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あの、メタなことを言ってもいいですか……? :約4000文字

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/06/17

「さてと、時間が来たようだな……。おい、探偵さんよ。そろそろ推理してくれよ」


 男は口元を歪め、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべて言った。その目は薄暗い室内でも獣のようにぎらついており、相手の出方を楽しんでいるような雰囲気が漂っていた。

 探偵は短く息を吐いて顔を上げた。


「……ええ、いいでしょう。犯人は……あなたです」


 静かでありながらはっきりとした声だった。探偵は一本の指をまっすぐ伸ばし、男へ突きつけた。

 指された男は一瞬目を見開いたが、すぐににやりと笑った。


「……で?」


「で、とは?」


「おれが犯人だって証拠があんのかよ」


「証拠……ですか。ええ、もちろんあります」


 探偵は腕を組み、部屋の中をゆっくりと歩き出した。部屋の中央を基点に、円を描くように足を運ぶ。古びた床板がぎしぎしと軋んだ。

 男もまた腕を組み、探偵の動きを目で追う。


「ほらほら、どうなんだよ」


「ええ、証拠ですよね……」


「おう。おれがその男を殺したって証拠をさっさと言えってんだよ」


 男は顎をしゃくり、部屋の中央を示した。

 探偵はちらりとそこへ視線をやりながら歩き続けた。窓の外では激しい雨が叩きつけるように降り続き、風が獣の唸り声のような音を立てている。だが、木の床の軋みがやけに耳についた。


「証拠……ね」


「おうよ。おれは部屋でずっと一人で寝ていたんだぜ。あいつとは顔も合わせちゃいねえよ」


「ええ……。ですが、それを証明できる人はいませんよね?」


「はっ。だがよ、おれがあいつと会ったって証明できるやつもいねえだろ。第一、凶器はなんだ? 何を使って殺したってんだよ」


「それはですね……その……」


「あんた、本当に分かってんのかねえ」


 男は鼻を鳴らし、挑発的な笑みを浮かべた。探偵はつまずき、転びかけた。


「だから、その……」


「適当こいてんじゃねえぞお。ほら早く言えよ」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……」


「あと十秒。まず凶器が何だったのかを言え。ほら十! 九!」


「で、ですからね」


「八! 七!」


「あの」


「六! 五!」


「ええと」


「四、三」


「だから」


「二、一、はい。おれのか――」


「あの!」


「あ? なんだよ」


 視線を泳がせていた探偵は、ごくりと唾を飲み込んだ。そして、じっと男を真正面から見据えた。


「……メタなことを言ってもいいですか?」


「……は?」


「この物語には僕とあなたしか登場していないんですよ。僕は探偵です。だから……あなたが犯人です」


 部屋はしんと静まり返った。窓を打つ激しい雨音と風の唸りだけが相変わらず響いている。

 しばしの沈黙。やがて男は大きく息を吸い込んだ。


「はあ!? お前、何言ってんだよ!」


「いや、ほんとに。申し訳ないんですけど、あなたが犯人です。ほいっ」


「ほいっ、じゃねえよ! そんな理由で納得できるか!」


「でも実際、あなたが犯人じゃないですか……」


「あのなあ、お前。こういうのはな……いや、いい。確かにここにはおれとお前しかいない。だがな、お前が犯人だって可能性も残っているじゃねえか」


「いいえ、あなたが犯人です。だって僕、探偵ですもん」


「だから、そんなの根拠にならねえんだよ!」


「なりますよ。僕が犯人だったら物語が破綻しちゃうじゃないですか」


「だからよお、その“物語”とかやめろよな……。お前、頭おかしくなったのか?」


「ええ、そうかもしれませんね。何せ、さっき人が死ぬところを見たんですからね!」


「見た? じゃあ、お前が犯人じゃねえか!」


「違いますよ! 犯人はそっちでしょう!」


「だから証拠は!」


「いや、突き飛ばしたじゃないですか!」


「突き飛ばしただあ? じゃあ死因はそれでいい。だがお前、その瞬間を見てねえだろ」


「だから見ましたよ! この目ではっきりと!」


「いや、他には誰もいなかったって言ってんだよ!」


「だから僕がいたじゃないですか! 知っているでしょう!」


「いねえって言ってんだよ! なんなんだ、その強行突破は。推理も何もねえじゃねえか!」


「でも、あなたが犯人じゃないですか! 物語的に探偵が犯人なわけないし」


「だからその『物語』ってのはやめろ! ほら、推理しろよ! おれが犯人だとして殺した動機はなんだ!」


「そんなの自分でも分かり切っていることでしょう!」


「だからそれを推理しろってんだよ! 方法! 動機! 証拠!」


「推理も何も、あなたが突き飛ばしたじゃないですか!」


「違えよ! あいつが勝手に足を滑らせたんだ!」


 二人は肩で荒い息をしながら睨み合った。やがて、探偵の膝がかくんと折れた。そのまま崩れ落ちるように床へ座り込み、肩を震わせた。嗚咽が漏れ、ぽたりぽたりと涙が床に落ちた。

