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人に一癖

作者: 浦賀三日月

人に一癖

 電話の鳴る音がする。うだるように暑い八月の初旬。電話は鳴り止むことなく、けたたましい音を上げているばかりだ。なぜ誰も出ない。そうか、今日は平日で、高校生の俺以外は全員家を出払っている。両親は働きに、姉は大学のサークルとやらで。仕方がない。

 電話に起こされて不機嫌な俺は、いつも掛けている腹の上のタオルケットを乱雑に剥ぐと、ノロノロとリビングへと向かった。

 電話の子機を取ろうとすると、丁度音が止んだ。これでは起き損だ。しかし、夏休みが始まってもう二週間が経ったが、特にここ最近は生活リズムがおかしくなっている。惰眠を貪り過ぎて眠れない夜が続いていた。

 これから再び寝ると、いつもと同じになってしまう。たまには起きていようか。そう考えてソファーに座ってテレビのリモコンを持つ。電源ボタンを押すと反応がない。主電源から切ってあるようだ。そんなまめなことをするのは、母か姉しかいない。父と俺はそんなことしない。

 立ち上がってテレビをつけ、そのついでに扇風機を回した。さあ、適当にチャンネルを回しますか、とソファーに座り直すと、途端に電話が鳴り出した。ああ、なにかをしようとすれば邪魔が入る。厄日だ。

 しかとするのもなあ、と子機の前に立つ。急ぎの用かもしれない。いや、急ぎの用なら携帯に掛けるか。それでも無視を決め込むには少々私情を持ち込み過ぎか。大人しく電話を取った。

「はい、早川です」

 寝起きのため、感じが悪くならないように気を付けて話す。

「あ、あの、宮井ですが、祐樹君はいらっしゃいますか? 」

 向こうから聞こえてきたのは女の声だ。知らないやつじゃない。しかし、あまり電話はかけてきてほしくない人間だ。活動的で、厄介な女だ。

「どちら様で」

 相手がわかり、それに自分の知り合いだったため無理して気を使った話し方をする必要はなくなった。だからだろう。途端に気だるげな声になったと思う。それでも一応相手方の確認をしてみたが、相手もその声で理解したのだろう。俺が早川 祐樹だと。

「ああ。あんただったんだ。気使って損したわ」

「酷い言い様だな」

「お互いさまよ」

「さいで。それでなんの用だ? 」

 向こうからはため息が聞こえてきた。失礼な奴だ。

「どうせ暇でしょ? 夏休みの宿題片付けに図書館でも行かない? 」

「遠慮しておこう」

「なんでよ! とにかく今からあんたの家まで行くから用意しておいてね」

 そこで電話は切れた。随分と横暴なものだ。俺にだって用事があるかもしれないというのに。あくまで可能性の話で、今日はずっと暇だが。なんならこの一週間予定が入っていない。

 わざわざうちに来る、と言うことは拒否しても無理そうだ。だったら大人しく済ませるのが一番だろう。丁度数学の宿題だけ終わっていなかったところだ。


 インターホンが鳴らされた。電話からまだ三十分ほどだ。早すぎやしないか。風呂から出たばかりなのだが。

 バスタオルを腰に巻いて玄関まで出向く。そして扉越しに話す。自分の家で誰もいないというのに、わざわざ隠す辺り、俺は性根から日本人だと思う。

「すまんが、今服を着ていない。少し待っていてくれ」

「なんで全裸なのよ! 」

 でかい声だ。扉越しでもやかましく聞こえた。

 適当に服を着て、荷物をトートバッグに入れると、再び玄関まで行って扉を開ける。日陰でぼけーっとしている私服の女子高生が自転車に跨っていた。私服なのに女子高生とわかるのは、そいつが俺に電話をかけた本人であり、小学校までずっと同じ学校で、今も同じ高校に通っているからだ。

