表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風に舞う姫  作者: 都萌
9/9

桔梗

 姫君と出会ってから、戦地に赴いてから色を失った世界が再び色を取り戻した。任務は変わりなく、毎日人を殺し続けたが、荒んだ心は少しずつ穏やかになっていった。

 明日の命があるかわからない地獄の中で心を取り戻せたのは、姫君のおかげだった。初めて中庭で出会ったとき、薄紅色の異国の花びらに吹かれながら私に話しかけた姫の姿が心に焼きついていた。何年も戦地で暮らし、いつまでも終わらない戦いに絶望を感じていた。あの日を境に絶望を感じるといつも姫のことが頭に浮かんだ。次に姫君に会えるのを楽しみに生きていくようになった。

 あの頃は王女とともに暮らしたいなどと大それたことは思っていない。ただ、彼女が隣国に嫁ぐまで、できるだけ多く姿を見ることができたらいいと思っていた。

 宮中に呼ばれた時はいつも中庭に行き、姫が来るのを期待した。約束したわけではないが、いつも姫は中庭に来た。宴の時と違う軽装の姫も美しく、季節ごとに咲き誇る花々の中に姫が佇む姿に見とれた。

 季節や宮中の行事などたわいもないことを話した。年が近いこともあり、姫は気を許して話してくれたため、私も自然に話すことができた。

 そのうち姫は国の政や財政などのことを話すようになり、お互いに考えを話すようになった。私は都から離れていたため、政に詳しくなかった。しかし、見識が広い姫の聡明さに感服し、姫が自分の考えを熱心に聞いてくれるのがうれしかった。

 そのうち、父と私が宮中の宴に呼ばれることが多くなった。姫は私を信頼して細かな宮中の悩み事も話してくれるようになり、喜びを感じていた。姫は友人がいなかったため、私を友人のように思ってくれているのではないかと自惚れた。たわいもないことを語り合えるようになったことがうれしくて仕方がなかった。

 夏の暑さが終わる頃、姫は寂しそうな顔を見せるようになった。

「お顔の色が優れないようですが、何かお気にかかることがございますか?」

 私が尋ねると、姫は悲しそうな笑みを浮かべていた。

「先日、父にとともに隣国に行ってきたのです。そちらの王太子ともお会いしたのです。」

「隣国の王太子は賢いお方で、心やさしいと伺っています。」

 胸が痛むような感覚があったが、私は平静を装った。

「はい、本当に心やさしい方でした。このような方と一緒になれれば幸せになれるのではないかとも思いました。」

「よいことではありませんか。王太子との縁談は陛下も隣国の王も望んでおられます。これほどの良縁はありません。」

「おっしゃる通りです。この国と隣国の結びつきを強めるためにはこれ以上の手段はないですし、王太子も申し分のない方です。もったいないことに、私を妻に望むと直接言ってくださいました。」

 姫はうつむきながら話していた。

「それでは、何をお悩みになっているのですか?」

 姫は顔を上げ、私を見つめた。

「私は、この国を離れたくないのです。国のために、王族は務めを果たさなければなりません。この国のためなら私は何でもしたい。でも、この国を離れたくない。自分が好きなこの国にずっと住んでいたいのです。」

 涙ぐむ姫に私は何も言えなかった。

 

 楓の葉が色づき始めた頃、姫が国にいることを望んだために隣国との縁談は白紙となったことが皆に知らされた。国内から姫の伴侶を選ぶと思われたため、宮中は姫との婚姻を望む貴族たちによりやや騒がしくなった。

 私は、姫が異国に嫁ぐ話がなくなったことで喜んでいた。国に残るのであれば、嫁いでからもお目にかかることができる。それだけで満足していた。

 そして、一月もしないうちに私は王に直接呼ばれた。会議に出席する父とともに都に来ていた。なぜ私のような者を呼ぶのか全く疑問に思わずに王のもとに伺った。

「慌ただしく都に来てすぐに呼び立ててすまなかったな。」

「いえ、滅相もございません。」

 王は一呼吸おいて話し出した。

「姫が中庭でそなたと話すが楽しいと申しておった。都に来るといつも姫の話し相手になってくれているそうだな。」

 私と親しくしていることが姫の縁談の妨げになっているのだろうか?

「中庭の美しさに誘われて通ううちに、いつもいらっしゃる姫に声をかけていただくようになりました。もし、差し支えるようでありましたら、今後中庭には伺いません。」

「いや、そのようなことではない。今王族は姫しか女がおらず、話し相手がいないのを不憫に思うておったのだ。そなたが相手になってくれているのをありがたいと思っている。そなたが中庭に行かなくなってしまったら私が困る。」

 訳がわからず、私は黙っていた。

「そなたも聞いていると思うが、姫は国内にとどまることとなった。それで、姫と歳が近いそなたの話を聞きたい。率直に言って姫のことをどう思う?」

「姫君ですか? 普段都にいない私が申すのは差し出がましいことですが、私が知っている中で一番聡明な女性で、心が清らかな方だと思います。臣下の私どもへの心遣いも細やかでありがたく、また朗らかなご性格で姫君の姿を見るだけで皆明るい気持ちになります。」

