追放
女神が下がると、今度は宰相と名乗る恰幅の良い初老の男が前に進み出て、事務的な口調で今後の説明を始めた。
「では、これより皆様の処遇を決定する。スキルに応じて、それぞれ適切な部署で訓練を受けてもらうことになる。戦闘系スキルを持つ者は騎士団へ――などだ」
クラスメイトたちが、自分のスキルがどこに分類されるのか、期待と不安の入り混じった表情で宰相の言葉に耳を傾けている。
俺だけが、その輪から外れた場所にぽつんと立っていた。どうせ俺のスキルに期待などされていない。
やがて、俺の番が来た。宰相は手元の羊皮紙に書かれた俺の名前とスキル名を確認すると、怪訝そうな顔で眉をひそめた。
「ふむ……相馬 巧、と申したか。【コピーアンドペースト】……? これはまた、前例のないスキルだな」
宰相は顎に手を当てて少し考え込む素振りを見せたが、すぐに興味を失ったように顔を上げた。
「しかし、どう考えても戦闘や生産には不向きであろうな。支援……というにも、効果が不明瞭すぎる」
隣に控えていた女神も、静かに頷いている。その目は、やはり冷ややかだ。
「残念だが、相馬巧殿。我々には、あなたのような効果不明瞭なスキルを持つ者まで保護し、育成する余裕はない。魔王軍との戦いは苛烈を極めており、一人でも多くの確実な戦力が必要なのです」
そうだよな……。
それは、事実上の追放宣告だった。直接的な言葉ではないが、その意味は明らかだ。
周囲から、再びくすくすという笑い声や、「やっぱりな」という囁きが聞こえてくる。だが、不思議と先ほどのような悔しさは薄れていた。むしろ、頭の中は別のことで一杯だった。
(コピーアンドペースト……もし、本当に文字通りなら?)
俺は無意識のうちに、近くにいた【剣聖】スキルを持つ佐藤の方へ視線を向けた。彼のステータスプレートはもう消えていたが、その存在感はスキルを得てから一層増している。
(もし、あの【剣聖】というスキルそのものを、コピーできたら? そして、俺自身にペーストできたら?)
あるいは、と視線を床に落とす。磨かれた大理石。
(この石ころをコピーして、別の場所にペーストする、なんてことは可能なのか?)
もし可能なら、それは単なる「外れスキル」などではない。
使い方次第では、とんでもない可能性を秘めているのではないか?
心臓が少しだけ速く打つのを感じた。
そんな俺の内心を知る由もなく、宰相は兵士に合図を送った。兵士は無言で、粗末な布袋を俺の前に差し出す。
「最低限の餞別だ。これを持って、城下の門から出ていくがよい」
中には、着古しの服、錆びた短剣が一本、そしてわずかばかりの銅貨と、硬そうなパンが数個入っているだけだった。
これが、異世界に召喚され、役立たずと判断された者への扱いらしい。
「幸運を祈る……とは、現状では言えぬがな。達者で暮らすことだ」
宰相の言葉には、何の感情も込められていなかった。
俺は黙って布袋を受け取った。
クラスメイトたちの方を見る。佐藤は「まあ、当然だよな。足手まといがいなくなって清々するぜ」と、聞こえよがしに吐き捨てた。
【大賢者】の渡辺さんは、一瞬だけ同情するような目を向けたが、すぐに視線を逸らした。他のクラスメイトたちも、見て見ぬふりをするか、あるいは好奇の視線を向けるだけだ。
孤独だった。だが、同時に妙な高揚感もあった。
(見てろよ)
俺は心の中で呟いた。
(俺のスキルが本当にただの外れかどうか、すぐに思い知らせてやる)
俺はクラスメイトたちに背を向け、兵士に案内されるまま、広間を後にした。重々しい石造りの廊下を抜け、城の裏手にある小さな通用門へと導かれる。
兵士は無言で門を開けた。
「ここから先は、ご自身でどうぞ」
事務的な口調でそう言うと、兵士はさっさと踵を返して行ってしまった。まるで汚いものでも扱うかのように。
俺は一人、門の前に立った。背後で、ギィィ…と音を立てて門が閉ざされ、重い閂がかかる音が響く。もう、戻ることはできない。
目の前には、活気のある、しかし見慣れない街並みが広がっていた。石畳の道、木造の家々、行き交う人々の服装も、どことなく中世ヨーロッパ風だ。遠くには城壁が見え、その向こうには鬱蒼とした森が広がっているのが見える。
本当に、一人で異世界に放り出されてしまった。
不安がないと言えば嘘になる。右も左も分からない世界で、頼れるのは自分だけ。スキルだって、まだその真価は未知数だ。
だが、不思議と絶望は感じなかった。むしろ、これから何が起こるのか、自分のスキルで何ができるのか、試してみたいという気持ちの方が強い。
俺は、布袋を肩にかけ直し、一つ深呼吸をした。そして、異世界の街へと続く石畳に、最初の一歩を踏み出した。
――スキル【コピーアンドペースト】。
その本当の力が明らかになるのは、もう少し先のお話――。




