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ep.6 言えなかった言葉③ 

再び私が目を開いてみれば、そこは先程までいた公園ではなく、まったく別の景色が目の前に広がっていた。


「ーーーここは」


呆然と立ち尽くす私の前には、一本の壮大な桜の木が立っていた。


涼やかな風とともに枝が揺れる度、ふわり、ふわりと桜の花びらが舞っている。

それは何とも幻想的な光景で、それでいてどこか懐かしさを覚えた。


こんなにも壮大な桜の木を目にしたのは、いったい何十年ぶりだろうか。


桜の木を見上げていると、自然と脳裏に思い浮かんできたのは、私がまだ学生だった頃の思い出たち。


入学式の前日。

間違えて大学に来てしまい、そこで彼女に出会い一目惚れをしたこと。


卒業式の日。

プロポーズをするのは、出会いのこの場所で私からと決めて彼女を呼び出し……

でも、“私からの”プロポーズは失敗に終わったこと。


由美子さん、あなたはきっと知らないでしょう。

あの卒業式の日から今日まで、私がどれほどあなたに感謝してきたのかを。


結婚して数年。

初めて子供が産まれたとき、私は感動のあまり泣いてしまった。

そして、元気に泣き叫ぶ息子の姿を見たとき私は、自然と言葉を口にしていた。


ーーーありがとう、と。


無事に生まれてきてくれてありがとうと、無意識に私は息子に伝えていたね。


でも本当は由美子さん、あなたにも感謝の言葉を伝えるべきだった。


元気な赤ん坊を産んでくれて、ありがとうと。


いいや、伝える機会はいくらでもあった。

でも、その機会を逃し続けてきたのは私自身の弱さ故だ。


……すまない、伝えることができなくて。


すまない、感謝の言葉を聞かせることができなくて。


だが今私が思うことは……



「ーーー由美子さん。私はまたこの美しい景色を、あなたと共に見たかった……」


この懐かしい景色の元で、再びあなたに会えたなら。

そうすれば、奥手な自分も感謝の気持ちを伝えることが出来たのかもしれない。


あの頃の後悔を、無くすことができたのかもしれない。


ふと見ればいつの間にか、満開だった桜の花びらも半分近くが風に乗って、桜の枝から旅立っていた。


そうだ、この望みはもう叶わない。

彼女ももう、遠い空の彼方へと旅立ったのだから。



ーーーそう、思っていたときだった。


名前を呼ばれたような気がして、あの頃のように私は後ろを振り返る。


奇跡だろうか。そこには、あの頃と同じように凛とした姿勢で一人の女性が立っていた。


だがあの頃のような若さは無く、そこにいたのは長年連れ添ってきた、今の私と同じだけ年を重ねた彼女の姿。


「懐かしいですね、この景色」


驚く私に、彼女はふわりと微笑みながらそう言った。


「ーーー由美子さん、なのか?」


その質問に答える代わりに、彼女は懐かしむように桜の木を見上げて呟く。


「三郎さん、私はあなたと共に人生を歩むことができて幸せでした。本当に、私と結婚してくれてーーー」


「由美子さん!」


嫌だ。もう、嫌だ!先を越されるのはもう十分だ。


あの日伝えられなかった言葉を、懐かしい景色のこの場所で。


今度こそ私から伝えたいーーー!



「一目惚れだった!あの日、桜の木の下で出会ってから私は……僕はっ!!」


これがおそらく最期の機会。

感謝の気持ちを伝える機会はきっと、今しかない。 


だからーーーだからこそ僕が一番彼女に伝えたかったこの想いを言葉にしよう。


桜の花びらが舞い散る中で、僕は勇気を出して口を開き、言葉を紡いだ。



「僕はずっとーーーずっとあなたを、愛しています」


あぁ、ようやく伝えることができた。

この想いを、やっと彼女に届けることが叶った。

私の言葉を聞いたときの彼女の嬉しそうな表情は、きっと生涯忘れることはないだろう。


ありがとう、本当にありがとう。この奇跡に、心からの感謝を。


ひときわ大きな風が吹き、それは桜の花びらを舞い散らせながら彼女を優しく包み込んでいく。


どうやらこの奇跡のような一時も、終わりを迎えるようだった。

花びらで見えなくなっていく彼女の瞳から零れ落ちた涙は、きっと私の見間違いではないだろう。


「由美子さん、今まで本当にーーーありがとう」


私の感謝の言葉と共に、桜の木から最後の花びらが舞い落ちる。


それは、ふわり、ふわりと風に乗って、空のかなたへと消えて行くーーー。


最後までお読み頂き、本当にありがとうございました!

この言えなかった言葉編をもって、いったん完結となります。

また書きたいストーリーが舞い降りてきたときは、更新するつもりです(*´ω`*)


最後に、この物語を通して何かを感じて頂けたなら幸いです(〃ω〃)

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