昇格試験へ
疲労困憊の体を引きずるようにして、俺、相馬巧はようやく冒険者ギルドまでたどり着いた。
インプとの戦闘は、これまでのどの戦いよりも神経をすり減らされた。服のあちこたらに残る小さな焦げ跡や泥汚れが、その激戦を物語っている。
「エマさん、ただいま戻りました。依頼のインプ、3匹討伐完了です」
カウンターにたどり着くなり、俺は息を切らしながら報告し、証拠として切り取ってきたインプの小さな角を布袋から取り出した。
俺の姿と提出された証拠を見て、エマさんは目を丸くした。
「まあ、ソウマさん! その格好……インプを3匹も相手にして、ご無事でしたか!? よかった……!それにしても、本当にすごい……!」
エマさんは驚きと安堵、そして純粋な称賛の声を上げる。彼女は手際よく角を確認し、台帳に記録をつけながら続けた。
「ソウマさん、本当にすごい成長速度ですね。登録してからまだ一週間も経っていないのに、もうインプ討伐の依頼までこなしてしまうなんて。正直、もうFランクではもったいないくらいの実力ですよ」
エマさんの言葉は、リップサービスだけではないだろう。
俺自身も、この数日間で自分が少しずつだが、確実に強くなっていることを実感していた。新しい武器、スキルの新たな使い方、そして何より、厳しい戦闘を生き延びてきた経験。それらが、俺に自信を与え始めていた。
(よし……決めた)
ランクアップ。今の俺なら、挑戦する価値はあるはずだ。
「エマさん」
俺は意を決して言った。
「俺、ランクアップ試験を受けたいです。正式にお願いできますか? 候補は、以前話していた『ビッグボア討伐』でお願いします」
俺の決意に満ちた目に、エマさんは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに力強く頷いた。
「はい、承知しました! ソウマさんならきっと大丈夫です! では、FランクからEランクへの昇格試験依頼『迷いの森のビッグボア討伐』、正式に登録しますね。討伐対象のビッグボアは、迷いの森の奥深く、目印となる大きな二つ岩の近くに縄張りを持っていることが多いです。討伐して、その牙を持ち帰れば合格となります。準備をしっかりして、気をつけて臨んでください!」
ついに、ランクアップへの挑戦権を得た。胸が高鳴るのを感じる。だが、浮かれてはいられない。相手はビッグボア。
エマさんの話では、Fランク一人では骨が折れる相手だ。万全の準備が必要になる。
俺はギルドに残り、ビッグボアに関する情報を集めることにした。ギルド内の資料を閲覧させてもらったり、休憩している他の冒険者に話を聞いたりした。
「ビッグボアか? あいつの突進はマジでヤバいぜ。まともに食らったら鎧ごと吹っ飛ばされる」
「だが、図体がでかい分、小回りが利かねえ。動きは直線的だから、回避はしやすいはずだ」
「皮が硬えからな。並の剣じゃ弾かれるぞ。狙うなら、比較的柔らかい腹か、首の付け根あたりだな」
「縄張り意識が強いから、見つかったら最後、どっちかが倒れるまで追ってくると思った方がいい」
なるほど。突進力は脅威だが、動きは単調。弱点は腹部か首元。そして、一度見つかったら逃げられない、か。
俺は頭の中で戦闘シミュレーションを繰り返す。突進を回避し、壁生成で動きを止め、複数ペーストで牽制しつつ、隙を見て腹部か首元へ斬り込む――MP管理が鍵になるだろう。複数同時ペーストは、とどめか、あるいは緊急回避用に温存すべきだ。
そして、もう一つ重要なこと。防具だ。今の俺は、ほぼ生身に近い。ビッグボアの突進をもし避けきれなかった場合、致命傷になりかねない。
俺はギルドを出て、先日ショートソードを購入した武器屋ではなく、防具を専門に扱っている店へと向かった。所持金は、今回の報酬銅貨10枚と合わせて、合計で30枚近くになっている。これで買える範囲で、最も効果的な防具を探す。
新品の金属鎧などは夢のまた夢だが、中古品コーナーを丹念に探すと、状態の良い革製のチェストプレート(胸当て)が見つかった。重要な胴体部分を保護してくれる。値段は銅貨18枚。決して安くはないが、命には代えられない。俺は迷わずそれを購入した。残金は銅貨10枚ほどになったが、これで少しは生存率が上がるはずだ。
宿に戻り、購入したばかりのレザーチェストプレートを身に着けてみる。少し窮屈だが、守られているという安心感がある。ショートソードを取り出し、油を差して布で磨き上げる。相棒ともいえるこの剣が、次の戦いでも俺を助けてくれるはずだ。
水筒を満たし、保存食(硬いパンと干し肉)を多めにリュックに詰める。クリップボードの中身も再確認。[石ころ]、[瓦礫]、[粗末な木の弓]、[ゴブリンの槍]、[ネズミの牙データ]。念のため、ビッグボアの突進を止めるのに役立つかもしれない[木の椅子]のデータも残しておくか。不要なデータを削除し、空き容量を確保する。
準備は整った。あとは、十分な休息を取り、MPを全快させるだけだ。
翌朝。俺はいつもより早く目を覚ました。窓の外はまだ薄暗い。だが、体調は万全、MPも全快している。俺は新しい胸当てをしっかりと装着し、ショートソードを腰に差した。リュックを背負い、部屋を出る。
目指すは、迷いの森の奥。そこにいるというビッグボアを倒し、Eランクへの道を切り拓く。
(必ず、合格して帰ってくる)
強い決意を胸に、俺は宿を出た。ひんやりとした早朝の空気の中、俺は迷いの森へと向かって、力強く、そして確かな足取りで歩き出した。昇格試験という、新たな挑戦の始まりだ。




