「また嫌な予感か」と笑われて追放された荷物持ちですが、新しい仲間は私の言葉を信じてくれます
「ミナ。お前、今日でパーティーを抜けろ」
ダンジョンから帰ったばかりの冒険者ギルドで、リーダーのガルドは突然そう言った。
「……え?」
「聞こえなかったのか? 追放だよ、追放」
何を言われたのか理解するまで、少し時間がかかった。
私たちは四人組の冒険者パーティーだ。
剣士のガルド。弓使いのロイ。治癒術師のエマ。
そして、荷物持ちの私。
「どうして……?」
「どうしてって、お前、自分が何やってるかわかってるか?」
ガルドが呆れたように笑った。
「荷物を持つだけ。戦えない。おまけに臆病で、すぐ『そっちは嫌な感じがする』だの『今日は帰った方がいい』だの言い出す」
「でも……」
「今日だってそうだろ。東の通路に行けばもっと稼げたのに、お前が嫌だ嫌だってうるさいから引き返した」
確かに言った。
理由を聞かれても説明できなかった。
ただ、東の通路を見た瞬間、背筋がぞくりとしたのだ。
こういうことは昔からよくあった。
胸の奥がざわざわする。
足が進むのを嫌がる。
理由なんてない。
だから私はいつも同じことしか言えなかった。
『なんとなく嫌な予感がする』
当然、ガルドたちは面白くなかっただろう。
「ちょうど魔術師のリリアが俺たちに入りたいって言ってる。あいつなら戦える。五人で報酬を分けるくらいなら、お前を外して四人のままの方がいい」
「荷物は……?」
「分担すりゃいい。それくらい誰でもできる」
何も言えなかった。
その通りだと思ったからだ。
私は戦えない。
剣も魔法もろくに使えない。
せめてみんなの役に立ちたくて、荷物を持って、食事を用意して、装備の手入れをしてきた。
それでも足りなかったらしい。
「……わかりました」
「そうか。じゃあ、今日の報酬がお前の最後の取り分だ」
ガルドから銀貨の入った袋を受け取る。
三年間所属していたパーティーを抜けるのは、それだけで終わった。
◇
翌朝。
私は冒険者ギルドの依頼掲示板の前にいた。
「仕事、探さないと……」
落ち込んでいても宿代は必要だ。
けれど一人で魔物を倒せるほど強くない。
どうしようかと悩んでいると、近くから声が聞こえた。
「参ったな。荷物持ちだけでも雇うか?」
「今日を逃すと依頼の期限に間に合わないぞ」
三人の冒険者が話している。
「あの」
思い切って声をかけた。
「荷物持ちを探しているんですか?」
「ああ。仲間が一人、怪我しちまってな」
答えたのは、大きな盾を背負った男だった。
「私、できます」
「冒険者か?」
「はい。昨日まで別のパーティーで荷物持ちをしていました」
「そりゃ助かる。俺はディルクだ。報酬は四等分でどうだ?」
「え?」
思わず聞き返した。
「四等分?」
「四人で仕事するんだから当然だろ?」
「でも、私は荷物持ちですよ?」
ディルクは不思議そうな顔をした。
「だから?」
それ以上は何も言えなかった。
今まで私の取り分は、他の三人よりずっと少なかったから。
◇
私たちが向かったのは、街から半日ほどの場所にある古い地下遺跡だった。
依頼は遺跡の奥に生える薬草の採取。
難しい依頼ではないらしい。
「ミナ、この先はどっちだ?」
分かれ道でディルクが地図を広げた。
「地図では右ですね」
「じゃあ右だな」
「あ……」
右の通路を見た。
ぞくり。
まただ。
「あの」
「どうした?」
「右……嫌な感じがします」
三人が私を見る。
やってしまった。
昨日まで散々怒られていたことを、また言ってしまった。
「すみません。根拠はないんです。ただ、なんとなく……」
「なるほど」
ディルクは少し考えた。
「左から行こう」
「え?」
「何か問題あるか?」
「い、いえ。でも地図だと右の方が近いです」
「急ぐ依頼でもない。わざわざ嫌な予感がする道を選ぶ必要もないだろ」
それだけ言って、ディルクたちは左へ進んだ。
怒られなかった。
それだけで少し驚いた。
しばらく進む。
薬草を採取し、帰り道に差しかかったところで、遠くから大きな音が響いた。
ズズズズズ――。
「なんだ!?」
遺跡全体が小さく揺れる。
ディルクが周囲を確認した。
「今の方向……右の通路じゃないか?」
仲間の一人がつぶやく。
帰りに確認すると、右の通路は途中から完全に崩れていた。
「これ……」
ディルクが崩落した通路と私を交互に見る。
「ミナ。これが『嫌な感じ』か?」
「わかりません」
「今までもあったのか?」
「はい。でも、いつも何も起きないので……」
「何も起きない?」
「私が嫌だと言った道には行かなかったので」
三人が黙った。
あれ?
