てから回数が減っていた夜会への出席も増えている。夜会に魔女が出て問題ないのに姉さんは、引きこもりぎみでこういう会は出ない。妹は、国にほとんどいないから国内の情報が入ってこない。


「私はいままで闇の中を彷徨っていたようです。ですがあなたという光に出会えたのですからそれも必要なことだったのでしょう」


 きらびやかな見た目をした男が扇子を持っていない手を力強く握って離さない。不躾なほど粘着質な男なので顔を扇子から出さずに応対を続ける。

 飲み物が飲みたいと隅に寄った途端にこれなのだから嫌になる。言葉から見て見た目だけのお花畑男のようだから大した男じゃない。


「光だなんて大げさだわ」

「おぉ光の女神は、とても慎み深いらしい。どうか光に焦がれる私うぉ!」


 男がその場で後ろに向かって倒れこんでいるのに男はリアの手を離さない。一緒に倒れこむと思ったが後ろから引っ張られた。見るとそこには見慣れた白髪の少年がいる。


「大丈夫ですか。マスター、いたっ」

「何が大丈夫ですかよ。あんたのせいでしょ。あら」


 あんなにしつこかった男がいなくなっていた。状況から考えて後ろに倒れたのだから服が汚れて着替えに行ったのだろう。夜会のような場所で後ろが汚れていたら恰好が悪いというのが一般的だ。


「あれくらいしないと離しやしませんよ。手を見せてください。ちょっと赤くなってますね」

「何また勝手に入って来てんのよ。ふつうの従僕はこういう会場に入らないのよ」

「俺は魔女の従僕だぞ。気にしているつもりなんだろうが、あんたの動きは隙だらけだからな。タマねえさんと、シロにいさんによろしく言われてるんだから無事に連れ帰らないと爪とぎされる」


 タマは、猫の獣魔。シロは、フクロウの獣魔だ。どちらもフェンより先に家にいたためか年長風をふかしている。そのうち下克上をするとフェンが言っていたが未だに勝てていないらしい。


「そろそろ帰るぞ。客と接触できたんデショウ」

「心配性ねぇ。まぁ、打ち合わせは終わったし面倒くさいのがいるし確かに帰ったほうが良さそうね」


 アタシが手を出すとフェンは、その手を恭しく受け取る。敬語がいまだに不自由なくせに態度ばかりが紳士的になってきていた。


「今日は寒いから一緒に布団で寝なさいね」

「はいはい、マスター」



 それからさらに月日が経った。今日は珍しく姉のベルが、リアの店に訪れている。いつもならベルのとこにリアが行くのだがどうやら依頼があるらしい。


「この触媒を使ってマロウに守護の魔法を刻んだモノクルを作ってほしいの。リア言っていたじゃない?王子とその友人が外遊する計画があるって」

「そうなのよね。戦争の気配もないから王位継ぐための顔合わせをやるならこのタイミングよね。もしかしてメンバーに選ばれたの」

「うちの子はとっても優秀だから選ばれないわけないじゃない」

「あー、はいはい。姉さんは、マロウに激甘ね」

「そういってリアもフェイに甘いじゃない。」

「アタシがいつ下僕に甘くしたっていうのよ」

「面倒くさがりのリアが毎日ブラッシングして、髪まで切ってるっていうじゃない」

「ブラッシングしないとすぐ毛並みがゴアゴアして触り心地最悪なの。それと試しに一回短く切らせてみたら狼の毛まで短くなったのは超信じらんない」


 あのときは、毛が短いせいでモフモフじゃなくなった。それから一番モフモフで触り心地のいい長さまで伸ばさせて肩くらいの長さだと思うのでキープさせている。


「不思議ねー。なら髪を黒に染めたら黒狼になるのかしら。…ちょっと試していい?」

「駄目、毛並みが悪くなったら嫌だからやらない」

「そう? 変えたくなったら言ってね。あとモノクルよろしくー」

「えー、めーんどーくさーい」


 あの小僧マロウ、姉さんにはかわいいのにリアの前では可愛くないのでムカつく。


「ならあの薬あげないわよ」

「姉さんのケチ。かわいい妹の頼みを取引の材料に使うの?」

「かわいい妹は、優しい姉ちゃんの頼みが聞けるわよね。それにかわいい甥っ子のためでもあるし」

「甥っ子ねぇ……」


 何かきっかけがあれば恋愛に発展しそうな雰囲気だというのに姉さんはのんきだ。そこがいいところでもあるがこちらが巻き込まれる面倒ごとになってほしくない。


「気が向いたらやる~」


 そのとき玄関のベルが鳴らされて下僕が行くとマロウの声が聞こえる。


「迎えが来たからまた今度ねー」

「マスターは、本当に姉君と仲がいいですね」

「仲悪くする必要ないもの。それより仕事道具準備して」

「用意出来てます。月光水晶に蒼穹の銀ですね」

「そうそう、あと「ミルクティーをどうぞ」


 注文する前にミルクティーが出てきた。こいつ最近優秀すぎてムカつく。



 三魔女の次女、魅了のリアの生活は非常にだらしない。

 朝は五度寝するし、部屋を掃除しない、寝たまま食べてこぼす、下着は脱ぎ散らかす。そんな生活をみれば百年恋も冷める筈だが、リアは持ち前の器用さで隠していた。今日も同じようにグータラしていたがちょこまか動く下僕を見てふと思う。下僕がリアの元に来て何年経っただとうかと、あの頃は五歳くらいだったから今は十七歳くらいだろう。


