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1715.09 家庭的02

「どうやら初恋ってやつをしたらしい」


 ぶばっ。

 うららかな午後の昼休み時間。

 何人かの友達で固まってお弁当を広げるそんな時間。

 そんな教室の入り口付近、そこに汐のいるグループはあった。

 背中まである長い髪を先の方で束ねた人当たりの良さそうな少女――目が点になったなほの横で、鼻からコーヒー牛乳を吹き出してしまった夢見がズダダダッと教室の外へと飛び出して行く。


 おそらく洗いに行ったのだろう。

 そんな夢見を目で追い、出て行くと同時にコホンと咳払い、そして机に肘をつき、顔の前で手を組みその上に顔を乗せ、汐は重々しく先程の台詞を口にした。


「どうやら初恋ってやつをしたらしい」


「んなモン一度聞けばわかるわ!」


 ズバンッと半ば開いていたドアが勢い良く開け放たれた。

 その音に教室中の皆が注目するが、注目された本人は何処吹く風、全く気にしていない。

 少々長めの髪を赤い鉢巻で横に結い上げた、健康的な肌の元気の良さそうな少女――海原夢見がそこには立っていた。背は平均身長よりちょっと低い。

 電光石火の勢いで顔を洗ったのか、顔周辺部は見事に濡れていた。


「初恋……ねぇ」


 そんな夢見についてはいつも通りという事で意に介さず、汐の横に座っているショートカットの何処か冷めたような表情の少女――大空君子はそう言って沈思した。


「恋? 本気と書いてマジで?」


 勢い良くそう問いかける夢見に汐は頷く。


「名前は確か、芥って言ってた。同じ学校の生徒って事は判ってんだけど、それ以外は全く……」


「ふっ、それだけ判れば十分よ」


 不意に後ろから声がした。

 汐が体をねじって後ろを見てみると、そこには肩まで伸びた亜麻色の髪をかき上げる一人の少女が立っていた。


「津々ヶ谷さん」


 なほの声にその顔がニヤリと動く。


「話は聞かせてもらったわ。私の恋路には全く関係ないけれど、クラスメイトの淡い初恋が砕け散るのを黙って傍観するのは忍びない」


「さすが初日にいきなり担任にプロポーズをかますだけの事はあるな」


「あの時はちょっと錯乱してたのよ。今は別の方法を検討中ね」


 どうやら担任に告白自体は本気の行動らしい。


「というか砕け散るの前提で物言ってないか」


「成就できる自信があるの?」


 そう返されると汐は何も言えない。


「ふっ、まぁ任せなさい」


 津々ヶ谷はおもむろに懐から丸の中に秘と書かれた見るからに怪しい手帳を取り出すと、パラパラとそれをめくり出した。


「それに載ってんの?」


 夢見の問いに、


「うん、そう。ああ、あったあった。芥という苗字はこの学校には二人いるけど、一人は女子だから関係無いとして、名前はダスト=芥、学年は一学年上。成績は中の上ってところかな? 性格はお人好し、まぁ何処にでも転がってそうなタイプね。の割に好みのタイプは年下で色っぽく元気で明るい家庭的な娘だって。身の程知らずにも程があるよねー」


「……えらく細かいんだね」


「うん、細かい奴だよねー」


 なほの指摘を別に解釈したのか、そんな感想をこぼす津々ヶ谷。その横でガクッと、地に手をつき力を落とす汐。その様子はまるでおみくじで十万分の一の確率の大凶を二連続で引いてしまったかのような、そんな人生の悲しき敗北者を連想させた。


「汐?」


 汐の様子の変化に疑問を感じ、なほは尋ねていた。


「……目だ」


「え?」


「駄目だ。認めるのは嫌だが、その好みの項目を聞く限り、あたしには家庭的って言葉が鬼門すぎる。折角年下で色っぽく元気で明るいって項目は当てはまってるってのに……」


「……ツッコミ待ちなのかな」


 その時の汐の顔には悔しさと悲しみの表情が浮かんでいた訳で、私がどう言葉を掛けてもそれは気休めにしか聞こえないかもしれない訳で、というか元気で明るいはともかく色っぽいとか本人は本気でそう思ってるのかな……


 などとなほが一人無駄に思案に暮れていた時だった。


「まっかせなさーい!」


 唐突に夢見が声を上げる。

 汐が顔を上げた。


「全てに絶望するのは出来る事を全てやってそれでも駄目だった時! あとはゲームの最中セーブしてないのにブレーカーが落ちた時だけだよ! 諦めるのはまだ早い! 早すぎる!」


