卒業
教室の時計が、7時30分を指している。いつもよりも50分早い登校。これが、私達の最後の登校だ。3月12日である今日、私達3年生はこの学校を卒業する。クラスの黒板には2年生が書いてくれた絵や文字が広がり、桜の花びらに見立てた紙に後輩達からのメッセージが書いてある。
自分の席に鞄をおいて、教室の一番後から教室を見渡す。
コの字型に並べられている机。ボロボロで、凹んでいるロッカー。1つ1つが私達がこの場所にいた証になっている。
1年生の時は初めて会う人達に困惑し、クラスであまり馴染めなかった。そのまま迎えた野外活動で、皆を知って、私を知ってもらって、初めて友達ができた。
2年生では、修学旅行でテーマパークを回り、呆れるほど大笑いをして、毎日が宝物のように輝いていた。
3年生は将来を見つめ、悩んで、自分が嫌いになった。進路のことを考えれば考えるほど、未来が暗くなっていくのを感じて、不安になったりもした。成績が上がらずに、親や友達に八つ当たりをして、後悔することだって多かった。それでも、私が前を向けたのは友達がそばで支えてくれたから。親が、美味しいご飯を作って、私を黙って見守ってくれたから。
中学校に入った時はぶかぶかだった制服と長かった靴下が、今ではぴったりになって、靴下も短くなった。
目をつぶれば、昨日の事のように思い出せる。体育祭の競技、大ムカデで1位になって、泣いて喜んだこと。文化祭で歌った「手紙〜拝啓15の君へ〜」を自分たちの声で、聞いている人全員に届けたこと。最優秀賞は取れなかったけれど、それでも嬉しくて、最後には笑えた。そのどれもが、私の宝物だ。絶対に忘れない。
呆れるくらい大笑いして、数え切れない涙を流した。自分の夢に向かって努力をして、私達はこの学校を去る。
「あ、早いね!」
クラスメートが教室に入ってきて、私の隣に立つ。
「うん。最後、だしね」
私が少し下にある顔を見て笑うと、彼女も「そうだね」と笑った。
それからは続々とクラスメートが入ってきて、すぐに教室の中が騒がしくなる。
「おはよう、皆」
ざわざわしていた教室に、先生が入ってきて、それぞれが席に着く。
いつもよりもピシッとしたスーツを着た先生が教卓について、皆を見渡す。
「1年生の時よりも成長した顔・・・本当に、卒業するんだね」
先生の呟きに、生徒が「泣いちゃうからやめてー!」と笑いながら言う。
先生は、「そうだね」と笑って、学級新聞である「ONTHAWAY」を配る。
先生が「最後の、ONTHAWAYは家で呼んでね」と呼びかけると、皆の視線が先生に集まる。
「じゃあ、まずは卒業、おめでとう。中学校生活はこれで終わるけど、終わりは始まりなんだよ。中学校が終わって高校が始まる。皆離れ離れになって、新しい出会いが始まるの。どんなに辛いことがあったって、いつか笑えるようになるみたいに、いつかこの楽しい時間も終わる。私は、その時間をどのくらい楽しめて、笑えるかが大切だと思う。オンザウェイって、日本語ではまだ道の途中って意味だって言ったよね? まだ君達は長く続く人生という名の道の半分も進めていないけど、卒業は前に進む1歩なの。出会い、別れ、そしてまた出会う。その繰り返しの中で私達人間は、大切な存在を見つけてその人と一緒に居たいと願うようになる。それでも別れはやってきて、人生に絶望する事もあるけれど、それだって思い出になるの。何が言いたいかって言ったら、君達は前を見ているか? ってこと。卒業なんて物があるのは、前を見つめて、新しい自分になるためだと思うんだ」
先生は「そう思わない?」と目を真っ赤にしながら皆に笑いかける。皆、卒業式の前なのに、大号泣だ。
「最後に、この桜のバッチをつけて、並んでー」と先生が鼻声で言いながら桜のバッチを配る。「卒業おめでとう」そう書いてあるバッチを胸につけて、私達は廊下に並んだ。
「うっ」
隣の男子が、涙を流している。
卒業式が終わり、私達は体育館を退場して教室に戻ってきた。ぞろぞろとクラスメートが入ってくるが、皆目が真っ赤に腫れている。
「まい、泣いてないん!? 感動せんかったん!?」
目の前に座る女子が、勢いよく私に問いかける。
「うん・・・別に・・・」
私がそう答えると、ビックリしたように彼女が目を見開きながら「まじかー!」と呟く。
その時、「かなちゃーん!」と廊下で彼女が呼ばれる。そのまま、彼女は廊下へと出ていく。
「さみしい、な」
さっきまでとは違い、シーンとした教室で私の声が響く。
目を瞑れば、笑い声や叫び声や、喧嘩の声が聞こえてくる。
ロッカーに鞄を突っ込みながら授業の準備をして、笑った日が懐かしい。ああ、私、中学校生活が好きだったんだと思った。すると、さっきまで出てこなかった涙がスッと出てきた。
「まーいっ! 行こ?」
廊下から、ほかのクラスの友達が私を呼ぶ。
「うん」と答えて、静かに教室のドアを閉める。
1歩、未来に踏み出すために。