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風に舞う姫  作者: 都萌
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霧氷

 十三歳の時、やさしかった母が亡くなった。母方の祖父もすでに亡くなり、母の実家の大臣家は跡取りがいないため断絶していた。そのため、母の葬儀はささやかなものだった。

 葬儀が終わり一ヶ月も経たないうちに私は北の僻地に連れていかれた。一兵士として。

 剣の稽古は幼い頃からしていたが、それまで戦地には一度も行ったことはない。常に激戦が続く国境の光景は、私の想像を超えるものであった。

 そのような危険な地に身分の高い者はほとんどいない。貧しく、生きるために軍に入り、運悪く激戦地に行くことになったものがほとんどだった。いつ殺されるか分からず、精神的に追い詰められ、ほとんどの兵士が堕落していた。

 都で育った私が知っている兵士は、近衛兵や要人の護衛部隊であった。兵士は誇り高く、国民のために自分を犠牲にすることを辞さないものと思っていた。しかし、僻地では自分が殺されないために戦うが、自分の快楽にしか興味がない兵士がほとんどだった。

 無秩序な敵にただ攻められる理不尽さより、誇り高いと思っていた我が国の兵士が堕落していたことに衝撃を受けた。総司令官の息子である以上、軍人になるしかないと幼い時から思っていた。しかし、このような堕落した場所で働くことになるとは思っていなかった。

 私には一人の部下が付けられた。私より五歳程年上で、詳しいことは分からなかったが立ち振る舞いから貴族であることは間違いなかった。アレクセイとの名前から考えると、異国の生まれだろうか。

 戦うときにすぐそばにいるため、初めて戦いを経験する私には心強かった。どこに行くにもついて来るのは煩わしかったが。

 少し僻地での戦いに慣れてきた頃、夕食の後に基地の外に出た。その時、服が乱れた女性が大声で歌いながらよろよろと歩いて来るのが見えた。不自然に笑っており、世間知らずの私にも気が振れていると思った。

「あれは?」

 思わずアレクセイに聞いた。

「兵士に乱暴を受けて、気が振れてしまったのでしょう。戦いのストレスのためか女性に乱暴する兵士が多く、いくら総司令官が注意しても減りません。また、そのような狼藉をする兵士が多すぎて誰がやったのか調べるのが難しい。村の女性には気の毒ですが、そのようなことが後をたちません。」

 私には信じられない話だった。何の罪のない女性の多くがそのような目にあっているとは。軍が民を守るどころか、痛めつけている。

私はその時、猛烈に腹を立てていた。

「私が女性に乱暴する兵士に対し腹をたてていて、犯人を見つけたら最前線で戦わせると兵士たちに伝えてくれ。」

「しかし、実際に犯人を見つけることは難しいですし、兵士の配置はあなたさまの権限でありません。」

「そんなことはどうでもいい。総司令官の息子である私に権限があると思わせれば、このようなことがもう二度とおこらないだろう。自分だけが大事な者が多いからな。総司令官の息子であることを盾に横暴な真似をしていると思われても構わない。」

 苦笑いしたアレクセイに乱暴に言い捨てて、私は部屋に戻った。私がこれほど腹を立てたのは初めてだった。

 アレクセイがどのように噂を広めたかは知らない。だが、数日の内に兵士たちが私の前では堕落したところを見せなくなった。村への狼藉はなくなった。その後、国軍の規則を全兵士に配った。おそらく読んだことのない者が多かっただろう。私の前で国の軍らしくないところを見せれば処分されると思わせたことで、兵士は自分から規則を守るようになった。私は時折散歩がてらに兵舎を回るだけであったが、兵士たちには恐れられた。堕落していた軍は表面的には統率された組織となった。

 今思えば子どもながらに勝手をしたが、父は黙認していた。父も兵士の狼藉には頭を抱えていたが、方法が思いつかず防げなかったのだろう。

 総司令官の息子という立場を使って、軍を自分の居心地のいい組織に変えた。戦いは楽になることなどなかったが、堕落した組織を統率させたことで不愉快な思いをすることは減った。父は愛想も悪く、兵士たちには恐れられていたため、子どもに過ぎない私も簡単に兵士に恐れられたのかもしれない。

 ただ戦うだけの、明日があるか分からない日々であった。夢もなく、早く軍に入れられた理由もわからずにやる方ない思いをしていた。それでも姫に会うまでの四年間を耐えられたのは、戦いの時以外は過ごしやすくなったからだ。

 私がしたことは、都育ちの融通がきかない若者が向こう見ずにやったことがうまくいったにすぎない。環境を自分の好むように変えたに過ぎないが、王や姫に評価されたのは皮肉なことかもしれない。自分の将来が変わることになるとは考えていなかった。また、国中が悲劇に陥ることになるとは知るよしもなかった。


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