魔女の家(虚)
ナイトメア。それは、人に悪夢を見せたり、逆に悪夢を食べていい夢を見せたり、モノによっては白昼夢を見せたり…とにかく、夢に関するいたずらのほぼ全てにナイトメアが関わっていることが多い。
その中でも、サーニャと一緒にいるナイトメアは相当強い魔力を持っており、一人でその全てをこなせてしまう。
ただ、少々いたずら好きというところもあった。
うっすらと目を開けた視界に映ったのは、爽やかな朝には似つかわしくない白骨だった。
「うわぁぁぁぁああああああ!!!」
その日、朝から家には絶叫が響きわたった。
「アハハハハ!!シルヴァは相変わらず、まだオレの顔見るだけで驚くから楽しー!」
「し、心臓に悪いだろ!!」
腹を抱えて笑っているナイトは、既にいないサーニャのベッドで転げまわっている。
そう。ナイトの顔は、羊の骨なのだ。胴体は黒い服のような影に覆われて見えないし、普段は顔もフードで被っているというのに、シルヴァが見えるようになってから、ことあるごとに驚かせてくるのだ。
しかも、新鮮味が無くならないように、できる限り普段はフードで顔を隠しているのだ。
「お兄ちゃん?大丈夫?」
慌てた様子で部屋に入ってきたのはサーニャだった。
疲れた様子でサーニャとディルに先程までのことを告げれば、二人共苦笑いだった。ナイトは相変わらず笑い転げていた。
「サーニャ、よくびっくりしないよな…」
「昔はびっくりしたよ…お兄ちゃん、虫だと思って新聞紙準備してたけど」
「…ごめん」
今思えば、時折確かに突然驚いて声を上げてたことがあった。確かに虫か何かだと思って、潰そうと新聞を構えたことが多かった。分かったあとで、それを考えてみればサーニャがなんでもないと止めてといった理由も、母が笑っていた理由も理解できた。それとすごく恥ずかしかった。
「にしても、サーニャより反応が大きいとはな」
「う、うるさいな!仕方ないだろ!」
誰だって、起きてすぐ白骨が目の前にあれば悲鳴を上げる。
コンコン…
突然、響いたノックの音にビクリと体を震わせれば、ナイトにまた笑われた。サーニャも驚いた様子で、ドアの方を見ていた。
なにしろ来客というものは、ここにきて初めてなのだ。森にはここを知っている人しか入れないから、今は寝ているが家主を除いて、ノックするような人物はこのリビングに集まっている。
「誰?」
「魔族とか…?」
「んー?魔力は感じないから、開けてナイフで刺されない限り大丈夫じゃないかー?」
「それ、大丈夫じゃないから」
ナイトの言葉にシルヴァがツッコミを入れていれば、ディルが普通にドアを開けた。
「はーい」
シルヴァもサーニャも、気にしていないようでナイトの言葉を気にしていたようで、ディルの行動に慌てて身構えたが、そこにいたのは修道着を纏ったシスターだった。
「ぇ…?」
「シスター?」
「おはようございます。随分、人が増えていますね。お子さんですか?」
柔和な笑みでシルヴァとサーニャに軽く会釈をするシスターに、同じように会釈すれば、ディルが奥に案内した。
「こんな朝早くから大変ですね。シスター・フランチェスカ」
「これも、魔女を管理するとなれば仕方ないことだと思ってますよ。それより、朝とはいえ、この時間にまだエリザは起きてないのですか?」
時計を見れば、針は十時を過ぎていた。普通なら起きているだろう。普通なら。
エリザが普通だとは遠の昔に思っていない。それは、フランチェスカも同じのようで、ため息を吐き出し、ディルの煎れたお茶を飲むとシルヴァたちを見た。
「魔女の子は成長が早いのですか?それとも、成長を早めたのですか?」
「いや、違うから!」
顔を赤くして否定するディルは、咳払いをしてからシルヴァとサーニャを紹介した。
「なるほど。確かに、魔女や魔術師を毛嫌いする村は多いですから」
シスターはシルヴァたちに微笑むと、
「あなたたちの行いの良さを、神が見てくださっていたのでしょうね」
