1.長女の事情
昔々のお話とある国には、仲のよい三姉妹の魔女がいた。その三姉妹の魔女は、父親が違うもののそれぞれ有名な魔女だった。
長女の魔女は、博識だが男狂いの魔女。次女の魔女は、魔性の美しさで傾国と言われる魔女。三女の魔女は、風来坊のおてんば魔女。
これはそんな三人の魔女の物語。
長女の魔女は、子どもが好きだった。あの楽し気な笑い声や、無邪気に親に慕う様子をみるといいなと思う。それに出来れば自分の魔女としての知識をそろそろ後継に伝える時期になっている。
そのために結婚してくれる男性を探したがすべて断られた。
大多数の男性は、妹たちのような美人を想像したと断った。別の男は、魔女は嫉妬深いと聞くので縛られるのが嫌いだと断った。そのまた別の男は、魔女としての力を自分のためだけに使えと言いその内容は、明らかに悪事に使うつもりであった。その結果国内と隣国を含めて妙齢の男性は全滅した。
「あー! もう、どうしてこんな見た目で生まれちゃったかな! 悪事に力を使われたくないからアイツは、願い下げだけど見た目で振られるってイラツクわ。確かに次女のような蠱惑的な金髪の目を見張るような美人じゃないし、三女みたいな天真爛漫で可愛いわけじゃないけどさ。一人くらいいるでしょ!」
「ベルちゃんはとっても楽しい魔女だけど、見た目は地味だからねー。魔法で見た目変えて声かければいいじゃーん」
そう言ってきたのは、薄い緑色の衣を纏った風の精霊だった。この精霊ふわふわとしてかわいらしいが容赦なく言葉の暴力を言ってくる。
「魔法で見た目を変えるのは長時間すぎて集中力切れてバレるし、魔法薬を使ったら長時間変えられるけど材料が入手困難な上に体がバキバキになってものすごく痛いの知ってるでしょ」
「前に大魔女さまに教わったとき痛すぎて泣いてたもんねぇー」
「おだまり! あーあ、もういっそ子どもだけ手に入らないかなー。子どもだけ……? あっ、いいこと思いついた!」
ベルの顔がニマニマと歪み凶悪な顔になる。
おそらくまともなことを考えていないと風の精霊は思った。だが精霊は、人間ではないのでまともじゃないことは大歓迎だ。そしてベルはいそいそ出かける準備を始めた。
「ベルいったい何をするの?」
「ちょっとおでかけ♪」
ベルが訪れたのは、とある都市の奴隷市であった。仕事柄こういった奴隷市とは関係があったが自分が利用しようなどとは思っていなかった。
「ねぇ、誰かいらっしゃる?」
「はいはい、あぁ魔女殿ですか。また魔法薬の販売ですかな。傷を治す魔法薬はとても役にたっていますよ。この前も傷があって安かった女奴隷の傷を治して売り込んだらおつりがくるくらいでしてな」
「あらそう、でもね。今日はそっちの用事じゃなくて奴隷を買おうと思ったの。口減らしで売られている子どもとかいるでしょ。全部見せて頂戴」
「全部…でございますか」
ベルは、子どもといっても成人する十八歳までと考えると対象者が多いのだと気が付いた。たぶん現在案内されている部屋では、入りきらないことはないが奴隷が逃げないように厳重な部屋にしなくてはならないのだろう。
「ごめんなさい。全部と言ったけど5歳以下でよろしく」
「五歳以下ってほぼほぼ幼児ではないですか。そんな年齢の子どもはあまり買い取りませんよ」
「あまりということは買い取ることもあるってことよね」
「まぁ、はい。他ならぬ魔女どのの注文ですから出させていただきます。ただし躾がなっていませんよ」
「大丈夫よ。私子育てしたいから子どもを買おうと思ったの」
「もしや妙齢の男性に声をかけてすべて振られてる魔女というのは、魔女殿のことでしたか。もし結婚なさりたいなら私などどうですか?妻には先立たれていますし」
奴隷商は、四十歳の白髪のナイスミドルだった。優し気な風貌と品のよい仕立ての服を着ているため奴隷商に見えない。
「いやよ、私が妙齢の男性を探している理由も知っているんでしょう」