「ちょっと待て」
ディルクが眉を寄せる。
「他には?」
「他?」
「嫌な予感だよ。道以外にもあるのか?」
「ありますけど……」
そのときだった。
また胸がざわついた。
「止まって!」
思わず大声を出した。
三人が足を止める。
直後。
目の前の床から無数の針が飛び出した。
「…………」
沈黙。
私は青ざめた。
「ご、ごめんなさい。急に大声を――」
「謝るところじゃねえ!」
ディルクが叫んだ。
「ミナ! お前、それ《危険察知》じゃないのか!?」
「危険……察知?」
「希少技能だよ! 斥候でも罠を見落とすことはある。だが危険そのものを感じ取れる奴は滅多にいない!」
「でも、私は何が危険なのかわかりません」
「十分だ!」
即答された。
「『この先で何か起きる』とわかるだけで、探索じゃとんでもない価値がある!」
「価値……?」
「あるに決まってるだろ!」
そんなことを言われたのは初めてだった。
◇
それから数日、私はディルクたちの仕事に同行した。
最初は臨時の荷物持ちだったはずなのに、いつの間にか扱いが変わっていた。
「ミナ、こっちは?」
「大丈夫だと思います」
「よし、進むぞ」
「この扉は?」
「……ちょっと嫌です」
「触るな。迂回路を探そう」
誰も私を疑わない。
嫌な予感がしたら止まる。
何も感じなければ進む。
それだけで探索速度が上がった。
怪我も減った。
罠を解除するための道具や治療薬の消費まで減った。
そして私は、正式にパーティーへ誘われた。
「本当に私でいいんですか?」
「逆に聞くけど、なんで駄目なんだ?」
「戦えませんし……」
「俺たちは戦える」
ディルクは笑った。
「だからお前まで戦う必要はないだろ」
その言葉を聞いたとき、胸の奥にずっと引っかかっていたものが、少しだけ消えた気がした。
◇
その日の夕方。
ギルドに戻ると、妙に騒がしかった。
「何かあったんですか?」
「ああ、地下迷宮で冒険者が大怪我したらしい」
受付の人が教えてくれた。
「四人組なんだけどね。罠を踏んだところを魔物に奇襲されて……」
嫌な予感がした。
今度は能力とは違う意味で。
「パーティーの名前は?」
聞いてみる。
予想通りだった。
ガルドたちだ。
「新しい魔術師が強かったから全滅はしなかったらしいけど、しばらく迷宮には入れないでしょうね」
私は何も言えなかった。
そして、思い出した。
ガルドたちが向かった地下迷宮。
以前、私も何度も一緒に入った場所だ。
『そこ、嫌な感じがします』
『またかよ』
『こっちの道にしませんか?』
『仕方ねえな』
何度そんなやり取りをしただろう。
何も起きなかったんじゃない。
起きる場所へ行かなかったんだ。
ようやく私自身も、それを理解した。
◇
さらに三日後。
「ミナ!」
ギルドを出ようとしたところで呼び止められた。
ガルドだった。
腕に包帯を巻いている。
「話がある」
「……何ですか?」
「戻ってきてくれ」
あまりに予想外の言葉だった。
「リリアが抜けた。こんな危険なパーティーじゃやってられないってよ」
「そうですか」
「俺たちもわかったんだ。お前がいなくなってから、罠だの奇襲だのが急に増えた。今まで運が良かったんじゃなかった。お前が避けてたんだろ?」
私は黙っていた。
「悪かった。お前の力を勘違いしてた」
ガルドが頭を下げる。
三年間、一度も見たことのない姿だった。
「報酬も増やす。他の奴と同じでいい。だから――」
「ごめんなさい」
言葉が自然に出た。
「戻りません」
ガルドが顔を上げる。
「なんでだよ!?」
「もう新しいパーティーに入ったので」
「そんなの抜ければいいだろ! 俺たちは三年も一緒にやってきたじゃないか!」
三年。
確かに長かった。
役に立ちたいと思っていた。
追放された夜には、何が悪かったのだろうと何度も考えた。
もっと荷物を持てばよかったのか。
もっと雑用をすればよかったのか。
怖くても黙ってついていけばよかったのか。
でも。
「私は、私を必要としてくれる人たちを大切にしたいんです」
「俺たちだって今は必要としてる!」
「今は、ですよね」
「……っ」
「それに私、もう荷物持ちじゃないんです」
ガルドは何も言えなかった。
「待たせたな、ミナ」
後ろからディルクたちがやってくる。
「今日は北の遺跡だったな」
「はい」
「頼むぞ。俺たちの命綱」
「命綱って……大げさですよ」
「大げさなもんか」
みんなが笑う。
私も笑った。
ガルドにはもう何も言わず、その場を離れた。
◇
北の遺跡には、入口からすぐに三本の道があった。
私は一つずつ眺める。
左。
ぞくり。
真ん中。
もっと嫌。
右は――。
「右です」
「よし」
ディルクは迷わなかった。
「ミナを信じて右だ」
誰も疑わない。
誰も「またか」とため息をつかない。
私はもう、大量の荷物を背負って最後尾を歩いてはいなかった。
みんなと同じ場所を歩いている。
私の言葉を待ってくれる仲間がいる。
ずっと役に立ちたいと思っていた。
そのためには、もっと頑張らなければいけないと思っていた。
でも、違ったらしい。
私にも最初から、ちゃんと価値があったのだ。
「ミナ、どうした?」
「なんでもありません」
私は笑って、右の道を指さした。
「行きましょう」
必要とされるって、こんなに嬉しいことだったんだ。