「何もできない神など、餅の絵よりも役に立たん」
この家の家主がようやく起きてきたらしい。いつもよりも早くに起こされたからか、少し目が据わっている。
「実際にお腹が減ってる人に餅を絵を当たるのは酷だと思うけど?余計、苦しくなりますよ」
「救いなどないくせに、救いがあると持ち上げた後に叩き落とす奴らがなにをいう。どうせ、今日も私の悪評を盛り上げるための話を持ってきたのだろう?」
「…」
妖艶な笑みを向けるエリザに、シスターは何も言えずに顔をそらせた。
「全部が全部救いがあるとは限らないけど、救いのあるものだってあるでしょう?」
「否定はしない」
「それなら、その小さな希望に私は賭けてあげたいんです」
それから、数時間後、ディルとシルヴァは森の中を調べていた。
「あの、シスターってよく来るんですか?」
「あぁ。結構くるよ。教会に相談が来る中には、魔族や魔女が関わることがあるんだ。そうなると、教会は祓魔師や魔女に依頼して解決をするんだ」
「そんなこともしてるんですね…」
「ずいぶん昔かららしい」
ディルは足を止めると、そこは崖だった。しかも、険しい崖で谷の底は見えない。
「うわっ…怖…」
「高いね…うっかり足滑らせたら、さすがに危ないね」
危ないとは言うが、崖の前は草木が存在せずひと目で崖だとわかる場所だ。事故で落ちることは、まずないだろう。
その頃、エリザとサーニャは話を聞いていた。最近この村で起きる子供の失踪について。普通に過ごしていた子供たちが、次の日の朝、突然いなくなっているという。
「昔、そんなことがあった村があるという…今回も魔法使いの仕業じゃないか!?」
「…それを、魔女の私に堂々と言うとは、なかなか度胸があるな」
村長は魔女であるエリザの前で、はっきりと魔法使いが犯人だと言い張り、周りの大人が少し慌てていたが、シスターの紹介というのが一番効いてのだろう。エリザと他の魔法使いは別だと言い出した。
とにかく話を進めるように言うが、本当にそれ以上の情報がないらしい。
「昔もこんなことがあったんですか?」
話を聞き終え、外に出たところでサーニャが聞けば、エリザは頷き
「ハーメルンっていう魔法使いがいてな。そいつは、生き物を惑わせる魔法でいろいろやっていたらしいが、いつからか子供たちを惑わせて連れていくことが楽しくなったらしい」
「じゃあ、今回も?」
「まぁ…魔女になってる可能性がないわけでもない…が。ん?どうした?」
ナイトが珍しくサーニャと遊ぶわけでもなく、森の方をじっと見ていた。
「オレ、ちょっと抜けるーサーニャ。すぐ帰ってくるからなー」
「え?あ、うん。気を付けてねー!」
「おー」
ナイトが森の方に行ってしまい、残った二人はとりあえず、もっと情報を集めなければ何も分からないということで、聞けそうな人を探すため辺りを見渡していると、木の日陰に座って絵を書いている少女がいた。サーニャは近づくと
「ねぇ、何書いてるの?」
「…誰?」
「私、サーニャ。貴方は?」
「…ウィン、だよ」
か細い声のウィンは、スケッチブックをのぞき込むサーニャに少し困ったようにしていたが、楽しそうにそれを見るサーニャに、自然と絵がよく見えるように傾けるようになっていた。
「すっごくキレイだね!」
「う、うん…ありがとう…そんなこと言ってくれたの、サーニャが初めて…」
「えー!?こんなに上手なんだから、みんな言ってくれるでしょ?」
首を横に振るウィンは、寂しそうに俯くと
「夜、外に出ると、本当にこうなのに、みんな嘘だって言うから」
「この村の夜ってこんなにキレイなんだ…!楽しみ!!」
「ぇ…信じてくれるの?」
「うん!」
「…こんなこと信じてくれたの、サーニャが初めて…
ねぇ、サーニャ。よかったら、今日の夜、一緒に出かけない?最近、毎日ルナって子と夜遊んでるの。こんな絵より、本物の方がずっとキレイだから…どう?」
すぐに頷きそうになったが、慌ててエリザの方を見れば、静かに頷いた。