「夢見……」


 汐は感動していた。

 よもや夢見からこんな事を言われるとは思わなかった。

 あの夢見から……


「日頃から無駄にエネルギーを使ってるただの馬鹿だと思っていたあの夢見から……」


「そこ、声に出してる!」


「でも……じゃあどうするの?」


 なほの発言に汐、夢見二人の動きがピタリと止まった。どうやら具体的には何も考えていなかったらしい。


「特訓あるのみね」


 津々ヶ谷の藍色の瞳がキラリと光る。


『特訓!?』


 汐と夢見の声が見事にハモる。


「ええ、特訓。家庭的な娘、という事は最低限掃除洗濯料理裁縫この全てをマスターしていなければお話にならない、と私は思うんだけど……でしょ?」


「くっ、なんてこった。洗濯ぐらいしか出来る事が無いなんて……!」


 本気で悔しがる汐の肩に、誰かの手が優しく置かれた。

 顔を向ける汐の瞳に映ったのは、夢見の顔であった。


「夢見……」


 涙ぐむ汐に、夢見はうんうんと頷く。


「すまない」


 がーん!


「ちょっと待って! なんで!?」


「お前に教えてもらうと逆効果になりそうな気がするんだよ……」


「なるかー! 私だって家事ぐらい一通り出来るわー!」


「いやぁ、そんな嘘誰も信じねぇって……」


「嘘じゃなーい!」


 一転しての一触即発。もうほんの少しで殴り合いになりそうな気配であった。


 なほが止めようとしたそんな時、


「ほーっほっほっほっほっほっ」


 教室中に高慢そうな高笑いが響き渡る。


「その声は……葵!」


 汐の知る限り、恥ずかしげもなく高笑いを響かせる知り合いは一人しかいなかった。


 果たして教室の入り口。

 そこには一人の女性徒が立っていた。


 綺麗にスタイリングされたセミロングのさらさらヘアーに気の強そうな目元、麗しい美貌ではあるが何処か人を寄せ付けない雰囲気をかもしだし、何故かその手には孔雀の羽が握られ、しかも自分で優雅に扇いでいた。

 国で五本の指に入る大財閥北乃条家次女。

 その名は北乃条葵。

 しかし汐の幼馴染みでもあった。


「ようやく私の出番のようですわね」


 口に手を当て、声高に笑う。


「なんでお前がここに? 確か昼は絢佳達と学食に行くって言ってた筈じゃ」


 大財閥の娘でも生活は意外と地味であった。

 そんな指摘をする汐に「馬鹿はやはり馬鹿ね」と呆れたような顔をする葵。


「なんだよその顔は」


「ふふふっ、だから貴方はまだまだ子供だと言われるんですのよ」


 ここでくわっと。


「今、時代は情報戦! 少しの行動の遅れも無くす為、盗聴器を仕掛けておくなど当たり前の事でしてよ!」


「と、盗聴器!?」


 汐は自分の机の裏の部分を覗き込んでみた。そこには小さい盗聴器らしきモノがポツン。


「……本当にありやがった」


 犯罪ですがな。

 目の前の幼馴染みに汐は言い知れぬ恐怖を感じ取った。


「ほぅ、やるわね」


 津々ヶ谷が感嘆の息を洩らす。


「ふふっ、まぁそんな事は今の私達にとってはどうでもいい事でしょう? 汐」


 そこでこの話は終わらせ、孔雀の羽をひらひら、葵は本題に入った。


「今は貴方がいかに早く家庭的な女性になるか、これでしょう!」


 ガカアァァァァ!


 汐の背後で雷が鳴り響く。


「葵……」


 汐は驚いていた。

 よもや葵の口から正論が飛び出すとは……

 あの葵から……


「日頃から無駄に高笑いを響かせる頭の軽いただの高慢ちきだとばかり思っていたあの葵から……」


「……好きでこんな喋りや高笑いやってんじゃないわよ、家訓なんだから仕方がないでしょ……」


 ぼそりと葵が呟く。

 庶民には窺い知れない大財閥の闇がそこにはあった。


「それはともかく今は動こうぜー」


 暇そうに二人の様子を眺めていた夢見からツッコミが入る。


「そうだな、今はこんな所で議論やってる場合じゃない。今は動く時だ。手段は選べない。夢見、葵、力無いあたしに力を貸してくれ!」


「望むところよ。主婦歴約二十年のママの名にかけて、あんたを立派な家庭的な女の子に変えてみせる!」


「恋は早さと度胸が命。一週間よ。私の力で貴方を一週間で家庭的なレディへと変身させてあげますわ」


 教室の皆が怪訝な面持ちで見守る中、汐、夢見、葵三人は熱く握手を交わす。その光景は昔々の生まれは違えども、死すべき時は一緒と熱き義兄弟の契りを交わしたあの漢達を連想させた。


 とりあえず教室の皆はわけが判らずとも、その場の雰囲気から心ばかりの拍手と声援を三人に送っていた。


「頑張れよー」


 無責任な声援を飛ばす津々ヶ谷の横で、そんな三人を本気で心配している少女が一人。


「大丈夫かなぁ……」


 なほであった。

 そしてその横で椅子に座り、何事かを沈思している少女が一人。


「恋……かぁ」


 君子であった。

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