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俺にだけ当たりの強い幼馴染と街で出くわした。……女装中に。

掲載日:2026/03/09

 俺が女性用衣類に初めて袖を通したのは、小学校二年生の時のことだった。

 俺には二歳年上の姉がいた。容姿端麗、成績優秀、スタイル抜群の姉は、小さい頃から俺のことを自室のベッドの傍らに並べるぬいぐるみか何かだと勘違いしていた。


『ミナト、あんたきっとこの服も似合うから着てみなさい!』

『うわあん! やめてよ、お姉ちゃん!』


 だからか、幼少期の姉は、俺に対して一切の容赦がなかった。そして、俺の初体験(女装)は、邪知暴虐な姉に無理やり奪われる形となった。

 姉に衣類を奪われ、スカートを履かされている最中、俺は思った。


 俺に、こんなフリフリな衣服が似合うはずがない。


『ミナト、ほらほらっ。すっごい似合ってるよ!』


 ただ、生憎俺は、姉と同じく中性的な顔立ちをしていた。

 そのおかげか、女性用衣類を身に纏った俺は、最早女子にしか見えず……あの時は自分でも、自分のポテンシャルの高さに驚かされたものだ。


「姉ちゃん、服貸してー」

「はあい」


 現在、姉は高校三年生にして人気モデルとなった。

 俺は、そんな姉が写真撮影の時に使用した衣装を借りては、時々、女装してお出掛けをしている。


 姉のせいで、俺は禁断の扉を開いてしまったのだ。


 ……と、俺の女装癖を知った大半の人間は思うだろうが、俺は趣味で女装を続けているわけではない。


「すみません。この映画のチケットを一枚、お願いします」


 ウィッグを付けたせいで少し蒸れる頭で電車に乗り、俺が向かった先は……映画館。


「かしこまりました。本日、レディースデイとなっていまして、通常料金から三百円引かせて頂きます」

「ありがとうございます」


 俺は高めの声を発した後、にこやかな笑みを浮かべながら、映画館の店員に丁寧に会釈をした。

 中々に女性らしい振舞だ。


 俺が高校生になった今でも、こうして女装をしている理由。



 それは、俺が金にドケチだからに他ならない。



 俺の両親は、超が付く程の倹約家だった。

 外食は基本的にしないし、コンビニや自動販売機では飲み物を買わない。ならばドラッグストアで買うのか、と言ったらそうでもなく、俺や姉はいつもマイボトル持参を強いられてきた。

 端から見たら病的なまでの倹約マインドを間近で見た俺が……そんな両親の意思を引き継ぎ、金にうるさくなることは、最早仕方がないことだった。


 とはいえ、俺はまだ高校生になったばかりの身。

 出来れば、多少の娯楽を楽しみたいと考える年頃。


 だから、俺は考えた。



 どうすれば割安に娯楽を楽しめるか……と!


 そして、一つの妙案を思い付いた。


 ……昨今の世界情勢は、男女平等。ジェンダーレスの動きに進みつつある。

 しかし、この国に限った話で言えば、女性の地位向上を目的にしているためか、焼肉屋の女性割引処置をはじめ、映画館、カラオケ、果ては野球観戦まで……意外と、女性のみを対象にした割引キャンペーンをしていることが結構ある。


 つまり、こうして女装をして、女性になった振りをして映画を見れば、通常料金よりも割安に映画を見ることが出来るわけだ。


「ふふっ……」


 俺はスキップをしながら映画会場に向かった。

 今の気分は、これから見る映画への期待。そして、映画代金が三百円浮いたことへの喜びで、とても高揚していた。


 女装が好きな人や趣味にしている人は捨てる必要がないものだが、俺のようにお金のために女装をする人は……まあ、尊厳を捨てる必要があるだろう。


 ただ……色々ひっくるめて、本当、女装って最高だよな。


 だって、男としての尊厳さえ捨て去ることが出来れば、金が浮くんだから……っ!


 そして、映画も最高の娯楽だよな……。

 だって、約二時間もの間、非日常感を味わいつつ、時間を潰すことが出来るのだから。


「はーっ、楽しかったーっ!」


 ホクホク顔で映画館を出た俺は、映画の感想戦をするため、カフェを探した。

 いくつかの店舗を巡り、入店したカフェは、女性割でコーヒーが二十パーセントオフになるお店。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

