ノーマルエンドのそのあとで
生徒会室の窓から、賑やかな校庭を眺める。今日は卒業式で、式が終わって、謝恩会が始まる前の時間。
私の名前は佐和紗代。全部で四文字しかない、ごろが悪い名前だ。
そんな私は生徒会長をしている。
え? 謝恩会準備とかいいのかって? それは催事委員という催し物専門の委員会がやるので、卒業式で送辞を読んだあとの私の今日の仕事は、謝恩会での挨拶だけだ。
そんなわけで、生徒会室でのんびり暇を潰しているのである。
こんな日に三階の窓まで目を向ける人なんかいないから、窓の桟に頬杖を付いて思う存分眺められた。
卒業式の後で写真を撮ったり、別れを悲しんだり。
それぞれに、今を惜しんでいるその中に、今月末で転校する『彼女』の姿はない。
「あーあ。ノーマルエンドかぁ、つまんないの。せっかくリアルで逆ハー状態でも拝めるかと思ったのになー」
セルフレームの眼鏡の位置を直して、紅茶を飲み干した。
そういいつつも、無駄なのは最初から分かっていた話で。
「でもまぁ、しょうがないよねぇ。いくらヒロインでも、ここで生きている以上ご都合主義もチートもないリアルなんだし」
隣で同じように紅茶を飲みながら首を傾げるのは生徒会副会長の渡辺幸だ。
彼女はあまりに平凡すぎた。ヒロイン補正が存在しなければ、彼らの相手にはなり得ないほど。
ここが乙女ゲーム『ラピスクオーツドラゴンと魔女の杖』の世界だと、私が気付いたのは丁度十歳の誕生日だった。
バースデーケーキのろうそくを吹き消した瞬間、ぽん、と何かが外れるような音がして、それ以来、私は前世の記憶を引っ張り出せるようになった。
その半年前に両親を揃って事故で亡くした私はそのとき、父の妹である叔母夫婦の元に引き取られていて、叔父叔母と従兄弟達と過ごす初めての誕生日だったのだ。
ろうそくを点けるために消していた部屋の明かりが点いて、従兄―――叔母夫婦の長男だ―――の顔を見た瞬間に、あ、攻略対象、と思ったのだった。
『ラピスクオーツドラゴンと魔女の杖』略して『ドラ魔女』は、なんともファンタジーな題名そっちのけで、現代日本が舞台だった。
人外―――獣人とか妖怪とか吸血鬼とか―――も出てこなかった。
ゆるい学園謎解きものをベースにしてあるだけで、サスペンスチックな展開も死亡フラグもない。
ライトゲーマーからは『タイトル詐欺』の名を頂いたこのゲーム、開放条件が厳しい隠しルートが一つあって、そのルートをプレイすればやっと、タイトルの謎が解けたのだ。が、攻略本なしで隠しルート開いた人っているのかね? そんな疑問が出る勢いで面倒くさい開放条件だったのだ。
ここは、そんなクソゲーといってもいいだろうこのゲーム、の世界。
ストーリーとしては、新入生として入学してきたヒロインが、調査研究会という部活の先輩に、学校の七不思議を調べるよう指示されたことから始まる。
七不思議の一つ一つが攻略対象と紐付いていて、紐付く謎を解くと、好感度がどかんと上がる。
もちろん他の不思議でも選択肢によっては上がる。
ヒロインは七不思議の真相を調べつつ、調査研究会会長や図書委員長、生徒会長、運動部長、クラスメイトの男の子や部活の顧問教師、といった攻略対象と仲良くなり、やがては恋に―――というものだ。
期間は一年。三つ以上謎が解けずにバッドエンド、三つ以上謎は解いたけど好感度が一定以上の攻略対象がいない場合はノーマルエンド。紐付く謎を解いていて、好感度が一定以上あれば、友情エンドか恋愛エンド。
個別ルートシナリオ的なものはなく、物語の流れにそって、相手を選ぶか好感度の高さによって、イベントの相手が決まるので、攻略対象者の好感度によっては嫉妬や逆ハーイベントっぽいのもある。
ちなみに記憶が蘇る切っ掛けになった従兄は図書委員長である。インテリ眼鏡だが腹黒ではない。
私は生徒会長になる前は生徒会書記だったので、もちろん前代の生徒会長も知っている。ついでにヒロインが所属する調査研究会の顧問は担任。一年も二年も同じ担任だった。
調査研究会の会長と私は、市が主催する郷土史研究塾という学習会に入っていて、ええと、お分かりの通り爺婆ばかりのサークル内で二人しかいない若手である。
