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「また嫌な予感か」と笑われて追放された荷物持ちですが、新しい仲間は私の言葉を信じてくれます

作者: よみなぎ
掲載日:2026/09/08

「ミナ。お前、今日でパーティーを抜けろ」


 ダンジョンから帰ったばかりの冒険者ギルドで、リーダーのガルドは突然そう言った。


「……え?」


「聞こえなかったのか? 追放だよ、追放」


 何を言われたのか理解するまで、少し時間がかかった。


 私たちは四人組の冒険者パーティーだ。


 剣士のガルド。弓使いのロイ。治癒術師のエマ。


 そして、荷物持ちの私。


「どうして……?」


「どうしてって、お前、自分が何やってるかわかってるか?」


 ガルドが呆れたように笑った。


「荷物を持つだけ。戦えない。おまけに臆病で、すぐ『そっちは嫌な感じがする』だの『今日は帰った方がいい』だの言い出す」


「でも……」


「今日だってそうだろ。東の通路に行けばもっと稼げたのに、お前が嫌だ嫌だってうるさいから引き返した」


 確かに言った。


 理由を聞かれても説明できなかった。


 ただ、東の通路を見た瞬間、背筋がぞくりとしたのだ。


 こういうことは昔からよくあった。


 胸の奥がざわざわする。


 足が進むのを嫌がる。


 理由なんてない。


 だから私はいつも同じことしか言えなかった。


『なんとなく嫌な予感がする』


 当然、ガルドたちは面白くなかっただろう。


「ちょうど魔術師のリリアが俺たちに入りたいって言ってる。あいつなら戦える。五人で報酬を分けるくらいなら、お前を外して四人のままの方がいい」


「荷物は……?」


「分担すりゃいい。それくらい誰でもできる」


 何も言えなかった。


 その通りだと思ったからだ。


 私は戦えない。


 剣も魔法もろくに使えない。


 せめてみんなの役に立ちたくて、荷物を持って、食事を用意して、装備の手入れをしてきた。


 それでも足りなかったらしい。


「……わかりました」


「そうか。じゃあ、今日の報酬がお前の最後の取り分だ」


 ガルドから銀貨の入った袋を受け取る。


 三年間所属していたパーティーを抜けるのは、それだけで終わった。


     ◇


 翌朝。


 私は冒険者ギルドの依頼掲示板の前にいた。


「仕事、探さないと……」


 落ち込んでいても宿代は必要だ。


 けれど一人で魔物を倒せるほど強くない。


 どうしようかと悩んでいると、近くから声が聞こえた。


「参ったな。荷物持ちだけでも雇うか?」


「今日を逃すと依頼の期限に間に合わないぞ」


 三人の冒険者が話している。


「あの」


 思い切って声をかけた。


「荷物持ちを探しているんですか?」


「ああ。仲間が一人、怪我しちまってな」


 答えたのは、大きな盾を背負った男だった。


「私、できます」


「冒険者か?」


「はい。昨日まで別のパーティーで荷物持ちをしていました」


「そりゃ助かる。俺はディルクだ。報酬は四等分でどうだ?」


「え?」


 思わず聞き返した。


「四等分?」


「四人で仕事するんだから当然だろ?」


「でも、私は荷物持ちですよ?」


 ディルクは不思議そうな顔をした。


「だから?」


 それ以上は何も言えなかった。


 今まで私の取り分は、他の三人よりずっと少なかったから。


     ◇


 私たちが向かったのは、街から半日ほどの場所にある古い地下遺跡だった。


 依頼は遺跡の奥に生える薬草の採取。


 難しい依頼ではないらしい。


「ミナ、この先はどっちだ?」


 分かれ道でディルクが地図を広げた。


「地図では右ですね」


「じゃあ右だな」


「あ……」


 右の通路を見た。


 ぞくり。


 まただ。


「あの」


「どうした?」


「右……嫌な感じがします」


 三人が私を見る。


 やってしまった。


 昨日まで散々怒られていたことを、また言ってしまった。


「すみません。根拠はないんです。ただ、なんとなく……」


「なるほど」


 ディルクは少し考えた。


「左から行こう」


「え?」


「何か問題あるか?」


「い、いえ。でも地図だと右の方が近いです」


「急ぐ依頼でもない。わざわざ嫌な予感がする道を選ぶ必要もないだろ」


 それだけ言って、ディルクたちは左へ進んだ。


 怒られなかった。


 それだけで少し驚いた。


 しばらく進む。


 薬草を採取し、帰り道に差しかかったところで、遠くから大きな音が響いた。


 ズズズズズ――。


「なんだ!?」


 遺跡全体が小さく揺れる。


 ディルクが周囲を確認した。


「今の方向……右の通路じゃないか?」


 仲間の一人がつぶやく。


 帰りに確認すると、右の通路は途中から完全に崩れていた。


「これ……」


 ディルクが崩落した通路と私を交互に見る。


「ミナ。これが『嫌な感じ』か?」


「わかりません」


「今までもあったのか?」


「はい。でも、いつも何も起きないので……」


「何も起きない?」


「私が嫌だと言った道には行かなかったので」


 三人が黙った。


 あれ?