「一人です」


 店内は少し混み入っているが、窓際のカウンターに空席があり、俺はそこに案内された。


「すみません。コーヒーを一つ」

「はあい」


 俺はウキウキで、二十パーセントオフコーヒーを待っていた。


「こちらへどうぞ」


 そんなウキウキな俺の隣の席に、ウェイターが一人の客を案内した。


「ありがとうございます」


 隣の席に案内された人は、女性だった。

 顔は見ていないが……柔軟剤の良い香り。視界の端に見える姿恰好。何より、声に聞き覚えがあった。


「お待たせしました」


 俺の前に、二十パーセントオフコーヒーが置かれた。


「ありがとうございます……」


 しおらしい女性の演技をしつつ、俺はチラリと隣に座った女性の姿を確認した。


 ……そして、さっきまでの倹約ハッピー気分が、一気に台無しになった。


 隣に座った女性に、俺は見覚えがあった。

 いや、見覚えどころの騒ぎではない。


 隣に座った彼女の名前は、安達花音。

 彼女は、俺の幼馴染にして、所謂腐れ縁。


 ……そして、最近の俺の唯一の悩みの種。


『はぁ……。あなたと一緒にいると、こっちにまで馬鹿が移ってしまいます』


 いつ頃からだったか……彼女はある日を境に、俺に対する当たりが強くなったのだ。


 ……どうしよう。

 本当であれば、この二十パーセントオフコーヒーなんて飲まず、さっさとこの場を去るべきなのだろう。

 何故なら……普通であれば、女装姿を知り合いに見られるだなんて、人生における恥以外の何物でもないのだから。


「ずずず……」


 うん。旨い。

 このコーヒー、中々コクがあって味わい深い。

 その上、定価よりも二十パーセント安い。


 ……美味以外の表現が見当たらない。


 常人であれば、知り合いに女装姿を見られるのは、恥以外の何物でもない。

 常人であれば、な。


 生憎、俺の女装は家族公認。

 それでいて、折角注文したコーヒーを……金をドブに捨てるくらいならば、いっそ、花音にバレた方がマシだ。


「ずずず……」


 まあ、そんなことを思っておいてなんだが、花音は多分、今、彼女の隣に座る人が、俺だとは気付かないだろう。

 何せ、俺の女装テクは、現役人気モデルの姉譲り。

 化粧、ネイル、ウィッグ、つけまつげを施した完全防御体制の俺に気付けるなら、大したもんだ。


「……あの」

「ぶふっ……」


 花音に声をかけられ、口に含んだコーヒーを噴き出しかけた。

 ば、馬鹿な……。


 まさかこいつ、この俺に気付いたというのか……?


 最近、俺に対して、当たりが強いとはいえ……幼馴染センサーが発動した、とでも言うのか?


「……は、はい」


 俺はいつもより高い声を発した。


「……」


 花音は、俺をジロジロ見るばかりで、中々返事をしてこなかった。

 ……この感じ、まさか、本当に?


 内心、焦りはなかった。

 ただ、どうやって弁明しようか。そんなことを考えていた。


 ……まあ、俺達の付き合いを考えたら、いっそ素直に女性割サービスを受けるためと告白した方が、納得してもらえそうだが。


「……なんでしょう?」


 中々、口を開かない花音に、俺は催促を促した。


「ごめんなさい」


 花音は謝罪の後……。



「そのコーヒー、美味しいですか?」



 俺の緊張をあざ笑うかのように、しょうもない質問を投げかけてきた。


「……はい。とても」

「そうなんですね」


 花音はお淑やかに笑った。

 俺の幼馴染である彼女は、小さい頃から厳格な家庭で育ったためか、相手と会話をする時は、いつだって丁寧な口調で話してくれる。

 円満な家庭環境を想起させるその態度に加えて、ウチの姉に比肩する美貌を持ち……学校では知らない人はいない程の有名人だった。


 ……いや、嘘をついた。

 相手と会話をする時は丁寧な口調、と言ったが、最近の俺には丁寧な口調は返してくれない。


 昔は、俺相手でも丁寧な口調で会話をしてくれたのに……。草。


「実は、入店したはいいものの、何を頼むか迷っていまして……。いきなり声をかけてしまって、すみません。警戒しちゃいましたよね……?」

「そんなことないですよ」


 俺は花音に微笑んだ。


「あなたみたいな綺麗な方に声をかけてもらえて、とても嬉しいです」

「き、綺麗だなんて……っ」


 花音は頬を染めて、わかりやすく照れていた。


 ……今更だが、何とか彼女に俺の素性はバレずに済んだらしい。

 

「……ずずず」


 ともあれ、彼女とこうして会話を続けることはリスクだ。

 俺は二十パーセントオフコーヒーを飲むペースを少し早めた。


「……あの」

「ぶふっ……」


 花音との会話は終わったと思ったのだが、また彼女に話しかけられ、俺はまたコーヒーを噴き出しかけた。


「は、はい……?」

「あの……あなた……もしかして」


 何かに勘付いたことを仄めかす花音に、俺の背筋に冷たい汗が伝った。


 ……ま、まずい。

 さすがに声を聞いて……俺だと気付いたか?


