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6 エルフ


 暗闇にゆらゆらとうごめく光は火の明かり。今にも消え入りそうなそれだけが俺達の唯一、認識できるものだった。

 目を凝らしても見えるのは捻じれ、岩の様に固そうな樹の根。千年、いや二千年経とうともこんな大樹には成長しないであろう。その一本一本が重なり合い、この地下道を作り上げている。



 地下道に規則的に作られる空間。細い根によって作られる個室もとい『牢』が俺達の現在位置である。



「ここから出してよぉ~~!! 私たちがなにしたって言うのぉ!!」

「うう、怖いよ、寒いよ……」

「大丈夫、大丈夫だよ……きっと」

「うるさい、そんな保障どこにあんのよ!!」



 阿鼻叫喚、第三部隊の昨日までの堂々とした態度はどこへやら。今はただ狭い牢の中で泣き叫び、ありもしない助けを求めている。

 数時間以上この暗闇の中に閉じ込められている。俺の鼓膜ももうそろそろ限界だ。






「どうしてこうなった」





 女子の絶叫をBGMに事の発端を思い返し、回想へと入り込む――。




 ♢



 俺と言う犠牲を元に得られる平穏は二週間も続いた。道具や物の生成形の能力を持つ女子達のお蔭で日常と大差変わらない暮らしが出来た点が大きいだろう。

 皆の心配や危機感は消え去り、まるでキャンプに来たような賑やかさ。猛獣が現れる深き森の中を悠々自適に突き進む。

 無計画に突き進んでいる訳じゃない。栄田の持つ『遠方望遠レーダーリサーチ』は半径数キロメートルの生物や建造物の場所が把握できるそうだ。まるで潜水艦のレーダーのようなだと栄田は言い、正確さはすでに検証済みだとか。

 とは言え、遭難している事実は変わりない。何としてでも人の住む地に向かわなければ俺達に未来はないのだ。

 事実、一部の生徒は事態の深刻さに気付きつつある。俺も聡明ではないが、常に頭はクールだ。まあ、状況が常に最悪なためだ。どうしても楽観的に考えられないのもある。


『まずいですね、先生』

『ああ、分かってはいる。この世界が地球じゃないのは確かだ。しかし、二週間当てもなく彷徨い人類が見つからないとなると……そういう事かもしれない』

『……生徒たちには知らせない方がいいですよね』

『当たり前です、實下君。現在、生徒たちは今の現状に満足して弛緩しきってる。不安要素は一つでも省くべき、僕たちの能力は強力です。暴動でも起きればただでは済まない』


 ふと、今朝密談をする栄田、實下、そして担任の言葉を思い出す。栄田はいつもの敬語で冷静を振る舞っている様に見えたが声は震えていた。彼も怯えているのだろう、事態は深刻でいち早く対処すべきだと。


「あら、いつになく真剣な顔してるわね。加藤君」

「深川……」


 第三部隊の女子の一人、深川薫ふかわかおる。サポート系の中でも中々使いづらい能力で女子グループに入りづらいようで、孤立気味の生徒だ。


「何か心配事でもあるの? まあ、貴方にそんな質問するのも失礼だと思うけど……」

「わかってんなら荷物運び手伝えよ」

「いや、私のこんな細い腕じゃ無理」


 白シャツをめくり見せる肌の色は白く、健康的ではない色味。腕も骨が浮き脱程には細い。

 彼女、深川はクラスでも孤立グループに入るだろう。目元が隠れんほどのストレートヘアはわかめの様にくねり、ピン止めしていると言えどこかがクセッ毛が飛び出している。目の下にクマがあり目つきも悪い。会話内容もどこかフワフワとしていて、掴めない。


「珍しいな、魔女さんが俺に話しかけるなんて」

「……その呼び方で久々に呼ばれた、やめてよ黒歴史なんだから」


 本当に鬱陶しそうに顔を背ける。


 ふと、昔の記憶が蘇る。中学時代、俺の学校には魔女がいると言う突飛な噂が流行った。

 この中学校には、魔女が存在するというもの。

 夜な夜な魔女はある個室を使い、信者を集えて呪文を唱えているのだそうだ。明かりはロウソクの光だけ、ほぼ暗闇に照らされる表情はのっぺらぼうのようになく漆黒に包まれている、だとか。

 生徒のほとんどが話のネタにする程度ではあったが、誰もその存在を知るモノはいなかった。ごく一部の生徒を除いては。


 結論から言って、魔女の正体を俺は知っていた。何故なら例の儀式を俺自身が目撃したからだ。


 占い部、そう言われていた部室は禍々しい胡散臭い錬金術師の巣窟となり、深川は部長を務めていた。放課後にたまたま通りかかった時、部室の扉が少し開いていた。漆黒のカーテンの隙間から覗く光景を未だに忘れる事が出来ない。

 魔法陣を囲むようにしてロウソクの火がゆらゆらとうごめいており、明かりは火の光のみ。数名の女子達はローブを纏い、教会の修道院に似た服装で顔も隠し、謎の呪文を唱える。




