ep.5 言えなかった言葉②
「言えなかったその言葉、奥様に伝えたいですか?私なら、その望みを叶えることができるかもしれません」
どこからともなく現れた謎の男は、私に微笑みながらそう尋ねてきた。
「君は私の心が読めているかのように、不思議なことを言うんだね」
この歳になると、たいていのことでは驚かなくなったが、こればかりはそうもいかない。まさか本当に、死者に逢えると言うのだろうか。
私の言葉に、彼は困ったような顔になる。
「私は心が読める……わけではありませんが、似たようなものなのかもしれませんね」
正直今の私は、彼が心を読めるかどうかなどあまり気にしていなかった。
むしろ、今はそっと一人にしてほしい気分だ。
ただ叶うはずもない私の願いを、まるで叶えることができるかのように声を掛けてきたこの男に対し、少しだけ興味がわいたことは事実だった。
「……あまり年寄りをからかうものではないよ」
「からかってなど、いませんよ」
嘘ではないと主張する彼の目を、私は改めて見返した。
驚いたことに彼の瞳は真剣で、嘘を言っているようにもみえない。
「もしも私がそれを望んだら、君はどうするつもりなのかな?」
早朝の公園を、涼やかな風が吹き抜ける。
彼は被っているくたびれた帽子を軽く片手で押さえながら、
「その望み、私が叶えてみせましょう」
自信の溢れた言葉だった。
決して、その言葉を信用したわけではない。
だが私の中から消えてくれない寂しさと後悔が、私に受け入れてみないかと訴えてくる。
自分自身の中の答えにため息をついて、私はゆっくりと頷いた。
「では、目を閉じて、肩の力を抜いて下さい」
「こう、かい?」
言われた通りにしてみると、なぜか不思議と眠気が襲ってくる。
「夢は永遠ではなく必ず終わりがあります。限られた時間を大切になさって下さいね」
そう言う男の声が聞こえた頃には、私の意識はまどろみの中に消えかけていた。
「良い夢をーーー」
その言葉が聞こえたのを最後に、私は意識を手放したのだった。
次回、完結します。
どうか最後まで、老人の勇気を見届けてあげて下さい。