「あおい、もういいぞ」

 あおい、と呼ばれた女子は俺が扉を開けたことに気付いていなかったようで、驚いてこちらに振り向いた。

「遅い」

 俺の姿を見ると、途端に不機嫌そうな顔になる。お前が来るのが早いだけだ、なんて口答えしたら、この暑い中説教が始まりかねないため黙っておいた。

「すまんな。それじゃ、行くか」

 俺はトートバッグを肩からおろして自転車のかごに突っ込む。俺が先導する形で図書館へと向かうことになった。

 うちから目的地までは自転車で十五分ほど。日差しが刺さるようで肌が痛い。この中を十五分も自転車をこぎ続けるのか、と憂鬱になる。

「それにしても、今日は一段と暑いな」

 振り返りもせずに後ろを走っているだろうあおいに言う。

「朝のニュースで、今年の夏で一番暑くなる日だって言ってたわ」

「なんでそんな日にわざわざ図書館で宿題をやるって発想になったんだ」

 彼女が俺の横に自転車をつけてきた。

「うち、今冷房が壊れてるの。それにこの後どっちにしろ図書館の近くに用事があるのよ」

 彼女はそのまま俺を抜き去っていった。全く元気なものだ。

 住宅街から抜けて、開けた道に出た。街路樹から蝉の鳴き声が聞こえてくる。やかましいったらありゃしない。

 あおいとは、幼稚園生の頃からよく遊んでいた。随分大人しい性格だったが、いつしかやかましくなった。でかい目とでかい口が特徴的で、まあ見た目は可愛らしい。そのせいで学校ではなかなか人気があるようだ。明るくて可愛いと。告白されているところを目撃してしまったこともあった。本人は俺が目撃していたことに気付いていなかったようだし、その話をされもしなかったので黙っているが。

 高校で再会してから四ヶ月ほど経つが、当初からずっと「あんた変わったわね」と言われる。変わった、とは性格的な話だろう。確かに自分でもそう思う。なんならわざとそうしている節もあるからだ。

 中学であおいとは違う学校になったからこいつは知らない、が中学三年の秋にちょっとした事件が起きた。その事件に出しゃばって首を突っ込んだ俺は、学年の半数を敵に回した。そこで一つ学んだことがある。『謹んで行動する』ということだ。そして、目立たないように、あまり身の丈に合わないようなことはしないように、と心がけるようになったのだ。

 十カ月ほど前の失態を思い出して、自己嫌悪に陥っていると前から声が聞こえてきた。

「ちょっと! 聞いてるの? 」

 俺は顔を上げて聞き返す。

「なんだって? 」

「だから、今日は京子の誕生日なんだけど、あんたも一緒に祝わないかって聞いてるの」

 京子とは、あおいの友人のことだ。田淵 京子。あおいとは対照的な性格の印象だ。お嬢様、といった言葉が似合う。

あおいからの繋がりで、廊下で会えば会釈する程度の仲にはなったが、誕生日を祝うほど親しくはない。そんな人間に祝われても彼女も困るだろう。

「夕方から用事があるから行かない」

 適当に誤魔化すと、「あっそ」と、さして興味もないような返答が聞こえてきた。

 見ればもう図書館が迫っていた。周りが緑に囲まれている。上は六階、下は地下二階まである、でかい図書館だ。と言っても地下は駐輪場、四階から上は食堂や郷土資料館、公民館、市役所などが入っている。田舎の図書館だから利用者が大量に来ても対処できるように、駐輪場と駐車場は大きい。

 蝉の鳴く音と照りつける太陽、反射してもわっとした空気を生むアスファルトにイラつきを覚えながら、漕ぐ足を速めた。


 駐輪場に着いて自転車を止める。地下の空気はひんやりとしていて、心地よい。

「あー暑かった」

 隣でグダグダと文句を垂れるあおいは気にしないで、エレベーターがやってくるのを待つ。それに乗り込んで三階に向かった。三階には小中学生と高校生優先の、自習スペースがあるからだ。

 エレベーターを降りると、私服姿の男子高校生がいた。こいつも俺の知り合いだ。中学からの同級生である、小野 康平。

「お、祐樹じゃないか。外出なんて珍しいね」

 一々皮肉めいたやつだ。

「言っとけ」

 この男、ひょうきんな奴だと思われがちだが、実のところかなりのやり手だ。なにがやり手かって、女子を侍らせるのが大の得意。あまり褒められた奴じゃないが、まあ面白い奴だ。でなけりゃそんなにモテるとも思えない。見た目に関しては女の様で頼りなさそうだ。

「あ、こんにちは。小野君」

 俺の後ろからあおいがひょっこりと顔を出して、康平に挨拶した。

「おお、宮井さん! 今日も可愛いね! もしかして、二人でデート? 祐樹も隅に置けないなあ」

 いや、と俺が否定しようとするも、それを超える速さであおいが否定する。

「そんなんじゃないよー。ただ宿題終わらせに来ただけ」

 にこにこと笑みを浮かべながら、そんなバッサリと切らなくても。こいつとそんな関係になろうなんて一ミリも思わないが、それとこれとは別だ。だからといってここで異議を唱えたとしても面倒なことになるだけなので黙っておくが。