「そうか。姫を皆がどう思っておるかはわかった。だが、そなた自身はどう思っておる? 歳が近い男として、姫は女性としてどう思うか?」

 思いがけない問いであったが、姫の縁談を決めるうえで候補でない者の意見を聞くため私を呼んだのではないかと思った。

「女性として姫君以上の方はいらっしゃらないと思います。姫君は聡明さと明るさで、伴侶となる方をどんな困難があろうとも支えるでしょう。姫の知性があればこの国を治めることもできると私は思っています。」

「それでは、姫はそなたの目から見ても申し分のない嫁になると思うか?」

「勿論です。姫君とご結婚される方は幸せになられると思います。」

「それでは、そなたが姫と一緒になってくれないか。」

庶民出身の総司令官の息子に過ぎない私が王女と婚約するなど思いもしない。だから、私はしばらく呆然とした。

「ご冗談はおよし下さい。私は庶民です。母が大臣の娘と言えど、そのような身分で姫の伴侶になれません。」

「総司令官は確かに貴族でない身分から今の地位に上り詰めた。生まれは庶民かもしれないが、宮中の役職に就いた時点で貴族である。だからそなたも貴族だ。宮中に仕えながら自分を庶民などと思うことは許さない。」

 信じられない気持ちで王の話を聞いていた。

「幼い時から姫を見てきたが、姫が心を開いたのは王妃を除けばそなただけだ。姫を伴侶に望む者が多く、文や贈り物で姫の気を惹こうとしている。その中にそなたがいないことも知っている。しかし、私は姫が望む者を婿に選びたい。そなたは、先ほど姫と結婚したものは幸せだと申した。それはそなたが結婚した時もそう感じてくれるのではないか?」

「確かに、いえ、しかし……。」

「そなたは姫を望んでいる素振りは見せぬ。しかし、そなたが姫を望まなかったのは、姫を好ましく思っていないからではないと思っている。」

「それは、確かに姫君はすばらしい女性だと思っております。しかし、私は姫君と結婚できるなどと考えたことはありません。」

「忠誠心の高いそなたなら、姫を嫁にしようとは考えなかったであろうな。」

 王は冷めたお茶を飲みほして話を続けた。

「姫に隣国との縁談があるうちは、姫を一人の女性として嫁がせようと思っていた。しかし、隣国で王族として暮らすことを考えて一通りのことを教え込んだら、思いのほか覚えがよかった。この国にいるのであれば、姫を政から遠ざけるのは惜しい。」

「それでは、姫に王位をお譲りするおつもりなのでしょうか?」

 それは私も考えたことがあった。今の王太子は王族の傍系に過ぎない。控えめで、誠実で好感のもてる方だが、宮中で暮らしたことはなく、政には疎いように思えた。また、王太子の両親はすでに他界しており、確かな後見はいない。その状態で王太子が即位するのは無理があった。

「王太子は王位を望んでいない。むしろ都を離れて暮らしたいと申しておる。王族であるが傍系であり、今は政に関わっていない家柄だ。王太子が拒んだため宮中に住ませず、そのため今も政への知識も関心もない。王太子に王位を継がせるのも酷だと思うようになった。」

「しかし、姫君は女性であります。王位の負担は男性よりも重いでしょう。また、法により女性は王位を継げません。」

「分かっている。だが、法であれば時勢に合わなくなったのであれば変えることもできる。また、姫も支えてくれる者がおれば王として務めを果たせると思っている。」

「私のことを認めてくださるのはうれしく思いますが、姫君の支えとなれるような技量は持ち合わせておりません。また、姫君が私を伴侶に望むことはないでしょう。」

「私は、王となった姫を支えられるのはそなたしかいないと思っている。そなたなら姫を慈しみ、ともに国を栄えさせてくれるだろう。また、私は姫を望まぬ相手に連れ添わせるつもりはない。姫の気持ちはわかっている。今返事をする必要なない。後日返事を聞かせてくれ。」

 私は王の言葉に頭が真っ白になっており、王に暇を告げる際に何を話したか覚えていない。家に帰りついてから王の話したことを理解した。そして、我を忘れて歓喜した。

 姫君とともに生きていける。愛する人と都で暮らせる。王女とともに国をまとめる務めを果たさなければいけないのはわかっていた。何の経験もない私には困難なことだ。しかし、私はシビルとともに暮らせるだけでうれしかった。

 その時になって、シビルへの気持ちがただの敬意ではなく恋慕であることに気づいた。初めて会ったその日から私はシビルを慕い、その気持ちを抑えてきた。

 シビルの気持ちを確かめたことはない。王の「姫の気持ちはわかっている。」という言葉をそのまま信じた。シビルも自分と同じ気持ちであると、あの日まで信じていた。

 私がもし直接シビルの気持ちを確かめていたら、あの悲劇は防げたのかもしれない。シビルが私に好意を寄せていないことを知れば縁談を断った。そうすれば、シビルとの婚約に心を奪われて、父の動向に全く気づかないということもなかっただろう。そのことが今も悔やまれる。



桔梗の花言葉:清楚、誠実、変わらぬ愛

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