風光る
初めてシビルに宮殿で会った後、すぐに国境に戻った。
私は戦地がどうしても好きになれず、日常的に攻められ戦わなければならない自分の勤めも嫌いだった。十三歳でこの地に来ても、早く戦に出して慣れさせるという父の思惑はうまく行かなかった。
しかし、自分の国を守りたい気持ちはあり、また攻められれば応戦するしかなく、初めて戦いを知ってからずっと自分の手を血で汚してきた。
国境を守る兵はほとんど家の貧しい志願兵で、ただ自分の快楽を求める堕落した生活をしていた。身分の高い上官は国を守っているという誇りに満ちた人間が多かったが、私はそのような気持ちには全くなれなかった。今思えば孤独だったのかもしれない。
総司令官の息子という身分を使い、自分が思うように事を進める事も多かった。他の兵士よりは境遇はよかったと思う。しかし、軍全体を統率する身でありながら僻地にばかりいる父を全く理解することができなかった。
その後、国王から父に宴の誘いが来ることが多くなり、私も宮中に出仕することが増えた。特に宮中での勤めもなく、都では心を休めることができた。
四季折々の風景が楽しめる宮殿の中庭は、荒んだ心を慰めてくれるようで好きだった。父は宮中の華やかさを嫌ったが、私はそれを気にすることなく、宮中を訪れた時は必ず中庭へ行った。
あの日も宴の前に中庭を訪れた。すでに先客がいた。立ち去ろうとした時、彼女が振り返った。
「ジェイド様、お久しぶりです。都にお戻りだったのですね。」
澄んだ明るい声を中庭に響いた。
「はい、今夜の宴のお誘いをいただき、父と都に戻っておりました。」
姫君にそのようなところで出会うと思ってなかったため、緊張していたのを覚えている。
「お勤めご苦労様です。お若いのに厳しい地でご活躍されて尊敬いたします。」
王女が臣下に敬語を使うのを不思議に思いながらも、その声は心地好く心に響いた。
「いえ、父にただ従っているだけで、私は何も。」
「何をおっしゃいます。ジェイド様が兵士の乱れを正したと皆が感心していますのに。」
熱心に私を褒めるのを信じられない気持ちで聞いていた。
「いえ、自分が気に入らない習慣を変えさせただけですので。」
「今まで誰も正せなかったことを数週間でやめさせたと、父も驚いておりました。都にもそのような人材がほしいと。私もあなたのような才覚がほしいです。」
「そのようなことはございません。それにシビル様の方がお忙しいでしょう。本家には女性がお一人しかいないので、お勤めが多く大変だとお見受けします。」
「王家にとって女は飾りのようなものですから、仕事と言えるようなことはしておりません。形だけの役割が多いですし、いずれは他の家に嫁ぐ身なので。」
姫はどこか寂しげだった。
「今度の滞在は長いのですか?同じ年頃の親しい方がいないので、またお話しできたらうれしいのですが。」
「私も都にゆっくりと滞在したいのですが、明日は国境に戻らなければなりません。来月は長く都にいる予定です。」
「お忙しいのですね。来月は母の法要に合わせて来て下さるのでしょうか。父も亡き母も喜びます。ありがとうございます。」
「五年の節目の年ですから、私こそ都で亡き王妃を偲ぶ集まりに呼んでいただけて光栄です。」
私が戦場に立ったのも五年前だった。あまりよい思い出ではないが。
「私の母よりもあなた様のお母君の方が王妃に相応しいお家柄でしたのに、そう言っていただけてうれしいです。」
姫君は私の父と母がどのようにして結婚したか知っているのだろうか。
「母は王妃のような荷の重い立場にはなりたくなかったので、それでよかったのです。作法に厳しく重苦しい家だったので、嫁ぐ前はいつも気が滅いるようだったと申しておりました。」嫁いだ後もあの父のせいで苦労が絶えなかったが。
「お母様のような優しく控えめな方が王妃には相応しかったのでしょうね。ジェイド様のあたたかさはお母様譲りなのでしょう。お母様も今年で五回忌ですね。」
「はい。流行やまいでかなりの方が亡くなりました。」
「私も同じ病になるのではないかと恐れていたのを覚えています。あれから病が流行らないはよいことです。このまま穏やかに暮らせたらよいのですが。」
「陛下は治めておられる以上国が乱れることはないでしょう。ほかの国も陛下が後を継がれてからは攻めてこようとしません。辺境での小競り合いはありますが、国の本軍が攻めてくることがないので、兵士としては安心して任務にあたれます。」
「ジェイド様のお父様が総司令官になられたからでしょう。他国の兵士は総司令官を恐れてこの国と争いたくないのです。自分の国が逆に占領されるかもしれないと思っていますから。北の辺境は違いますが。」
北の辺境は確かに国が定まっておらず、守るべきもののない荒れくれどもが攻めてくるため、動きが予想できず守りにくい。理由もない争いが続いている。
「北の辺境は乱れたままですが、国が安定しているため国全体を脅かすものではありません。近くの民が巻き込まれる恐れがあるため守りを固めなければなりませんが、都は安泰であり、我々は安心して任務にあたれます。」
「父が都で政をできるのは、国境の守りが固いからです。本当に感謝しております。」姫君は西の方を振り返ってから私に笑いかけた。
「夕焼けが見える時間になってしまいましたね。お引止めして失礼いたしました。母の法要でお会いできるのを楽しみにしております。」
「こちらこそお会いできるのを楽しみにしております。」
姫君の後ろ姿を見ながら、私はいつになく穏やかな気持ちになっていた。私にとって彼女は可憐な花のようであり、美しい天使のようでもあった。この時は彼女が私の人生に影響を与える存在になるとは思ってもいなかった。