「随分仲が良いようだね。二人とも」

 康平があおいに聞こえないように俺にそう伝えた。

「そんなんじゃねーよ。お前はまた本を借りに来たのか? 」

 こいつは読書が本当に好きだそうで、以前に図書館までわざわざ自転車で付き合わされたことがあった。

「んーまあそんなところかな」

 煮え切らない答え方だ。まああまり突っ込むのも野暮というものだろう。

 それじゃーな。と言い残して席を取りに行こうとすると、あおいが何かに気付いた。

「それってもしかして、フルーレのケーキ? 」

 その指先には、康平の持っている白い箱があった。ケーキを包装するようなやつだ。

「そうそう! ここのケーキ、美味しいよね。お店がうちからすぐ近くなんだ」

「えー! いいなあ」

 なにやらおしゃべりが始まってしまった。面倒だ。先に行っていよう。


 夏休みのため、自習スペースはそれなりに混んでいたが、無事に席を確保できた。持って来ていた数学の課題を広げると、丁度あおいがやってきた。

「なんで先に行っちゃうのよバカ! 」

 小さな声で怒鳴られた。いや、楽しそうに話しているところ、水を差しては悪いだろう。それに、別に一緒に勉強する必要もない。

 彼女は俺の隣の席に座ると、ため息交じりに「全く」と悪態を吐く。なぜ、怒られなければならんのか。


 図書館は、冷房が効いていて快適だ。それに時間つぶしの本も大量に置いてある。しかし、それが目的なわけではない。宿題を片付けることが目的だ。それはすでに完遂された。俺がここにいる理由はなくなってしまった。

 数学の課題をバッグにしまっていると、あおいがこちらを向いた。

「なにやってんのあんた」

「終わったから帰ろうとしてるんだが」

「まだ数学だけでしょ? 他もやりなさいよ」

「悪いけど、もう他は終わってるんだ。それじゃあな」

 俺は立ち上がろうとするが、シャツを掴まれた。首が閉まって苦しい。大人しく座り直す。

「なんだよ。俺はもうここにいる理由がない」

 繰り言を述べるも、そんなもの聞いていないかのように、古文の課題を突き付けられた。

「手伝って」

 その顔は、口元しか笑っていなかった。はあ。仕方がない。さっさと終わらせて帰ろう。

「わかったよ。ただ、わからないところがあったら聞く、ってスタンスにしてくれ」

 小声で話していたが、向かいの席の制服姿の男に睨まれた挙句、咳払いまでされてしまった。あおいは紙に、わかった、と書き記す。

 居心地の悪さを感じつつ、俺は適当に本棚から拝借してきた文庫本に目を通しながら、あおいの質問に答えるのだった。


 一時間ほど経っただろうか。昼飯も食わずに出てきた俺としては、大分腹も減ってきた。いい加減帰りたい。

「そろそろ出ようか」

 あおいが古文の課題を閉じた。まさか、俺の思いを察したというのかこいつ! なんて優しいのだろうか。大前提に無理やり連れてこられて、無理やり付き合わされていることがなければ天使に見えていたところだ。

「買い物行きたいし」

 ですよね。俺の思いを察するなんて、こいつにできるわけもないことか。まあどちらにしろ帰れるのなら何でもいい。

 帰り支度を済ませて、俺たちは来るときに利用したエレベーターへと向かった。

「そう言えば、康平はどこへ行ったんだ? 」

 なんの気なしに聞いた。

「上の郷土資料館に用事があるんだって。一体なんの用だろうね」

 あおいは気になるようで考える素振りを見せる。

 エレベーターがやってきた。乗り込もうとすると、そこには康平が。

「奇遇だね、お二人さん。丁度帰るところ? 」

 にんまりとした顔が癪だ。

「ああ」

 そう言って乗り込むと、あおいはエレベーターが来ていることに気付いていないようで、まだ下を向いて顎に手をやっている。

「おい、エレベーターきたぞ」

 呼びかけると、顔を上げて走ってきた。乗ってきたところで扉が閉まる。

「宮井さん、なにか考え事でも? 」

 頬を赤らめて、あおいが答える。

「小野君が郷土資料館に行った理由を考えてて」

 康平はうっすらと笑うと「ちょっとした暇つぶしだよ」と言うだけだった。

 一階に着いて、エレベーターが止まった。康平が「それじゃーね」と降りて行く。俺は「じゃーな」と返し、あおいは「またねー」と手まで振っていた。こいつの普段を学校のやつに見せてやりたいと、つくづく思う。