「うん!行く!」
すると、ウィンも嬉しそうに笑顔になり
「あ、あのね!森の中にもうすぐ咲きそうな花があるの…ルナが、そろそろ咲くんじゃないかって…よかったら、一緒に」
「うん!行こうね!どんな花なのかな?」
その後も、ウィンと一緒に話すサーニャを遠目に見つつ、この村に住む魔族から情報を集めていた。森から慌てて走ってくるディルが視界に映るまでは。
気が付けば、森の様子が変わっていた。ぼんやりとしているというか、暗いのに何か明るい。
「って、そうだ!さっきの子!」
先程、崖の方へ一目散に走っていった男の子がいたのだ。ただ、ディルは気がついた様子もなく、シルヴァが声をかけたが、男の子は走っていってしまい、もう一度声をかけようとした時には、すでにこの状態だった。
とにかく、分かってはいるかもしれないが、男の子に崖があることを知らせようと歩きだした。
しばらく歩いてから、ふと気がついたその感覚の正体。
「エリザの家に似てるのか…」
魔族の数は違うが、感覚としては似ているかもしれない。草木が自らぼんやりとした光を放っているような、そんな様子は。
「へぇ…エリザのことを知ってるんだ」
降ってきた声に、上を見上げれば、金髪の同い年ぐらいであろう少女が木の枝に座ってシルヴァを見下ろしていた。
「え!?誰!?」
「アリスはアリスだよ~」
「アリス…?ねぇ、この辺で男の子見なかった?」
「男の子?見てないよ~」
「そっか…ありがとう!」
「どういたしまして~アリスってば、優しいからもう一つだけ優しいお兄ちゃんに親切してあげる」
アリスは少しだけエリザを彷彿とさせる笑みを作ると
「一夜にしか咲かない花には近づいちゃダメ、だよ」
シルヴァはその言葉の意味を理解は出来なかったが、一応礼だけいうと男の子を探しに歩きだした。
「アリスー?」
「あ、ナイトだ~アリスが恋しくなっちゃた?」
「ざんねーん。オレはアリスより、サーニャの方がかわいーと思うから」
「え~…ま、サーニャってばアリスの友達だから許しちゃおうかなっ」
コロコロと笑うアリスに、ナイトも呆れたようにため息をつくと、どうしてここにいるのか聞いたのだが、散歩だとそう言われてしまった。
「あ、そうそう!アリスってば、お兄ちゃんに会っちゃった」
「…シルヴァに!?なんで!?」
「しらな~い。男の子探しに来たって言ってたけど~?アリスが見たの、ナイトメアだけだから、見てないって答えといたよ~」
「バカ!シルヴァの奴が、ナイトメアのことまともに理解できるわけないだろ!どっちに行った!?」
「あっち」
アリスが指さす方向に急いで向かったナイトは、程なくしてその後ろ姿を見つけた。
そして、おもむろにフードを外すと、口を開き、肩を叩いた。
「?…うわぁぁぁあああ!!!」
驚いて尻餅をついたシルヴァに腹を抱えながら笑えば、シルヴァはそれがナイトだと気がつくと睨みつけた。
「今忙しいんだから、やめろよ」
「なんだよ?ディルもいないってのにさー迷ったんじゃねーの?」
「…」
図星のためなんとも言えず、ナイトの周りを見るがサーニャもエリザもいない。
「お前こそ、一人?」
「まーちょっと色々あって?」
「色々?」
「前に一緒にいた魔女がいたんだよ。だから、ちょっと話しにきただけ」
「魔女?」
「そーさっきあっただろ?アリスってやつ。…って、そんなことより、お前、魔族にさらわれる気ー?」
その言葉に心当たりがなく、首をかしげたがナイトが呆れたように大げさにため息をつくと
「さっきの男の子ってやつ?アレさーオレと同族だよ?」
「……え!?」
「今更気がついた?まったく、シルヴァはダメダメだねー」
フードをかぶり直すと、骨だとしてもわかるニヒルな笑みを浮かべるとシルヴァの腕をつかんだ。
「ほらほらーいつまでも尻餅ついてないでさ。せっかくオレが来てあげたんだし、大人しく助けられてなって」
シルヴァの腕を引っ張り、立たせた。
