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風に舞う姫  作者: 都萌
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王宮の春

 あの日、私は父とともに王宮の宴に呼ばれた。僻地での勤めに心身疲れており、内心気が進まなかったが、王直々の招待を断ることはできなかった。

 いつ戦が始まっても不思議ではない所にずっといたため、王宮に入っただけで別世界に来たように思えた。花が咲き乱れ、人々が笑顔を交わすような場所は始めてだった。

 父は無表情だったが、王宮の空気に酔っていた私は気に留めることもなかった。今思えば、私は死んだ母がいた世界に浸りたかったのかもしれない。

 庭を通って、宴の間に入った。宴が始まってからはお酒が入ったことで和やかな雰囲気が活気づいた。

王はそれぞれが座っている席を回っていた。不用心だとは思ったが、信用される者しか呼んでいないのだろうと思った。

「これが総司令官の自慢の子息か。」気づいたら後ろに王がいた。

「いえ、自慢どころか、至らぬ所ばかりで。」父は硬い表情で答えた。それを聞きながら、父が望むよう な人間にはなりたくないと思った。

「いやいや、若いのにもういくつも手柄があったと聞いている。まだ17歳とは思えないとな。」

「未だ本格的に戦は経験していないですからな。実地で役に立つかどうかは分かりません。」父が素っ気なく答えた。

「そんな謙遜して。子息がしっかりしていて、羨ましいばかりだ。うちの娘はおてんばでどうしようもないからな。」

「何をおっしゃいます。王妃の生き写しのかわいらしい姫君ではありませんか。」

「顔だけは妃に似たのだが。もう縁談が決まる年になったのに遊んでばかりで先が思いやられる。今日もおとなしく部屋にいるように申したのに、宴に来ると申して聞かなくてな。」

 その時、にぎやかだった宴の間がさっと静かになった。ふと入口を見ると、一人の少女が現われた。時が止まった。

 まるで光をまとって舞い降りたかのように。彼女の笑顔は天使を思わせた。方々に声をかけながらこちらに歩いて来る。

「全く幼児の時と変わらず人懐っこくて困る。もっとしとやかに育ってほしかたものを。」

 王がそうおっしゃるのを聞いて、初めて王女であると気づいた。私のような者には手の届かない存在。それでも、姫の姿から目を離すことはできなかった。

 そして、私たちの席に来た。

「今宵、楽しんでおられますか、総司令官殿。」

「はい、殺風景な土地から戻ってきたばかりなので、王宮は天国のように思えます。」

「大変なお勤めをご苦労様です。今日はゆっくりなさって行って下さい。明日には僻地に戻られると聞きました。」

「そうさせていただきたいと思っております。お気遣いいただき、かたじけない。」

 父が女性に頭を下げているのを始めてみたので、驚いた。

「そちらは、ご子息でございますか? 初めてお目にかかりますね。」

 私に声がかかると思ってなかったので、正直慌ててしまった。

「はい、ジェイドと申します。王宮にあがるのは、今日が初めてですので。」

「その若さでかなりの手柄をあげていると、最近では都であなたを知らない人はいないですよ。国の平穏が保てているのも、お二人の力があってのこと。誠に感謝しております。」

「いえ、私は父についていただけで、特に働いておりません。」

「また謙遜なさって。そういえば、お顔立ちはお母君に似てらっしゃるのでしょうか? 幼いころお母君にお会いしたことがあって。」

「息子は、私よりも亡き妻に似ているようです。顔だけでなく、性格も似ていて、軍人には向かないのでしょうが。」 父がそっけなく言った。

「やはりそうでしたか。初めてお会いしたのに、懐かしい気がいたします。」

「ありがとうございます。母が亡くなって四年が経ちます。久しく母の話をすることもなかったので。」

「僻地に戻られたらこちらに来ることもないでしょうが、都に戻られたら王宮にお寄り下さいね。王宮は年配の方が多くて、ありがたいお話をいっぱい聞けるのですが、若い方がいないとつまらなくて。」

「はい、今度都に戻ったときには伺います。」

「それでは、また。今度は若い者だけでお話しましょうね。」

「ありがとうございます。お話しできるのを楽しみにしています。」

 天使はにこやかに笑いながら、隣席の客の所へ行った。王も王女とともに客席を回っている。

 心が荒む生活を続けていたので、彼女と話して心が表れる気がした。

 また、都に戻れば、話ができるのだろうか?

 父は無言のまま、自分で酒を注いでひたすら飲んでいる。

「王女に心を奪われてはならぬぞ。」 父が顔色を変えないままつぶやいた。

「王女は、隣国の王子との婚姻が決まろうとしている。将来、隣国の王妃になる方だ。所詮我らの手の届く人ではない。」

 そんなことは言われなくても分かっている。ただ、また会えれば、話ができれば、どんなにうれしいだろう。そう思っていた。彼女が人々に笑いかける顔を見ながら。

 そのときは、なぜ父が不機嫌であったのか、何を酒で忘れようとしていたのか、私は気づこうともしなかった。


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