 扉が閉まったときに、「あっ」とあおいが声を出す。B2のボタンを押し忘れていたようだ。


 駐輪場に到着して自転車を探す。たしか出口近くに停めたはずだが……。見つけたが、俺の自転車から右に数台が倒れていた。俺の自転車の左には、来た時には見覚えのない、派手な色をした自転車が停まっていた。質の悪いのもいるものだ。

 引っ張って自転車を起こす。このまま放置するの良心が痛むため、倒れている数台の自転車も起こしていると、あおいも手伝ってくれた。

「すまんな。飲み物でも奢らせてくれ」

 外に出てあおいにそう言うも、まだ考える素振りだ。このまま自転車に乗ってどこかへ行ったら事故を起こしそうだ。

「おい。まだ康平が郷土資料館に行った理由が気になってるのか? 」

 あおいはかぶりを振る。

「違うの。小野君が降りたとき、すでにB2のボタンがついてたんだよね。でも小野君は一階で降りたよね? なんでだろう」

「俺たちのためにきっと押してくれたんだよ」

「そんなわけないでしょ」

 即答された。康平もかわいそうな奴だ。そこまで気の利く人間とは思われていないようだ。それは俺も思うが。

「そうかもな。それじゃ、なんか飲み物買ってくるからな」

 そう言うも、彼女は全く聞いていない。どうしたものやら。

 それにしても今日は本当に暑い。地下から出てまだ数分だが、汗が噴き出てくる。じりじりと肌を照らされて、思わず溶けてしまいそうだ。いや、腐りそうと言った方がしっくりくる。

 スポーツドリンクを二本買ってあおいの下に戻ると、木陰で自転車に跨ったままぐったりとしている。

「ほらよ」

 一本を顔の前に出してやると、「ありがと」と、だるそうにそれを受け取った。俺も自分の分を開けて、一息に飲み干す、なんてことはしなかった。空腹時にこういった甘い飲み物を一気に飲むと、肩の辺りから腹にかけて倦怠感が迫ってくることがあるからだ。確か『リンゴジュース症候群』とか、そんなような名前が付いていた。昔にテレビで見た覚えがある。

 ちびちびとそれを飲んでいると、「ねえ」とあおいに呼びかけられた。

「なんだ? 」

「なんでだと思う? 」

「なにが? 」

「だから、小野君が本来目的地じゃないB2を押した理由よ」

 まだ気にしていたのか。

「さっきも言ったけど、ただの押し間違いじゃないのか」

 ムッとしてそう答えると、あおいはやれやれ、と体現するように手の平を上に向けて見せた。

「ボタンの配置を考えてみなさいよ」

 言われてみて思い出す。

 一列に一階から五階に止まるためのボタンが縦に並んでいて、そのすぐ隣にB1とB2が縦に並んでいることを思い出した。

 俺の様子を見て「その通り」とあおいは話を続ける。

「どうやったって押し間違えないでしょ」

 普通に考えれば確かに押し間違いようがない。

「そうじゃない。癖で押し間違えたって意味だ」

 俺とあおいの間でズレが生じていたようだ。あおいはそれを聞くと、首を傾げた。

「どういう意味よ」

「あいつって読書が好きだろ。だからよく図書館に行くらしいんだが、以前それに付き合わされたとき、俺たちは自転車でここまで来たんだ」

「そういえば小野君ってよく本読んでるよね。難しそうで頭良さそうなやつ」

 あおいは感心するようにそう言った。その発言、すごいバカっぽいぞ。なんて言ったらどつかれそうだ。

 感嘆の声を上げていたあおいだったが、すぐにまた顔は難しいものになる。

「だからなんだってのよ」

 ここまで言ってもわからないのか。本当にバカなんだなこいつは。

「要するに、普段は自転車できているが、今日は事情があって自転車ではないなにかできていた。まあこの辺だとバスくらいだろう。徒歩で来るとしたら、あいつの家からじゃ一時間ほどかかってしまう。それにあのフルーレとか言う店はあいつの家の近くなんだろう? ケーキを持ってこの炎天下を歩くのはあり得ないことだ。保冷剤なんかさして役に立たんだろう、この暑さじゃ」