 男はしばらくその様子を見下ろしていたが、やがて重いため息をつき、そっと探偵の肩に手を置いた。


「少し落ち着け。な?」


「すみません……先輩。怒鳴ったりして」


「いい、いい。ははは、ゲームのチョイスが悪かったな」


「ははは、そうっすね。二人しかいないのに推理ゲームなんて……」


 数時間前。

 山の中を歩いていた二人は、突然の嵐に襲われた。それまで薄曇りだった空はみるみるうちに色を変え、強烈な風が四方から吹きつけたかと思うと、次の瞬間には小石を投げつけるような勢いで雨粒が降り始めた。

 二人は慌てて山中を駆けた。泥に足を取られ、木の根に滑りそうになり、枝葉に顔や腕を叩かれ雨に視界を奪われながらも必死に突き進んだ。

 そうして、この古びた山小屋を見つけたのだった。

 扉を押し開けて中に飛び込むと、二人は濡れた帽子や上着を脱ぎ捨てた。床にどさりと腰を下ろした瞬間、同時に大きく息を吐いた。

 外では嵐が一段と激しく吠えていた。湿った木材と古い埃の匂いが鼻を衝く薄暗い室内。小屋全体が風雨に打たれて震え、どこかの隙間から風が笛のような音を立てて吹き込んでくる。

 妙な閉塞感と冷たさが満ちていく中で、二人はただ座り込んでいた。

 やがて男――先輩は足を小刻みに震わせている後輩を横目で見やり、気を紛らわせるつもりで「なあ」と軽い調子でゲームを提案したのだった。


「でもよ、お前、さっきマジになってただろ?」


「……それはその、すみません」


 後輩は小さく頭を下げた。


「頼むぞ、おい。事情聴取でいきなり『先輩がやりました!』なんて言うなよ? お前だって共犯なんだからな」


「そこはさすがに分かってます……はい……」


「頼むぞ、ほんと……いてて」


「どうしたんすか? あ、顔に傷が。さっき枝に思いっきり当たってましたもんね」


「ああ。あの野郎、散々逃げ回りやがって。おかげでここがどこかもわからねえじゃねえか」


「でもまあ、山小屋があったわけですし、近くに道があるんじゃないですか?」


「まあな。だが見た感じ、廃屋っぽいけどな」


 先輩はぐるりと室内を見回した。家具は一つもなく、黒ずんだ梁には蜘蛛の巣が幾重にも張りついている。取り壊されることすら忘れられた建物――そんな印象を受けた。


「しかしまあ、やっちゃったんですね……本当に」


 後輩がぶるりと肩を震わせた。顔を上げて笑みを浮かべたが、無理に口角を引き上げているのは明らかだった。それでもその表情にはわずかに達成感のようなものが滲んでいるのが見て取れた。


「ああ。でもよ、お前。後ろから殴りかかるってのに、『うわああ!』はねえだろうよ」


 先輩は顎を掻きながら、にやりと笑った。


「仕方ないじゃないですか。人を殺すんですよ……」


「あのときのお前の顔。ふははは!」


「やめてくださいよ。こっちは必死だったんですから」


「たくっ、お前が叫んだせいで、あいつに逃げられそうになったじゃねえか」


「先輩がすぐに押さえ込む手はずだったでしょ」


「お前が最初に一発きっちり入れてからの話だよ」


「まあ、なんとか崖際まで追い詰めて予定どおり落とせましたけどね。いやあ、焦った……うっ」


「どうした?」


「いや、死体を思い出したらちょっと気分が……」


 後輩は口元を押さえて俯いた。先輩はその様子を見て、呆れたように肩をすくめた。


「おいおい、しっかりしろよな。罪悪感に負けて自白しました、なんてのは勘弁だぞ。あいつは死んで当然のクソ野郎だ。お前だって散々いじめられてたじゃねえか」


「はい……そこは大丈夫だと思います」


「へへ、しかしあの野郎。よくのこのこ来たもんだ。まあ、まさか同僚に登山に誘われて殺されるなんて普通は思わねえか」


「舐めてたんでしょうね、きっと。先輩もあの人に金を借りていたんですよね? どうせまたこき使おうとか考えていたんですよ」


「ははは、なんだ。“加害者”の心理はよく理解しているじゃねえか。さっきの探偵役はぐだぐだだったのによ」


「もういいでしょう、ゲームの話は。……あ、先輩さっき『他には誰もいなかったって言ってんだよ』って言ってましたけど、あれって自白したようなもんじゃないですかね」


 後輩は顎に手をやり、口角を上げた。


「先輩、やっちゃいましたね」


「お前、うるせえよ!」


「いてっ」


「ははははは!」


「……ふふ、ははは!」


 二人は声を上げて笑い合った――そのときだった。

 小屋全体がぎしりと軋んだ。風のせいにしては重く、鈍い音だった。

 次いで、扉を叩く音が響いた。

 二人は同時に肩を跳ね上げ、顔を見合わせた。

 雨風の唸り声を押しのけるように、ノックが繰り返された。何度も。激しく。怒りに任せて叩きつけるように。

 後輩は青ざめた顔で扉を見つめ、震える声で言った。


「あ、あの、メタなこと言っていいですか……? これ、開けないほうがいい展開ですよね……? いや、でもこの場合って結局――」

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