「はい、ですがまぁ。面と向かって断られるのもきついですな」
「いいから準備して」
「おおせのままに」
しばらくするとぞろぞろと10人の子どもたちが部屋に集まってくる。口減らしのために売られる子のためかだいたい5歳が最高の年齢に関わらず小さい。それに赤ん坊までいるらしく奴隷の女が腕に抱いて連れてきた。
「ここに連れてきたのですべてですよ。どの奴隷にいたしますか」
「うーん」
どの子にしたものだろうか。少なくても育てられるのは一人くらいだろう。なれればさらに買ってもいいが今のところ一人で十分だと思う。
とりあえず一人一人の顔を覗き込んでみる。どの子どもも私を見るたびにおびえた顔をするか威嚇してきた。赤ん坊の顔を覗くと火がついたように泣き出す。女奴隷の体がこわばったことからもしかしたらこの赤ん坊の母親なのかもしれない。
「ふぅ…」
あまりの酷い態度にため息がでる。奴隷の子どものうち残るは一人だった。
同じようにその子どもと目を合わせる。するとその子どもは、とても美しい紫の瞳の少女だった。髪で影になっている部分は青さの目立つ紫だが、光に当たっている部分は赤みを帯びた紫になっている。
その瞳を見てベルは、確信したこの子にしようと決めた。
「きみ名前は?」
ベルの言葉にびっくりして涙をこぼすと首を横に振る。名前を明かせないのか、もしくは名前がないのかどちらかだろうとベルは思った。
「そう…、君がよければ私の家族になってくれないかな。そしたら君に名前をあげるよ」
「か…ぞく? 本当に?」
「うん、どうかな?」
「うん、なる」
子どもの答えに思わず笑顔が浮かべる。そしたら子どもは、あっけにとられた顔でベルを見る。変な顔をしたつもりがないのだが泣き止んだのは冗長だ。
「奴隷商、この子を買うよ」
「この子でよろしいのですか。その子どもは、四歳ですが病気がちで薬の借金により売られたような子です」
「ならば余計に都合がいいね。私は魔女だ。それも魔法薬を専門にしているし、子どもの病気を治そうと頑張るのも親の役目だろう」
「わかりました。ではその子の名前はなんといたしますか」
「マロウかな。その紫の瞳はマロウに似ている」
「本当にその名前でよろしいのですか?役所にもその名前で登録されますよ」
「なんですか。いい名前でしょう」
マロウを見ると首を縦に振った。
「後で文句を言っても知らないですよ」
奴隷商はそういいながらもしっかりと仕事をこなした。奴隷を買ったことがないので相場がわからないが一年の収入が吹き飛んだ。だがこちとらピー歳の魔女だから蓄えくらいある。子どもとして育てるとして奴隷紋は、押さなかった。本当は押さなければならないのだが半年分の金額を約束したためだ。
「よろしくね、マロウ」
「はい」
だがそのあとで驚愕の事実を知り年甲斐もなく叫んでしまった。女の子だと思って魔女にすべく花の名前にしたというのに、マロウは…男の子だった。
マロウは、奴隷商の言う通り病気がちな男の子だった。季節の変わり目には必ず風邪をひくし、はしゃいで遊ぶと夜には熱をだすことも多かった。今も風邪をひいてベットで寝ている。
「母様……僕、病気ばかりしてごめんね」
「なに言ってるの。マロウは私の息子なんだから病気になってごめんなさいじゃなくて、一緒にいてくれてありがとうって言って欲しいわ。こういう時じゃないとあなた甘えてくれないもの」
ベルの家に来てから少しふっくらしてきた頬を突っつく。恥ずかしそうにしているが、これでも喜んでいるのはわかっている。
「私の可愛いマロウ。元気になったら一緒にお出かけしましょうね」
マロウの額にキスをして寝かせるようにゆっくりと布団をたたく。
「はい、……母様」
それからさらに年月が経ちマロウは10歳になった。そのころには、病気になることが減り店の手伝いや、学校へ通うようになった。本当にいい子に育って病気になることが少なくなると本当に世話を焼くことが少なくなる。それにマロウは非常に優秀らしく王子の友人に選ばれるほどだった。