宿として貸し出されたコテージに、シルヴァはナイトと共に帰ってくると先程の話を詳しく聞いていた。ディルもあの後から探してくれたらしい。
「でもよかった。あんなに近くにいたのに、気づかなくてごめんな」
「あ、いえ!俺こそ…」
「気づいたところでどうにもならないだろ」
「そ、それは…」
痛いところをエリザに突かれ、小さくなって隣に座った。
「結局、ナイトメアっていうのは、どこにでもいるのが普通なの?」
「そうだよー人の夢が具現化したのが、オレたちだからねーだから、こうやって…」
すると、ナイトの姿がサーニャそっくりに変化した。
「…ナイト、だよね?」
「うん!サーニャ驚いたー?なんでもできるけど、何かリクエストあるー?」
「うーん…じゃあ、ウサギ!」
すると、ナイトの姿は今度はうさぎに変化した。それに喜び、次々にリクエストを出し、それに応えてはしゃぐ二人を尻目に、エリザはゆったりとソファに寄りかかると長く息をついた。
「ナイトメアは、基本的に悪夢見せる程度だから、放っておいていいものなんだが…」
「いや、それダメじゃないですか?」
「何を言ってる。所詮、夢。現実にはないことだ。悪夢程度しかできないなら、なんの問題もない」
エリザの言葉に違和感を感じ、じっと次の言葉を待っていても、続ける気はないらしく優雅にお茶に口をつけた。
「エリザさん。あの、悪夢程度にしかってことは、それ以上ができるのもいるってことですか?」
しかたなく、言葉にして聞いてみればエリザはただナイトのことを指さした。
「アレもナイトメアだ。よく思い出してみろ。ナイトは、サーニャに何をもたらしていた?」
サーニャが悪夢を見ることは、なかった気がする。いつも、楽しげな夢の話をして、時には予知をして、時にはいじめようとした村の子供に幻想を見せて…とにかく、存在はしないが、現実に確かに大きな影響を及ぼしていた。本来、見える人、見えない人関係なく。
「お前たちの話を聞いて、件の内容はだいたい分かった」
「え?もうわかったのか?」
「あぁ!そうだ!すごいだろ?」
珍しく自慢気にディルに微笑むと、今度ばかりはディルも素直にすごいと喜んでいた。
「それで、解決できそうなのか?」
「あぁ。ちょうどよく、垂らした針の先に勝手に餌がくっついてくれたからな。ただ…問題も色々でてきたな」
「ちょ、ちょっと待って!エリザさん!ちゃんと話してくれないとわからないです!」
多少、カラムのおかげで知識がついてきてるとはいえ、全く説明してくれなければわからない。エリザは慌てるシルヴァを驚いたように見ると、ディルの方を見て、小さくため息をこぼした。
「悪いな。シルヴァ」
「え…?」
珍しく謝るエリザに驚き、ついディルとエリザを見比べる。こういったエリザが謝る状況を作り出せるのは、ディルだけだ。だが、今回、ディルはその意味を理解できないらしくブンブンと首を横に振っていた。
「ど、どうしたんですか?急に」
「いや…ついな…ディルはこういう時、何も聞かないからな。説明するって感覚がないんだ」
「え…」
「魔族や魔女に関わる時は、危険が伴う。無知だった。では、許されない」
「…」
「なんだ?」
本当に珍しいエリザの様子に、シルヴァも遊んでいたサーニャですら、驚いてエリザを見ていた。
「あ、いや…エリザさんがそういうのって珍しいな…って。ほ、ほら!めんどうだな…危険?知らないな。私とディルとサーニャさえ危険じゃなければ、世界なんて壊れてしまえ!フハハハ!って、言ってそうだし…」
「お兄ちゃん…ひどい」
「い、いや!?モノの例えってだけで!」
妹の辛辣な言葉に言い訳をしていたのだが、サーニャはエリザの味方らしい。エリザの傍らによると、シルヴァのことを頬を膨らませて睨んでいる。
そんなサーニャの頭に手を乗せ、撫でるとサーニャは驚いたように顔を上げエリザを見上げた。そこには、軟らかい笑みを浮かべたエリザがいた。
「お前たちは、もう私の家族だ。家族が危険となるのが嫌なのは、私だけではないだろう?」
