二重の痺れ
「編集者のカキコミです」
場所は、無機質な仕事場へと変貌していた。 眼鏡をかけ、髪を端正に整えた女性編集者・トモヨが、冷めた瞳で語り始める。 その傍らには、売れっ子小説家「88888(ゴンパチ)」となった長男が、スポットライトの外で物思いに耽っている。
「この物語は、小説家88888の代表作『あのよ』。父の口癖『あのよー』と『あの世』のダブルミーニング・・・って、ダセー! 遺書が『友よ』なんて、使い古された設定をオリジナル気取って。仕事だからわかったフリしてますけど、良さなんて一ミリもわかりません」
対照的に、小説家88888は恍惚とした表情で語る。 「小説家の88888です。理想的な遺書のかたち、『友よ』。痺れるぅ・・・。・・・あれ? ちょっ、マジで痺れてきた・・・!」
彼は喉をかきむしり、よろめいた。 自作の台詞に酔いしれているのではない。文字通り、身体が物理的に「痺れて」いるのだ。
「たった一人の人気アイドルに気に入られただけでドラマ化され、調子に乗った彼は、各社の担当編集者と同時に交際していました」 トモヨは淡々と、倒れゆく小説家を見下ろした。 「でも、すぐにバレる。そして女性編集者の一人に、何か『痺れるやつ』で毒殺される・・・。あ、死んだようですね」
床に伏した88888が、不意にガバッと顔を上げた。 「ふぅ・・・うぅ・・・!」 死に際の執念か、彼は指先を血に染め、床に何かを書き記そうとする。 「ト・・・モ・・・」 最期の力を振り絞り、彼はダイイングメッセージを遺して、今度こそ静止した。
トモヨはその手元を覗き込む。 「しぶといなぁ。・・・今度こそ死んだようです。現場に残されたメッセージは・・・『友よ』」
彼女はその文字を拾い上げるように読み上げ、鼻で笑った。 「皮肉なものですね。心に刻んだ父の遺書と同じ名前の女に殺されるなんて。どこまでダブルミーニングが好きなんですか」
トモヨの表情から感情が消える。 「犯人の名前を漢字で書こうとして、トモヨの『ヨ』が思い出せなかったんでしょうか。付き合ってる女が多すぎて」
彼女は、床に書かれた「友よ」の文字を無造作に踏みにじり、紙を丸め潰した。 「愛って、あると溢れますけど、足りなくても滲み出るんですよね。・・・気付いてた。証拠は、私『トモヨ』が隠滅します」
冷徹な静寂の中、彼女の手元で「友よ」の二文字が、音を立てて握り潰された。




