3 真面目と貧乳
「この状況は明らかに異常だ。そのために、委員長と俺がクラス全体の指揮をとらせてもらう。その事に反対の者はいるだろうか」
担任の神妙な面持ちにしーん、とクラス全体が静寂になる。
ここにいる生徒全員が担任と委員長を信用している証拠だろう。単純に面倒事に首を突っ込みたくないのもあるだろうが。
「意義はないが意見はある。こいつと一緒にしないでくれ」
「殺すぞ、お前」
江島の人差し指を百八十度折り曲げる。勝手に叫んでいるが、無視だ。
この状況での担任と栄田の的確な判断力は素直に尊敬する。それを生徒たちも感じているようで黙って言う事を聞いている。
俺も異論はない、が。問題は俺自身にあるだろうな。
ちらりと周りを見渡せば、ある一人の女子を中心に列が出来上がっていた。身近にいた男子に話を聞く。
「どうしたんだ、この列」
「なんでも實下がクラス一人一人がどんな能力を持っているか、確かめてるらしいぞ」
あっ、俺死ぬのか。
何となく、この状況下で孤立して餓死するまでのビジョンが容易に思い浮かんだ。
髪をポニーテールに纏め上げ、つり目丸眼鏡の女子の名は實下友美。このクラスの副委員長であり、相当な真面目ちゃんだ。
校則や決まり事には徹底的に厳しく、空で学校の校則を一から十読める程の変態だ。俺は断じて違うが。
なおかつ、栄田には絶大な信頼を寄せているようで、今回の混乱に置いて指揮は栄田、総括は實下と徹底管理している。
その真面目の見本に俺の能力がバレた場合、どうなるだろうか?
彼女の性格からして俺の事をまるで養豚場の豚を見る目に変わり、扱いはゴキブリ以下になってしまう、確実に。
下手をすれば存在すら抹殺されかねない。マジで。
「短い人生だったな」
「お前、いっつも他人事だよな」
「他人事だもんっ!」
とりあえず満面の笑顔だったので親友をグーパンしておいた。
まだ、可能性はあるんだ。能力を調べると言っても、おそらくは一人一人の力を確認していってるはず。
「いってえ……あっ、そういえば」
「んだよ、まだ殴り足りないか」
「ちげえって。實下の能力だけど、相手の能力を透視するヤツらしいぜ」
とりあえずもう一発殴っておいた。
「俺の心の拠り所をぶち壊しやがって、てめえも透視してんじゃねえのか!? ああ!?」
「やめろ、加藤……目立つ、目立つから」
はっ、と我に返る。
「加藤君、君の能力を確かめておきたいのだけど」
気がつけば實下がゴミを見るような目で睨んでいた。その威圧感に圧倒されつつ、全身から汗が噴き出してくるのが分かった。
「い、いや。俺には能力がないみたいで……。だから、悪いな」
「そうなの、でも一応確認させてもらうわ。もしかすると発現して気づいてないのかも」
光の速さで逃げようとするものの、見事に肩を掴まれる。畜生、女子なのになんて力だよ。
ヤバい、ここで能力を読まれるのはヤバい。
彼女の性格上、嫌悪感を見せつけてくるだろう。罵倒の嵐で精神を侵されるかもしれない。だが、それより重要なのが……担任と栄田に報告するだろう、という点。
その結果、見える未来は明白。クラス中に噂が行き渡り、軽蔑、孤立、孤独、餓死。
いや、そこまではいかないかもしれないが、脳内ではマイナスマイナスに思考が言ってしまう。
「……實下」
何を血迷ったんだろうか。
俺はふと實下の胸元を凝視していた。俺の中の危機勘が能力を使用しろと警告していたんだろう。
だから、自然と目がいった。そして、ふと口に出す。
「お前、貧乳だよな」
気がつけば俺の意識は数時間飛んでいた。
加藤の話によればクラスの奴らが止まるまで、俺の顔面を足蹴にしていたそうだ。顔じゅうが痛い。