その言葉に、サーニャはとびきりの笑顔で返事をして、シルヴァは恥ずかしそうに顔をそらせた。
「エリザ」
「なんだ?」
「俺は、エリザのそういうところが好きで、信用してるんだ。だから、何も言われなくても俺は安心して命を預けられる」
ディルのそんな言葉に、エリザまで顔を少し赤らめた。
「いいから、早く話進めろよ」
あまり関係ないナイトが一人だけつまらなさそうに、そう言った。
エリザは気を取り直すと、この事件の真相だと思われるそれを語りだした。
「おそらくは、ナイトメアの仕業だ。ただ、ナイトのように強い力をもっているわけではなく、夜にしか出歩けないような、そんなやつだ」
「でも、シルヴァはナイトメアに連れてかれたんじゃないか?」
「森の中でも一層薄暗いところじゃなかったか?そこ」
「…え、うーん…そうといえば、そうだったかも」
少なくとも、崖近くの明るさではなかった。木が光を遮っていた。
「普通ナイトメアってのは、太陽の下にはいれないからなーオレみたいに、スゲー奴なら別、だけど」
「ナイト、すごいんだね」
「目の前で言うのもなんだが…魔族はただ単純に時間で成長する生き物ではない。生物の生気を吸って、成長するんだ」
「生気?」
「生きる力ってこと。魔族によって、その吸い取り方も違うんだ。確か、ナイトメアは…」
「夢を見せて、露わになった精神を食らう」
ワントーン落ちた声でナイトは答えた。そのフードから見える骨の口が少し嗤っているようにも見えた。
「手っ取り早いのが悪夢ってだけ。精神が食らえれば、オレたちはそれでいいんだよ」
ぞわりと、背筋が震えた。いつもの脅かしではなく、本当の恐怖。エリザが先程魔族に関われば危険が伴うという意味を、今になって理解したような気がした。
「まーサーニャには、いい夢見せてやるけどなー悪夢はサーニャには似合わないもんなー」
「ありがと!ナイト!」
「どーいたしましてー」
いつもと変わらない様子ではしゃぎ出す二人に、エリザはじっと二人を見たが、すぐに視線を戻すと
「とにもかくにも、運良くサーニャが狙われているであろう子供と接触できた」
「え…ウィンちゃんのこと?」
「あぁ。夜、ルナってやつと合流して、花を見に行くんだろ?」
「うん」
「もしかしたら、その時現れるかもしれない。その、ナイトメアが」
「……」
「一応、ナイトも一緒についていってやれ」
「んー?別に、サーニャと一緒に行く気はあるし、別にいいけどー」
「…もし、ナイトメアが現れたら…?」
「だいじょーぶだよーオレが一緒なんだからさーこう見えても、オレ、ナイトメアの中では相当強いんだぜ?」
「ナイトがナイトってことだな」
ディルのダジャレなのかよくわからない発言に、エリザも一瞬眉をひそめたが、咳払いをすると、サーニャと共に夕飯を作るように追い払った。
二人がいなくなると、ナイトがニヒルに嗤い出した。
「サーニャは素直でいい子だねー」
「まだ子供だからな」
「え?どういうことですか?」
「そして、シルヴァはおバカだったかー」
「な、なんだよ!?」
「おそらく、ルナって奴がナイトメアだ」
先ほどと違うエリザは、少し考えるような仕草の後、少しトーンを下げると
「シスターがなんて依頼してきたか、覚えているか?」
「えっと…子供の失踪ですよね…?」
「あぁ。そのルナって奴がきっと連れ出してるんだ。そして、その子供は…もう」
「!!そんな――!!」
大声を上げそうになったシルヴァの口をふさいだのは、黒い布のようなもので、その布の先には、フードから覗き見える白い骨。
「安心しなって。同じナイトメア同士、そう簡単に相手のモノに手を出そうとなんてしないからさ」
「そういう問題じゃ…!!」
「ナイトメアは詰まるところ、精神を食らえればいいんだ。その肉体は、正直いらない」
「じゃ、じゃぁ…せめて、その、ウィンっていう子だけでも…!」
