#8 冷たい熱帯魚
「また死んだの」
彼は素っ気なく言う。
瑞樹が舌打ちをする。
(糞が)
瑞樹は水槽を手にしていた。
一日寝かせたものだ。
ここは高校の廊下。
一番目立つ場所。
彼はーー宗方は、同じ教室のクラスメイトだ。
帰る途中に寄ったらしかった。
瑞樹は部活活動中だ。
宗方はーー帰宅部。
「こないだからずっと死んでるじゃないか」
ここに居るのは熱帯魚。
誰とも分からないが、金魚やらが持ち込まれ、水槽もあった。
瑞樹が入学する前から。
理科部なるものがあって、そこに所属していた。
この一週間の水槽掃除は瑞樹だった。
水槽の中では。
あのアニメ映画のニモが、エビが泳いでいる。
瑞樹は答えない。
移し替えた熱帯魚をゆっくりと流し込む。
「その死んだの。ごみ箱に入れちまえよ」
瑞樹の手の中のティッシュを指差す。
「ーーやだ」
「死んだんだ。捨てちまえよ」
「嫌だ」
「埋めたってしょうがねぇだろうが」
「--捨てない」
「貸せよ! 捨てて来てやっから!」
「駄目! 止めて! 止めてったら‼」
ズルーー……。
「「?!」」
水滴に足が取られ、倒れ込んでしまう。
瑞樹の顔の前に。
宗方の顔が、ドアップにあった。
押し倒された恰好だ。
放課後ということもあり、人通りもない。
のだが。
いつ誰が、通るのか分からない。
こんな男と噂になんかなりたくはない。
「何。どけてよ、頭も打っちゃったじゃないの」
しかし。
宗方は、彼は退ける素振りもない。
瑞樹の顔色を伺っている。
「……どうして。こないだから死んでるって、知ってんの??」
彼が言った言葉を聞く。
部活の人には言っていたが。
顧問にも。
他には、誰にも言っていない。
誰一人として、彼との接点はないはずがない。
と、思ったからだ。
「分かるさ。ぅんなもん」
「?」
宗方が顔を伏せた。
「教室の隅で暗くなっていたの、見てんだから」
ぶわ。
「はぁ?! 何? ぇ??」
ぶわわ。
宗方の席は廊下側の端っこ。
瑞樹の席は窓側の端っこ。
ずっと席替えがないままだった。
「水槽に、笑いながら餌やってんのも」
ぼそぼそと言い続けいく。
「大変そうに水槽を掃除してんのも」
逃げるに逃げられない体勢だった。
どうしていいのさえも、分からない。
本当に、どうしていいのか分からない。
宗方は、どちらかと言えばモテる。
女からも、男からも。
ただ。
噂話を聞いたことがある。
本命が居るのだと。
「ホームセンターの水槽の中を見てたとことかも」
ぶわわわ。
「ーーどうせ死ぬのにね、とか思っているんでしょ?? どけてよ!」
大きく口を開けて瑞樹が叫ぶ。
「そう、思っているんでしょ……??」
「……うん」
「でも。捨てたくないの……捨てられないの!」
宗方が上から退けた。
「……一緒に埋めるの手伝うよ」
瑞樹も起き上がる。
「--アリガト」
瑞樹はティッシュを優しく握った。
「オレの家にも熱帯魚居るんだ」
「?!」
「見に来ないか?」
カカカカカカカカカカカカカ‼
どちらとともなく。
顔が紅潮する。
「親が、熱帯魚に詳しいんだ。だから、役に立つと思う」
ガリガリ! と宗方が頭を掻く。
「来いよ」
宗方が唇を突き出す。
「埋めるが先よ」
項垂れる宗方に。
「埋めながら考えるわ。行くか、どうかを」
「さ。埋めようぜ! どこに埋めんだ??」
「この子の仲間も眠っている場所があるの」
水槽の下にあるスコップを握った。
先端が鋭く、鈍く光る。
「寂しくないように」
水槽から離れて行く。
コポコポとボンベから酸素が浮く。
その中で。
モローとギィドロニカが、ランが泳いでいた。
恐怖に慄きながら。