「マロウ? 今日もお勉強なの。偉いわねぇ」
マロウのサラサラの金髪を撫でると不服な顔をしているのに耳が真っ赤になっている。耳が赤いのは、うれしいときの特徴だと小さいころから知っている。
「母様僕を小さい子どものように扱わないでください」
「頑張り屋の息子には、偉い偉いってしないとね。って……あらこの言語は、東の国の言葉ね。学校でもここまで教えないんじゃない?」
「……母様が東の国の薬草が欲しいけど文献が読めないというので覚えようと思いまして」
そういえばそんなことを言った気がする。最近東の国の食べ物がヘルシーで美容にいいと貴族の女性たちに人気だった。ならばその流行に乗るために東の国の薬草について調べて商品に出来ないか調べていた。
「まぁまぁ! マロウうれしいわ」
「ちょっと離れてよ」
マロウに抱き着くと買った当初よりも肉がついて身長が伸びてきた。今はベルの肩に届かないくらいだが男の子の成長はこれからだと商店街で聞いた。それがうれしくもあり寂しいとベルは思った。
マロウは、15歳になると王子とともに外遊に行くことになった。私がマロウを買ってからマロウは王都から出たことがない。さぞかしいい勉強になるだろう。それに反抗期らしくここのところギリギリまで家に帰ってこない。
「マロウこれあげる」
「なんですか。モノクル……? 僕は目が悪くないですよ」
「これは守護の魔法を刻んだモノクル。心配しすぎかもしれないけれどなんだか嫌な予感がするから」
「魔女の予感ですか」
「わからないわ。でもお願いもって行って」
マロウは賢い子だ。それに血のつながりはないけれど大切な家族だった。
「行ってらっしゃい」
「……」
マロウは、返事をせずに出かけてしまった。
その半年後マロウが王子を庇い呪いを受けて帰ってきたと連絡がきた。
「マロウ!」
マロウは王城にて魔法使いが呪いの解除を行っていたが、あまりにひどい呪いのようで呪いの核となる部分が一向に解除されていない。
「何奴だ!」
ベルは、衛兵によって取り押さえられた。それでもなお王子と思わしき人物に答える。
「私は三魔女の一人、幻想の魔女。マロウの母です」
「幻想の魔女だと、その魔女は15年ほど前にすべての男に振られてそれ以来相手の男を探すのをやめたと聞いている」
「私はその十五年前からマロウを育ててきた。お願いいたします。マロウを助けるつもりなら私に任せてください」
王子を精いっぱいにらみつける。王子とてマロウがこのままでは治らないことくらいわかっているはずだ。
「そもそも私がマロウのために守護の魔法を刻んだモノクルはどこにいったの…」
マロウの顔にはあのモノクルがなかった。あれさえあればマロウが呪いにかかることなどなかったはずだ。
「このモノクルはあなたが作ったのか」
王子がとりだしたのは間違いなく私がマロウに渡したモノクルだった。
「正しくは妹に頼んで刻んでもらったものよ。妹の方が呪術に詳しいからね」
「ならばその妹を呼べばマロウは助かるのでは」
「妹は、呪術は得意でも他人がかけた呪いを解呪するっていう繊細なまねはできない。お願いします」
「もういい、その女の拘束を解け。魔術師長その女が変な真似をしたら知らせろ。即刻首を撥ねる。魔女はそこまでしなければ倒せまい」
その言葉にヒヤリとしながらもマロウに駆け寄り呪いの状態をみる。体に蛇のような痣がついて全身締め付けているようだった。苦しいらしくずっと脂汗とうめき声をあげている。
「私の愛し子、いま助けるからね」
蛇ならばもしかしたらあれが効くかもしれない。
「だれかたばこもってない」
そういうと魔術師の一人がたばこの箱を渡してきた。それを箱ごと受け取ると魔術師が悲痛の顔をしたが気にせず中のたばこをバラバラにしてマロウの周りに撒いた。それと火の巡りがいいように持ってきていたショールを置いて火種にする。
