走馬灯の特等席
眩いスポットライトが、清潔すぎる白を際立たせていた。
視界の端には、点滴のスタンド。中央には、不釣り合いな漫才マイク。
父は、そのマイクの前にぼんやりと立っていた。視線はどこか遠く、空にある「何か」を数えているかのようだ。
「はい、どうもー!」
舞台袖から勢いよく飛び出した長男は、隣で心ここにあらずといった体の父を見て、思わず足を止めた。
「何してんねん!? なんで一緒に出てけぇへんねん」
「いやぁ……」
「『いやぁ』やないわ。何してんねん言うとるやろ」
父は愛おしそうに目を細め、ゆっくりと口を開いた。
「あのよー、お前の小さい頃のこと、思い出してたんや」
「オレの? ……父さんかよ。急に情緒出してくんな」
「そや、父さんや。お前が1歳の時、初めて口にした言葉を覚えとるか?」
長男は少し毒気を抜かれた。普通なら「パパ」か「マンマ」だろう。
「1歳……『パパ』とかか?」
「『パパ』……」父は一度溜めてから、流れるような早口で続けた。「『パパ、人は何歳まで生きて、死んだらどこに行くの?』やったなぁ」
長男の顔が引き攣った。
「可愛げなさすぎるわ! 哲学の門を叩くのが早すぎるやろ!」
「3歳の時は、『遺書に書く言葉は決まった』やった」
「悟りすぎや! 2歳で寺でも経営してたんか!」
父は息子のツッコミを心地よさそうに聞き流しながら、虚空を見つめた。
「懐かしいのぉ……まるで走馬灯じゃ。思い出がパラパラ漫画みたいにめくれていくわ」
「……ちょっと待て。走馬灯って、父さん、まさか」
「そやで。もう死ぬんや」
「軽っ! うどん食いに行くノリで言うな! じゃあ何、もう今日いくんか?」
「おう、今日ポックリいくでー」
「なんで自分でわかんねん!」
父は突然、人差し指を立てて唇に当てた。
「こら、病室では静かにしろ」
「病室……? ここ漫才マイクの前やろ!」
「なんでやねん!」
父の鋭いツッコミが長男の肩に飛ぶ。
「それや!」長男はその瞬間の父の手を、目に焼き付けるようにじっと見つめた。
漫才のような、けれど紛れもない親子の時間。父は最後を悟ったように、静かな声で語り始めた。
「夢を簡単に諦めたらあかんで。しんどい時に、心の炎を消すな。走り続ければ、必ず光が見える。お前には『小説家』っていう未来が待ってるんやからな。勇気を忘れるなよ」
「父さん……」
長男の胸に熱いものが込み上げたその時、父が空を見上げた。
「おっ、お迎えが来たわ。ほな、人生やめさせてもらうわ!」
「父さん!? なんでやねーーん!」
渾身のツッコミ。その衝撃で吹き飛ばされるように、父はスローモーションで闇の中へと消えていった。
差し出した漫才マイクのコードが、まるで最後の手綱のように伸び、そして切れた。