「ナイトメアに魅せられちゃってる子助けるのー?サーニャみたいに、魔法使いの素質があるって言うなら別だけどさー今度は、すぐに食われちゃうかも知んないよ?」
「それでも…!!」
そこで一番根本的なことを思い出した。そのナイトメアをどうやって退治するのか。それは、まったく話に上がっていなかった。エリザに聞いてみれば、目をそらせた。
「もしかして、決めてないとかじゃないですよね!?」
「あ、いや、そうじゃない!私に壊せないものは、ほとんどないんだが…ナイトメアってのは、人の夢の固まりだからな。壊したところで、またナイトメアは生まれる」
一時しのぎというだけであれば、なんとかすることも可能だが、ナイトメアに魅せられ、精神を蝕まれつつある少女を今、ここにいるナイトメアから救ったとして、また新たなナイトメアが生まれたら、まっ先に標的にされるだろう。
こんなことをいえば、シルヴァがどういうかなど、容易に想像できた。だからこそ、エリザは黙っていたのだが、案の定シルヴァはそれでも助けるべきだと、言い切った。
「見捨てていい命なんて、絶対にない!」
エリザはその言葉に、ため息混じりに笑みをこぼした。
その夜のこと、サーニャはナイトと共にウィンの元に向かった。そこには、ウィンともう一人、男の子が立っていた。
「ウィンちゃん!」
「サーニャ!…って、あれ?」
サーニャはナイトのことを紹介すると、ナイトはウィンともう一人のルナに特に手を振った。ルナは一瞬だが目を見開いたが、すぐに笑顔に戻る。
「あれが、ルナか?」
「ナイトより普通…」
「判断基準そこなんだな…」
案外、ナイトに驚かされていることを根に持っているらしいシルヴァをなだめるように頭を撫でれば、くすぐったそうにしたあと
「本当にこれ、バレないんですか?」
「絶対ではないな」
サーニャを見送った後、ナイトに夢の世界という現実とは別世界に連れてきてもらっていた。エリザもやろうとすればできなくはないらしいが、手っ取り早い方法がナイトメアに連れていってもらうことらしい。その上で、エリザの魔法で少し離れた場所から四人の様子を見ていた。
「じゃあ、早速行こうか」
ルナが森の方へ誘い、歩き出す四人。夜だというのに、森はなにかほんのりと光っていた。
夢の世界の特徴だという。暗いはずなのに、何故かはっきりとモノは見えていて、それらがうっすらと発光しているように見えるそんな世界。
「結構歩くんだね」
「うん。森の奥の方だから」
「大丈夫。ボクは迷わないから」
「なんか、探検隊みたいだね」
「なら、歌でも歌うかー?」
「それじゃあ、ピクニックだよ」
楽しそうに森の中を進んでいく四人は、程なくして開けた場所についた。
「あ!!」
それを見つけると、ウィンはルナとサーニャを追い抜いて、その一輪だけ咲いている花を指さした。
「咲いてるよ!」
「よかったね。サーニャも見に行こう」
「うん!」
進む三人の少し後ろをシルヴァついていく。
「ゲッカビジンか…」
「月下美人?」
その花を見たエリザが呟けば、ディルがその珍しい名前に聞き返せば、
「いや、まぁ、合ってるんだが…ちょっと違う。そうだな…一晩だけしか咲かない花でな。開花を見れるのは、珍しい花だ」
そのエリザの言葉にシルヴァは走って、サーニャの腕をつかんだ。脳裏に浮かんだのは、昼に会ったアリスの言葉。
『一夜にしか咲かない花には近づいちゃダメ、だよ』
それが、あのゲッカビジンを指しているのであれば、近づいてはいけない。ナイトの昔一緒にいた魔女だというなら、なおさら信憑性が増す。サーニャは不思議そうに振り返り首をかしげていた。
「お兄ちゃん?」
「サーニャ。早くおいでよ。とってもキレイだよ」
「サーニャ。君も、近くに来なよ」
花の隣で呼びかけるウィンとルナに、サーニャがシルヴァの手を無視し足を踏み出した瞬間…
シルヴァの腕に、一気に重みがかかった。引かれるように、そのまま体が倒れ込み見えたのは、ひたすらに闇だった。
「――ッ!!!」