「もしかしてあなた、高校生くらいですか?」


 ……堪えたぁ。


「は、はい。そうですよ」

「そうなんですねっ。実はあたしもなんです。何年生ですか?」

「い、一年生です……」

「本当ですかっ!? あたしも同じ、一年生!」

「あの、ここ、喫茶店。声が少し大きいです」


 花音は興奮気味だったが、慌てて口を押えた。


「……ごめんなさい」

「いいえ、でも、たかだか喫茶店で同学年と会う程度で、どうしてそんなに嬉しいんです?」

「……あはは。この喫茶店、なんだか少し、年齢層が高めじゃないですか?」


 ……言われてみると、値段だけを見て入ったこの喫茶店は、レトロな雰囲気を醸している。

 高校生くらいの子が一人で入るには、少し敷居が高めだったかもしれない。


「なるほど。つまり、あなたはこの喫茶店に対して、少しアウェイ感を感じている、と」


 花音の言いたいことを察して、俺は言った。

 ……まあ、俺はこういう喫茶店、雰囲気が好きでよく来るんだけどなぁ。


「うぅ……。はい。心細かったので、あなたが隣にいてくれて、少し安心しました」


 たかだか喫茶店で、心細かった、か。

 ……花音は昔から、少しだけ臆病なところがある。どうやらその性格はまだ直っていなかったようだ。


 しかし、困った。

 心細いとまで言われた以上、彼女を置いて、この場を去りづらくなった。


「それじゃあ……折角なので、お話相手になってくれますか?」


 くそう。本当はこんな提案したくなかったのに。

 彼女は甘え上手な一面もあったりするから、たちが悪い。


「いいんですか?」


 俺が提案するや否や、パーっと顔を晴れやかにする花音。


「……? どうかしましたか?」

「いいえ、なんでも」


 思わず、彼女の微笑みに見惚れてしまっていた。

 俺は苦笑して誤魔化した。


「それじゃあ、お名前を教えてくれませんか?」


 花音に言われた。


「……名前は」


 ミナト……と、言いかけて、口をつぐんだ。


「……ミナです」

「ミナさんですか。よろしくお願いします。あたしの名前は、花音です。花に音と書いて、花音です」


 知ってるっての。


「花音さん。あなたにピッタリな、可愛らしいお名前ですね」

「ふふっ。ありがとうございます。ミナさんも名前にピッタリなくらいの美人さんです」

「……そうですか?」


 我が一族の美男美女遺伝子には、恐れ入る。


「はい。……凛々しいようにも、可愛らしいようにも見える絶妙な顔立ち。鼻筋もスーッと綺麗ですし、プロポーションも綺麗です。羨ましいくらいに」

「……あはは」

「お胸は……ごめんなさい」

「う……。そこはいいじゃないですか」


 男だからあるわけないんだよ。


「ご、ごめんなさい……。気にしてらしたんですね」


 してないけど、してる風を装わないといけない雰囲気にしたんだよ、お前が。


「……でも、本当、綺麗」


 ……気付いたら、花音は俺の顔立ちに見惚れていた。

 

「……恥ずかしいです」

「あ……ごめんなさい」


 ……恥ずかしいのは、本音だった。

 

「……でも、本当に綺麗」

「もう……っ」

「特に、その口の下のほくろとか……チャームです」


 ギクゥッ!

 そこは、男状態の俺の顔にもあるほくろ。

 共通項に気付き、ミナが俺だと気付きやしないか、平然を装っているものの、内心はハラハラだった。


「……ふふっ」


 ハラハラしている俺の気も知らず、花音は微笑んだ。


「どうしたんですか?」

「いいえ、そのほくろ、似ているなぁ……と思って」

「……へ、へぇ?」


 やばいやばいやばい。


「……同じような場所にほくろがある男の子を知っているんです」


 ……バレるなよ。

 バレてもいいけど……バレるなよ?


「……ああ、そうか。だからこんなに見惚れてしまったんですね」


 ……振りじゃないからな?




「あたし、その男の子のことが、好きなんです」




 ……へ?


「小さい頃から、ずっと仲良しで……いつの間にか好きになってたんです」


 え……。


「そうなの……?」


 思わず、地声を出してしまった。

随分と前に深夜テンションで書いたものの、主人公の女装に対するスタンスが性自認が女性な方や、女装が趣味として好きな人に対して、失礼極まりないことに気付き、連載化をお蔵にした作品です。

折角書いたのになんか勿体ないなーと思ったので、短編として供養します。

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