ep.3 ある少女の望み③
何をするでもない散歩から家へと向かう帰り道。
ふと目に留まった公園に、私は足を延ばしていた。
時刻はもうすぐ、17時になる頃だろうか。
「ほら○○ちゃん。もう17時になるし、そろそろお家に帰るわよ」
「えーっ、やだ!まだ遊ぶぅ」
駄々をこねる子どもの声が、公園のそこかしこから聞こえて来る。
そんなやり取りの最中、公園にある時計の針が今、ちょうど17時をさした。
「~~~♪」
その時計を眺めるうちに、私の唇はなぜか自然と、あの童謡を口ずさむ。
幼い頃に住んでいた町では、17時を知らせる歌として拡声器から流されてきた、あのメロディーを。
母は病気がちで家にいることの多い父に代わり、仕事に出ていたため、この歌が流れると父がよく公園に私を迎えに来たものだ。
やがて誰もいなくなった公園で、私は一人ベンチに座った。
「ここで待っていたらまた…」
そんなことを思っていると、ヒュオーッと突然、風が吹く。
思わず目をつむり、再び開けた私の目の前には
「ーーー誰?」
帽子をかぶり、トレンチコートを着た見知らぬ男が立っていた。
年齢は30代か40代と言ったところだろうか。
「お父上に、会いたいですか?」
「っっ!!ーーーどうして、それを…」
動揺する私を余所に、男はにこりと微笑んで言う。
「その望み、私が叶えてみせましょう」
「ーーーーーえ?」
出来るはずがない。なぜなら父は既に帰らぬ人となっているからだ。
「…無理よ。だって父はもうこの世にいないもの」
「知っています」
その返答に、腹が立った。知っているのなら余計な期待は抱かせるなと、そう叫んでしまいたくなる。
「誰だか知らないけれど、からかうのならもう少しマシな内容にして」
「からかってなどいませんよ。嘘だと思うなら、目を閉じて、肩の力を抜いてみて下さい」
明らかに怪しかった。でも、なぜかその目は嘘を言っているようにも見えなくて。
「…良いわ、今日は父の日だもの。会えるものなら、私だって会いたいわ」
「夢は永遠ではなく必ず終わりがあります。限られた時間を大切になさって下さい」
そんな意味深な男の言葉を聞いたあと私は、ゆっくりと目を閉じ、肩の力を抜いていく。
すると不思議なことに、スゥーッと意識が遠のいた。
「良い夢をーーー」
そう呟く男の声が聞こえたような、そんな気がした。
再び目を開いてみると、そこは変わらず公園であった。違う点があるとするならば、先程の男の姿は無い。
「…一体、何がしたかったのよ。変な男」
ふと何気なく公園の時計を眺めてみると、時計の針は、
17時、“数秒前”をさしていた。
「ーーーあれ?」
カチッ
時計の針が今、17時ちょうどをさした。
“~~~~~~♪”
おかしい、この地域では聞けないはずの童謡が。
久しく聞いていなかったこのメロディーが。
「夕焼け子やけが…流れてる」
その違和感を覚えた途端、誰かに名前を呼ばれたような気がした。
「…き、美咲」
その懐かしく感じる声に、弾かれたように公園の入り口の方を見る。
「うそーーーーーーおとう、さん?」
西日で顔がよく見えない。でも声を聞いて、無意識にそう尋ねていた。
「そんな、そんなはずは…!だって私のお父さんはもうっ!!」
脳ではあり得ないと分かっていても、駆け寄らずにはいられない。
バフッと大きな胸に飛び込むと、言葉では言い表せない安堵感に包まれた。
「どうした、寂しかったのか?」
まるで安心させるかのように、私の頭を優しく撫でる。
その手の平の大きさに、暖かさに、私の涙腺は自然と緩む。
「さびし、かったよ!お父さんがいなくなってからずっと…ずっとずっと寂しかったんだよ!!」
「…そうか」
「もっと思い出を作りたかった!もっと撫でて欲しかった!もっと…っ、一緒に生きたかった!!」
「そうだな」
伝えたい言葉は数え切れない。
でも、涙と嗚咽と鼻水が邪魔をする。
今日は父の日、同時にそれは父の命日でもあった。
あの日プレゼントを買いに町に出掛けて家に戻ってみると、父はすでに帰らぬ人となっていたのだ。
あの日、言えなかった一言を。
伝えきれない思いと言葉を一言で。
大きな身体に包まれながら、顔を上げて父の顔をしっかりと見つめる。
涙と嗚咽と鼻水を気合いで引っ込めて私は、
「あのね、お父さん」
「ん?なんだい、美咲」
ありったけの笑顔で父に、
「だぁいすきだよ!」
私の言葉に、父は嬉しげに微笑む。
そしていつもと変わらぬ優しい口調で、
「帰るぞ」
「ーーーうん!」
こうして再び父と手を繋げるなど、私にとって夢のようだ。
そして偶然か必然か、2人が手を繋いで公園を出るちょうどその時、夕焼け子やけのメロディーも終わりを告げたのであった。
まるで儚い夢の時間が終わりを迎えることを、暗示しているかのように…。
「ある少女の望み」編はこれにて完結です。
次回、ある言葉が言えなかった老人のお話がスタートです(〃ω〃)