 そこまで説明すると、あおいはようやく納得したようだ。

「そういうことね! あんた変なことに気付くわねえ」

「たまたまさ。さて、解決したんだし、俺は帰るぞ」

 自転車に跨って、家の方向に自転車ごと身体を向ける。あおいは買い物に行くと言っていたから市街の方向だろう。そうすると真逆だ。

「ありがとね! んじゃまたねー」

 その声の方を振り返って見てみると、あおいはこちらに背を向けてペダルに足をかけていた。一つ聞き忘れていた。

「なあ、あおい」

 あおいはこちらに顔だけで振り返る。

「なによ」

「京子さんの家って、この近くなのか? 」

 あおいは俺の質問がどこから来たのかわからず、きょとんとしている。

「そうだけど、それがなにか? 」

「いや、なんでもないんだ。それじゃあな」

 それだけ言って、俺はペダルを漕ぎ出した。遠くに連なる山は新緑を深めており、湿気を多く含んだ空気の香りが夏をより一層俺に、今が夏であることを感じさせた。


 多分、康平がケーキを買った相手は、あおいの友人である京子だ。京子の家はここから近い。ケーキを届ける約束はしていただろうが、こんな田舎ではまともにバスは来ない。だから早めに来て図書館で時間を潰していたのだろう。家にわざわざケーキを届けに行くほどの仲ということは、きっと恋仲か、それなりに親密な仲でなければならない。

そして俺たちに適当なことを言って、煙に巻いてまで二人で会うことを知られたくなかったのは、康平が本気じゃないからだろう。

バスでわざわざ来たのは、ケーキが腐らないため。それと形が崩れないためにだろう。

 喉元までこれらの推理が出かかっていたが、なんとか耐えきれた。こんな余計なことを言っては、あおいが逆上してしまう。これはただの推理で、事実かどうかなんて確認のしようもないのだ。

なにより、こういった考えや推論を口外しないようにすると中学で誓ったのだから。

 それにしてもこの考えが当たっていて、もし康平がただの遊びで付き合っていたとして、それがあおいにバレでもしたら……。

次に康平に会ったときには「あまり調子に乗るなよ」と忠告しておいてやろう。そう、決して友人のためではなく、自分のために。


翌週、康平からの連絡で図書館へと行くことに。時間を潰すものもなくなって丁度よかった。何冊か借りて帰るつもりだ。

二人で、自転車を使い図書館に向かう。

「お前、京子さんと付き合ってるのか? 」

 後ろを着いて来ている康平に問う。

「そうだよ。よく気付いたね」

「気付いたというより、悪い癖の結果だ」

「ああ、あれね。それで、今回はどんな風な経緯でそこに至ったのかな」

 俺は康平の横に着けて並走しながら、先日のことを話した。

 話し終える頃には目的地に着いていた。康平は全てを聞き終えると笑みをこぼした。

「いや、さすがだね。でも一つだけ間違えてるよ」

 もういまさらそんな答え合わせなどどうでもよかったが、一応はきいてやることにした。

「なにが間違っていた? 」

「そうだね。いくら田舎だからって、この辺でも三十分に一本はバスが来る。要するに、郷土資料館で宿題を終わらせようと思っていたんだよ」

 確かに。普段バスを使わない俺だが、よくよく考えてみればそうだ。では一体なぜそんなに早くここへ来たのだろう?

「それじゃあ、なんだってそんなに早く来たんだ? それに、郷土資料館にはゆったりする場所がない。図書館で宿題をやってしまえばよかったろう? 現にお前は三階にいたんだから」

 俺の言葉に康平は顔を歪めた。

「もしかして覚えてないの? 今年は地理学の宿題で、この辺の地についてレポートを提出する宿題のこと」

 ああ、すっかり忘れていた。あおいもあの調子では覚えていなさそうだ。

 帰ったら不本意だが電話して教えてやるか。

 そのまま康平は二階へ、俺は五階の郷土資料館へと向かうのだった。


 このような稚拙な文を読んでいただきありがとうございます。もしよろしければ感想等残していただければ、と思っております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませていただきました 不本意ながら甘いものを食べたくなりましたね 推理系の小説が多いですね 氷菓などで有名な米沢穂信先生を彷彿とさせる印象を感じました
2016/06/24 03:17 退会済み
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