落ちると状況を理解した時には、もう遅かった。体は、重力に従い谷に落ちていく。
だが、暗闇から何か光が点滅したと思った次の瞬間には、強い風と誰かに腕を引かれた感覚。そのまま視界いっぱいに、闇夜に星が光る夜空が広がった。しばらく、何が起きたのか理解できないでいれば、鮮やかな赤が視界の隅に映った。
「エリザ、さん?」
「どうやら、魂まで取られなかったようだな」
「え?」
「とりあえず、ディルから降りろ」
その言葉に、自分が座っているものを見れば、ディルが倒れ込んでいた。
「うわぁあ!?すみません!!」
「あ、うん…大丈夫。それより…」
ディルの視線は目を閉じているサーニャに向いていた。
「眠ってるだけだ。朝になれば目を覚ます」
「よかった…でも、どうして急にこっちに戻ってきたんだ?」
「…シルヴァ、アリスと会ったんだろ?」
「え?あ、はい」
「なら、恐らくはアリスがこっちに送り返したんだろうな」
エリザは崖の近くまで行くと、下を覗き見た。
「幸せな夢を見て消えるか…まぁ、それが自分で選んだ道なら、それも一つの幸福か」
「エリザさん?」
「なんでもない。さぁ、家に帰ろう」
「え!?どうして急に…」
何も解決はしていないと、シルヴァが慌てるがエリザはたった一言だけ答えた。
「もう誰も連れてかれないさ」
谷に白いユリの花が降り注いだ。
夢の世界に残っていたナイトは、いなくなった三人がいた場所をじっと見ていたが、すぐに視線を戻すとゲッカビジンの周りで座り込み、花の様子を見ている三人の元に向かった。
「すっごくキレイだね」
「うん。でも、この花、朝になると枯れちゃうんだ」
「月の下でしか咲けない花なんだよなー」
「かわいそう…私たちしか、コレ見れないってことだよね?」
「そうだね」
「でも、私は楽しいよ。だって、友達と一緒だもん!」
「なーどうせなら、もっと遊ぼうぜー?」
ナイトの提案に皆が賛成し、三人はその夜を遊び尽くした。
そして、日の出前、ゲッカビジンも徐々に枯れ始める。
「…」
その様子を寂しそうに見るウィンに、ルナは近づくとのぞき込むように笑顔で問いかける。
「もし、ウィンが望めば、この花が種をつけて、また咲くとしたら、どうする?」
「え…?また、咲くの?」
「うん。これから、ずっとこの花を見ていられるよ」
「…どうすれば、いいの?」
その言葉にルナは笑みを深め、
「目を閉じて」
素直に目を閉じたウィンに、サーニャが声をかければウィンは一度目を開けて微笑んだ。
「ずっと見ていられるなんて幸せだね」
「友達、だよね?一緒にいてくれないの?」
「友達だよ。サーニャと一緒にいて、楽しかったよ。でも、私、この花をずっと見ていたいの」
その気持ちを止める方法は無かった。ウィンの体は徐々に透け、そして消えた。
「…」
「サーニャ」
「ナイト?」
「ここにはもう、誰もいないよ?それに、もうすぐ朝が来るからさ、シルヴァたちのところに戻らないと」
サーニャは一度振り返り、枯れた花を見て頷いた。
誰もいなくなり枯れた花が、種子を付け出した頃、ルナは嬉しそうに心の底から笑っていた。
「これで、ようやく陽の下に…!」
空が白み出していた。
「アリスってば、これがほしいな~」
突然、響いた声に振り返れば、金髪の少女が膨らんできた種子を指した。その魔女の姿に、ルナの表情が固くなる。だが、アリスはただひたすらに無邪気な笑顔で
「うん。アリスは、コレがとっても欲しかったんだ~」
「やめろ…それに触れるな!魔女!!」
ルナが種子に手を伸ばすアリスを止めようとするが、その種子はアリスの手に落ちた。
「楽しい夢も、怖い夢も、全部ぜ~んぶ、アリスの夢」
アリスは、その種子楽しげに空に掲げると
「みんな、一緒に」
「やめろ!!!」
軽くくちづけを落としてから、口の中に入れた。
「おやすみなさい。良い夢を――」
太陽が地平線から顔を出した時、そこに立っていたのはアリス一人だった。