「ちょっと待て」


 ディルクが眉を寄せる。


「他には?」


「他?」


「嫌な予感だよ。道以外にもあるのか?」


「ありますけど……」


 そのときだった。


 また胸がざわついた。


「止まって!」


 思わず大声を出した。


 三人が足を止める。


 直後。


 目の前の床から無数の針が飛び出した。


「…………」


 沈黙。


 私は青ざめた。


「ご、ごめんなさい。急に大声を――」


「謝るところじゃねえ!」


 ディルクが叫んだ。


「ミナ! お前、それ《危険察知》じゃないのか!?」


「危険……察知?」


「希少技能だよ! 斥候でも罠を見落とすことはある。だが危険そのものを感じ取れる奴は滅多にいない!」


「でも、私は何が危険なのかわかりません」


「十分だ!」


 即答された。


「『この先で何か起きる』とわかるだけで、探索じゃとんでもない価値がある!」


「価値……?」


「あるに決まってるだろ!」


 そんなことを言われたのは初めてだった。


     ◇


 それから数日、私はディルクたちの仕事に同行した。


 最初は臨時の荷物持ちだったはずなのに、いつの間にか扱いが変わっていた。


「ミナ、こっちは?」


「大丈夫だと思います」


「よし、進むぞ」


「この扉は?」


「……ちょっと嫌です」


「触るな。迂回路を探そう」


 誰も私を疑わない。


 嫌な予感がしたら止まる。


 何も感じなければ進む。


 それだけで探索速度が上がった。


 怪我も減った。


 罠を解除するための道具や治療薬の消費まで減った。


 そして私は、正式にパーティーへ誘われた。


「本当に私でいいんですか?」


「逆に聞くけど、なんで駄目なんだ?」


「戦えませんし……」


「俺たちは戦える」


 ディルクは笑った。


「だからお前まで戦う必要はないだろ」


 その言葉を聞いたとき、胸の奥にずっと引っかかっていたものが、少しだけ消えた気がした。


     ◇


 その日の夕方。


 ギルドに戻ると、妙に騒がしかった。


「何かあったんですか?」


「ああ、地下迷宮で冒険者が大怪我したらしい」


 受付の人が教えてくれた。


「四人組なんだけどね。罠を踏んだところを魔物に奇襲されて……」


 嫌な予感がした。


 今度は能力とは違う意味で。


「パーティーの名前は?」


 聞いてみる。


 予想通りだった。


 ガルドたちだ。


「新しい魔術師が強かったから全滅はしなかったらしいけど、しばらく迷宮には入れないでしょうね」


 私は何も言えなかった。


 そして、思い出した。


 ガルドたちが向かった地下迷宮。


 以前、私も何度も一緒に入った場所だ。


『そこ、嫌な感じがします』


『またかよ』


『こっちの道にしませんか?』


『仕方ねえな』


 何度そんなやり取りをしただろう。


 何も起きなかったんじゃない。


 起きる場所へ行かなかったんだ。


 ようやく私自身も、それを理解した。


     ◇


 さらに三日後。


「ミナ!」


 ギルドを出ようとしたところで呼び止められた。


 ガルドだった。


 腕に包帯を巻いている。


「話がある」


「……何ですか?」


「戻ってきてくれ」


 あまりに予想外の言葉だった。


「リリアが抜けた。こんな危険なパーティーじゃやってられないってよ」


「そうですか」


「俺たちもわかったんだ。お前がいなくなってから、罠だの奇襲だのが急に増えた。今まで運が良かったんじゃなかった。お前が避けてたんだろ?」


 私は黙っていた。


「悪かった。お前の力を勘違いしてた」


 ガルドが頭を下げる。


 三年間、一度も見たことのない姿だった。


「報酬も増やす。他の奴と同じでいい。だから――」


「ごめんなさい」


 言葉が自然に出た。


「戻りません」


 ガルドが顔を上げる。


「なんでだよ!?」


「もう新しいパーティーに入ったので」


「そんなの抜ければいいだろ! 俺たちは三年も一緒にやってきたじゃないか!」


 三年。


 確かに長かった。


 役に立ちたいと思っていた。


 追放された夜には、何が悪かったのだろうと何度も考えた。


 もっと荷物を持てばよかったのか。


 もっと雑用をすればよかったのか。


 怖くても黙ってついていけばよかったのか。


 でも。


「私は、私を必要としてくれる人たちを大切にしたいんです」


「俺たちだって今は必要としてる!」


「今は、ですよね」


「……っ」


「それに私、もう荷物持ちじゃないんです」


 ガルドは何も言えなかった。


「待たせたな、ミナ」


 後ろからディルクたちがやってくる。


「今日は北の遺跡だったな」


「はい」


「頼むぞ。俺たちの命綱」


「命綱って……大げさですよ」


「大げさなもんか」


 みんなが笑う。


 私も笑った。


 ガルドにはもう何も言わず、その場を離れた。


     ◇


 北の遺跡には、入口からすぐに三本の道があった。


 私は一つずつ眺める。


 左。


 ぞくり。


 真ん中。


 もっと嫌。


 右は――。


「右です」


「よし」


 ディルクは迷わなかった。


「ミナを信じて右だ」


 誰も疑わない。


 誰も「またか」とため息をつかない。


 私はもう、大量の荷物を背負って最後尾を歩いてはいなかった。


 みんなと同じ場所を歩いている。


 私の言葉を待ってくれる仲間がいる。


 ずっと役に立ちたいと思っていた。


 そのためには、もっと頑張らなければいけないと思っていた。


 でも、違ったらしい。


 私にも最初から、ちゃんと価値があったのだ。


「ミナ、どうした?」


「なんでもありません」


 私は笑って、右の道を指さした。


「行きましょう」


 必要とされるって、こんなに嬉しいことだったんだ。


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