「あんた番を探すつもりはないの」


 リアは、ナッツを食べながら年頃の下僕に聞く。魔女の寿命は長い。今は青年の姿をしているがあっという間に老人になるだろう。人狼も人間と大して寿命が変わらないで、いつまでもモフモフを堪能するなら下僕の子どもに期待するしかない。


「番にしたいと思う奴がいます。けど現状じゃ到底無理です」

「何簡単に諦めてんのよ。アタシは、あんたが誰かと番ってアタシに子狼を抱っこさせなさい」


 フェンの後ろ髪を指でくるくるいじる。この部分は、尻尾みたいな触り心地がして好きだ。


「そうと決まったらあんたの嫁に良さそうなの探さないとね」

「いらない。それより寝ながら食うのはやめろ」

「えー」


 こんな日々がいつまで続くのかわからないが終わりがあれば始まりがあることをリアは知っていた。



「麗しの君、どうすれば私の妻になっていただけるだろうか」


 最近見ないと思っていた粘着質男と久々に出会ってしまった。あれから全く会わなかったから油断した。


「まぁまぁ、お久しぶりですね。えっと、モルゲン伯爵子息で合っているかしら」

「ブルスト・モルゲンと申します。まさか麗しの女神に覚えていただけるとは、お名前をうかがってもよろしいでしょうか」

「あなたに教える名はなくてよ」

「麗しの女神はつれないお方だ。私はひと時もあなたを思わぬ日がなかったというのに」


 ブルストは、リアの手を取るとキスをする。近くの令嬢たちが小さな声で黄色い声を上げるがそこまで親しくない相手にやられると蕁麻疹がでそうだ。口説くのならば令嬢を口説けば簡単につれるだろうに。


「どうすればあなたの名前をその愛らしい唇で聞くことが出来るのでしょう。これでも伯爵の位を持つ権利があります。あなたに苦労はさせません」


 手を引いて体を引き寄せるここが相手をする引き際だと身構えると間に下僕が入りこむ。リアの手を掴む手を叩き落とすと体ごと引き寄せる。いつもの体の暖かさが身に染みる。


「君は誰だ」

「俺はこの人の犬だ。ご主人は返してもらう」


 下僕は、リアを姫抱きにするとベランダに向けて歩き出した。


「犬風情が伯爵に盾突くのか!」

「権力の犬に負ける気がしないな。勝手に吠えてろ」


 ベランダの扉を開けられると後ろを向いてニヤリと笑う。


「それにこいつは貴族なんて柄じゃないじゃじゃ馬だ」



 下僕に庭園のベンチに座らせられる。


「大丈夫か」

「あんた敬語じゃなくなってるんだけど」

「あー、そうかい。それより俺はあんたが俺のもんだって、ここに刻んでやったのに。ほいほい男をひっかけやがって」

 下僕の指がリアの首筋を撫でる。明らかに調子に乗った態度がムカつく。


「怒るなよ」

「あんたのもんじゃないって言ってるの。あんたは、アタシの下僕それ以上ないわ」


 下僕は、その場で膝をつくとリアの手を取り見上げた。その視線はまるで獲物を狙っているようで知らずに身がすくんだ。


「俺がアンタを口説いてたの知ってたか。いや、知ってたから発情を抑える薬をずっと盛ってくれてたよなぁ?」


 リアは、姉さんに頼み獣の発情を抑える薬をずっとフェンに与えていた。口説いていたのを知っていたが身近にいすぎて突然発情されたらと怖くなったからだ。


「……知ってたらどうなんのよ。アタシはあんたに答えるつもりはない。寿命が短くて簡単に死ぬような奴と一緒だなんて嫌だわ」

「知っててその態度か。なら最終手段を取らせてもらう。俺の番になったら三食掃除付きで毛並みに触り放題だ」


 そういうと人型から狼の姿へと変わる。相変わらずモフモフして触り心地が良い。だが人狼は、かなり嫉妬深い生き物だ。狼の生態として一度番になったら一生添い遂げるという。浮気するつもりはないが、何かの拍子に癇癪で相手を殺しかねない。


「あと寿命についてポロっといってたけど、俺はただの人狼じゃなくて先祖返りのフェンリルだから普通の人間より圧倒的に生きる」

「はっ?」


 フェンの言葉に唖然とする。こいつ人狼じゃないというのか。そもそもフェンリルなら神殺しの狼だから人狼に違いはないのだろうか?


「聞いてないわよ。そんなの」

「言ってないからな。リア、俺は気が短いことくらい知ってるな。2回目の満月の晩までに答えをだせ」


 子狼を拾ったつもりだったのにとんでもないのを拾ったようだった。

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