「地と火の竜サラマンダーよ。我が盟約によりその姿を現せ!」
詠唱すると熊のような大きさの赤い蜥蜴が現れ背後から悲鳴があがる。
「ベル、対価はなんだ」
「私の髪とこの呪いを対価にする」
私はきつく結い上げていた髪をすべて下した。
「お前この呪いを俺に食わせるつもりか」
「だめかぁ。ならあとで良質な石炭を100kgでどう」
「いいだろう」
サラマンダーは真っ赤な下を伸ばすとベルの髪を焼いて切り取り食べた。
「まずはこれを燃やしてほしい。出来るだけ煙がでるように」
「それくらい楽勝だ」
サラマンダーは口から火を出すとたばことショールから煙が出てくる。
「げぇ、これヤニ入ってるじゃねぇか」
「あっ、あんたも苦手だっけ?でも呪いの蛇も嫌そうね」
蛇は、どういうわけかヤニが嫌いだった。呪いであろうと蛇は蛇と思ったのが成功して肌の上をぐるぐる回っている。そしてついに耐えきれなくなったのか体から離れた。それは体が透けているが全体的に黒い蛇だった。
「サラマンダー食べて!」
「仕方ねぇ」
サラマンダーは、蛇を舌で掴むと飲み込んでいく。呪いの蛇がついにマロウから離れたと喜んだ途端に最後の抵抗とばかりに暴れ出し蛇の尻尾がベルの顔に当たった。さすがのサラマンダーも焦ったのか急いですべて飲み込んだ。
「マロウ!」
ベルがマロウに駆け寄ると呪いは他にないようでほっとする。そしてマロウがゆっくりと目を開けると見開いた。そしてマロウがベルの顔に手をのばす。
「母様顔に血が!」
「顔に血?」
言われてみれば左頬が焼けるように痛い。けれどいままで気が付かなかった。
「マロウこそ痛い所はない? 一緒におうちに帰ろうね」
「母様なんで……なんで!」
マロウは久々に泣いていた。
「あなたは大事な子だから」
もうベルの背丈を超えてしまった息子だが大事な子なのに変わりはなかった。
それからのマロウはより一層家に帰らなくなった。学園は、どうしたのかと聞いたら必要な学問は習得したので飛び級で卒業したという。そしてそのまま文官になっていま見習いのため仕事が多いという。
「仕事始めちゃうってもう一人前よねー。あれから20年近く経ってるし、そろそろもう一回身を固めてもいいかなぁ。マロウ大きくなったし」
奥さんが出来て置いて行かれたらこの家は、私だけになってしまう。マロウがいて騒がしかった家が静かになるのはとても寂しい。
「となるとお見合いから始めましょ! 顔に傷あるけどそれでもって人絶対いるでしょ」
その言葉をまさかマロウが聞いているとは思わなかった。
私は、お見合いに惨敗したので知り合いの貴族の舞踏会に来たはずだった。貴族と平民がと思われるだろうが貧乏な貴族が金持ちの娘と婚姻を結ぶというのがあり得る。その知り合いの貴族もまた奥様が金持ちの娘で私のお客だった。
「ねぇ、マロウこれはどういうことなのかしら?」
「わからないあなたじゃないでしょう?」
なぜか休憩に入った部屋でマロウに押し倒された。そもそもマロウは今日も仕事で帰れないと言っていたはずだったのだがなぜここにいるのだろうか。
「母様は昔おっしゃったでしょう?家族になってくれるかなって。だから本当に家族になりましょう」
「つまりどういうこと……?」
マロウは、私の息子だ。だから違う。
「母様を一人の女性として愛しています。安心してください。母様が馬鹿にされないように下地は作りましたし、母様にプロポーズする男も俺しかいません」
「プロ……ポーズ?私に?」
「はい、だから俺を選んでください」
「ちょっと待って」
「待ちますよ。でも僕もいい大人ですからあんまり待たせると…どうなりますかねぇ。ベルドゥジュール」
マロウの言葉に戦慄を覚えるがどうやら待ってくれるらしい。マロウが爆発する前に妹たちに相談するしかないとベルは思った。