 部室の中心には柱が建てられ、アニメのキャラクターのピンナップが貼られていた――。




「私はただ、真剣に二次元の扉を開こうとしただけよ? 全然不思議なことじゃないわ」

「いや、全てがおかしい」


 あの景色を俺は今後一生に渡り忘れる事が出来ないだろう。女子達が真剣な面持ちで好きなアニメのキャラを召喚しようとしている姿など。



 間違いない、あれは魔女の儀式だ。お前は正真正銘の魔女だよ。



「そう面と向かって褒められると照れるわね……ふふっ」


 何か壮大な勘違いをしている彼女を尻目に、俺は不思議と彼女に対する憧れや嫉妬の感情も持っていた。

 それこそ、彼女の能力におけるものだ。『二次元召喚リアルブレイカー』、自身が思い描いた妄想を具現化できる。何だこのチート能力。

 しかし彼女の脳内は文字通り腐っている。BL的な意味でも、人生観的にも。彼女は自分の夫である妄想しか創りだせない。なお、今後作る予定もないそうだ。


 熱いな、何故か涙が出てくる。

 おそらく俺もそれに近い能力を持っているからだろう。一歩間違えば、俺だってこうなるのだ。


「そういえば、加藤君って江島君と出来てるの?」

「はっ?」


 何を言いだすんだ、こいつは。


「だって、いつだったかイチャついてたじゃない。二人で半裸になって胸を揉みだいてその勢いで下半身へ……キャー!!」

「お前は疲れてる、さっさと休め」

「それは加藤君だと思うわ」


 ああ、俺もそう思う。頼むから非現実な妄想をやめてくれ。真面目にぶっ倒れそうだ。

 平穏な異世界ライフはこのようにだらだらと過ごされ、人類を見つけ、自分たちの世界に帰れる。そう、楽観的に考えている生徒が大半だろう。

 俺にとっては地獄だ。さっさと滅びろ、こんな状況。





 その願いは、ある意味叶えられる事となった。




「!! 第一部隊、第二部隊、戦闘態勢に入れ!!」


 栄田の叫び、唐突に平穏な空気は時を止めて生徒全員が黙り込んだ。


「どうしたんだ、栄田」

「……数にして、五六十匹程でしょうか。敵が来ます」

「なんだ、だったら俺達の能力をぶっ放せば余裕だろ」


 一人の生徒の余裕な表情、どう転んでも自分が負けるはずがない。余裕に満ち溢れた声色だ。反対に栄田は震えた声で告げる。


「今までの、知能のないモンスターならば。です規則的な陣列で、明らかに僕たちを囲むような編成を組み、こちらに向かっているんです」

「……おい、まさかそれ」

「知能のある生物ですね、残念ながらこちらに好意は持っていないようです」

「栄田、そこまでわかるのか?」


 担任は神妙な面持ちで口に出す。


「僕の遠方望遠の限界範囲を理解していたようです。察知されるギリギリの範囲で尾行していたのでしょう。……そして、縄張りに入ったために行動を開始した」

「だったら、人だろそれ。話し合えば何とかなんじゃねえか?」

「言ったでしょう!! 今すぐに戦闘態勢に――」


 こんな緩み切った編成で迅速な対処など出来るわけはない。栄田の怒声も虚しく俺達の行動は完全に無力化される。




「動くな、持ち物をすべて捨てろ」




 まさに刹那。瞬きした瞬間、眼光だけが光る黒ずくめの集団が俺達の部隊を覆う。



 突きつけられるナイフの刃は首筋に触れ、少しでも動けば命はないだろう。全生徒がナイフや剣で威嚇され、身動きが取れない。目線を上へ、木々に向ければローブで全身を覆った人物が目に入る。その総数はざっと五、六十は超えている。完全な詰み状態だ。



「バカな、僕の能力圏内に入ったばかり……数キロは離されているはず」

人間ヒューマンの分際で、我々エルフを騙せると思うか?」



 栄田の言葉にローブの人物は苦笑し、素顔を晒した。澄んだ白色の肌に緑色エメラルドの瞳、左右に尖った耳はまさに……架空の生き物だ。

 エルフ――その言葉に一部の人間は目を開かせ、息を呑んだ。今いる世界が現実のものではなく、ファンタジーであると決定づけた言葉。

 つまり、この世界は異世界ファンタジーって事か、笑えない。本当に。


「お前たちが何故この聖地に踏み入れられたかは、聞かないでおく。今するだけ愚問というものだ」

「待ってくれ、僕たちは……!!」

「我々は危害は加えない、掟でそう決められている」


 美しい顔立ちはまるで般若の面の様に豹変し、睨みつける。


「だが、次喋れば容赦はしない。いいか、貴様ら全員に言っている」


 数名の生徒が動きを止めた。おそらく、自分の能力でこの状況を打破しようとしたんだろう。得体のしれない凄み、能力に溺れて緩みきっていた笑顔は消えてただ真っ青な表情がクラス間を伝染していった。どうやら。





 俺が想像していた以上に、深刻な事態のようだ。






ようやくの異世界要素

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