運動部長は前代ではなく今代なので同級生で、部長会議でも顔を合わせるし、何より同じクラスである。
関わりというほどの関わりがないのがヒロインのクラスメイトの男の子だけってどういうことだ。美味しいじゃないか。
ヒロインが攻略対象を落としてきゃっきゃうふふするのをこの目で見れるいいポジションじゃないか。
というか、ぶっちゃけ、ライバルポジな訳です、はい。
でもゲームと違って従兄は初恋相手じゃないし、前代の生徒会長は尊敬してるけど恋した覚えもない。
担任には可愛がられているが、教師という時点で範疇外。
調査研究会の会長とはいい友人ではあるが彼女ぐらいさっさと作ればいいと思う。変人過ぎてなかなか出来そうにないから。
運動部長はさわやかでいい奴だと思うが脳筋は受け付けない。
そんなわけでライバルにはなりえなかったので、一切邪魔はしなかった。
私の望みは学園の平和と私の平穏な日常なのだ。面倒は御免こうむる。
「確かに普通の子ってあったけど、あれ普通じゃないレベルで普通なんだけど」
容姿も運動神経も頭の回転も。
「中身も、いい子だけどインパクトがないというか、大人しくもないのに埋没するというか。大体、隠しキャラプロローグイベントやっといてノーマルエンドって」
むしろわざとじゃないかと思うぐらい。
渡辺が彼女を思い返して、呆れたように言った。
「でもしょうがなくない? 普通じゃないから目に留まるんだもん」
そう、乙ゲーヒロインがヒロインである理由が、『普通でない』からだ。たとえば良くある庶民が貴族の学校に~パターンなんて、庶民としては普通かもしれないが、攻略対象者達貴族にとっては、貴族ではないことが普通じゃない。だから目に留まる。
異能パターンだって普通じゃないわけで、つまり攻略対象者にとってヒロインは、普通の女の子の範疇に入らない何らかの能力なり生まれなりを持っているのだ。
なのに、このヒロインときたら、普通で平均で想定外の動きなど一切しない、むしろ鉄壁のモブキャラっぷりだったのだ。
成績も運動神経も真ん中、トラブルも問題も起こさない、目立たない一生徒。
しかし彼女は転生者ではない。それは確認済みだ。
幾つかの手段を試してみたのだけど、別の転生者が三人ぐらい釣れただけだった。
幸はそのうちの一人だったりするのだが、まさかのラジオ体操で釣れた。解せぬ。
そしてヒロインは転校する。
両親が海外赴任することになり、寮のある学校に入るそうだ。
これが恋愛エンドだと父親だけ単身赴任パターンと、一人暮らし始めますパターンと、攻略対象の家に居候しますパターン分かれる。
ちなみに従兄の場合は居候である。……あの家、従兄と私と従弟がいるから、もう部屋ないんだけど、そうなったら追い出されるのもしかして私だったんだろうか。
ううむ、ゲームではそこまで言及されてなかったな、そういえば。でもライバルキャラと攻略した相手が住む家にヒロイン居候って、それむしろライバルキャラへのいやがらせだよね?
とはいえ彼女は誰も攻略しないまま、謎解き途中でゲームオーバー。転校手続きも終わった。
「まー、ゲーム期間も終わったし。真の謎は解けないまま学園は今日も平和です、といったところで満足満足」
だったはずなんだけど。
学園は平和でも、私が平和じゃなくなった。
生徒会長になってから呼び出し回数が増えた。
三年生になったら、もっと増えた。
月一が今では週一である。
前の生徒会長は精々学期に一回だって言ってたぞ。
「ええと、り、理事長? あのその置物……」
理事長が手に持っているのは青い龍の置物。目と、手に持った玉が透明。
そう、瑠璃と水晶で出来たコレ、つまり『ラピスクオーツドラゴン』を持って、私に迫る男。仕事できますと顔に書いてあるイケメン。
この男、総院邦成は私の母方の親戚である。この男の父が私の母の従兄にあたる。学園の理事長であり、隠し攻略キャラなのだ。
つまり隠しルートでも私がライバルキャラなのだ。
ていうかもうちょっとキャラいてよくね? 私頑張りすぎじゃない?
そして七不思議のひとつ、理事長室の枯れない花の謎解きアイテム。
真の謎を解くためには、この龍の置物ともう一つ、『魔女の杖』が必要になるのだが。
「お前にやろう、といいたいところだが、それはやらん。ちょっと持ってろ」
いや、欲しくないし。そんな簡単に超重要アイテムをぽんと渡さんでくださいよ。
総院の父が、若くして亡くなった従妹である母の娘である私のことは前から気にしてくれていて、従兄と私の入学を勧めてくれたという。学費は総院家持ちで、新年度には従弟も入学してくる。
私に関係するからって、自分の親戚でもないのに二人も学費持っちゃう総院家って怖―――もとい、太っ腹。
そして生徒会長に収まったらここぞとばかりに呼び出してくれるようになった。
まぁ、学校関係の用事といえば表向きは通るからね。
でもホント、そろそろ噂広まってきてるよ。理事長はロリコンて。
「理事長、何してるんですか」
私に背中を向けて、理事長は壁際でごそごそと何かしている。
「理事長……、邦成さん?」
「んー。コレをこうして、多分こうで。紗代、龍」
名前で呼ばないと返事しないとかなにそれ、もう。
龍をもって近付くと、そのまま手をどこかに導かれた。龍を置いた手のうえに、邦成の手が重なる。そのまま龍を捻れば。
「隠し扉……」
ってちょっとこれ隠しルートの最終イベントじゃないのか。
「入れ」
「えー……」
隠し部屋に女性と連れ込むとか、端から見たら完全にアウトだと思うんだ。
部屋の中、壁にかかった銀色の棒を無造作に渡される。
「お前が魔女の後継だ、紗代」
「え……」
思わず顔が引きつった。
その理由はこの学園の権力の構造にある。
通常であれば、理事長がトップになるわけだが、この銀色の棒、コレが魔女の杖といわれ、所有者が『魔女』と呼ばれる。
魔女がいるときは、魔女がトップとなる。
その魔女を選ぶのは総院家の当主または次代の当主だ。未婚の当主が魔女を選ぶ。それは嫁選びを意味する。
―――重い。重すぎる。
「保護者の許可は取ってある。そもそも総院の分家どもはお前の母親を魔女にしたがってたからな。その娘が魔女なら文句もない」
外堀埋め終わってたって宣言キター、いつの間にー!
「……いやですよ」
返そうとするがもちろん受け取ってはもらえない。
「卒業後はそのまま総院家に攫うぞ」
「堂々と犯罪行為を宣言しないで下さい」
ていうかもう、面倒臭いんで、その辺において帰っていいかな。
「紗代?」
「……邦成さんが、私の欲しいものを誕生日にちゃんとくれたら考えます」
溜息がこぼれる。
一応、女子高生なのである。モノのやり取りみたいに結婚を決められるのは嫌だ。
相手がヒロインの場合のイベントではコレでもかと甘い言葉で落としにかかるくせに。
少しぐらい拗ねてもいいと思うんだ。
「なるほど。紗代の誕生日は……来年、丁度卒業の時期だな」
やっと銀の棒が理事長に渡る。
「覚悟しておけ、紗代」
その顔も台詞も、完全に悪役だと思う。
翌年、誕生日当日、卒業式の最後で、壇上に呼ばれて上がったところで。
「愛している。末永く幸せにすると誓う。結婚してくれ」
跪かれてのプロポーズ。
答辞や、最優秀生徒の表彰やで壇上に上がって降りてを繰り返して、今度は何だと何も考えずに壇上に上がった自分を責めたい。
逃げられないじゃないか、これ。
気が向いたら理事長との攻防戦を書くかもしれません。




