魔法の脅威
今日の依頼は、この街道で商隊を襲うという小鬼、インプの討伐だ。
(インプ……素早くて、簡単な魔法を使う、か)
歩きながら、エマさんから聞いた情報を反芻し、対策を練る。
素早い動きは、俺の【コピーアンドペースト】スキルで相手の動きをコピーすれば、ある程度は対応できるはずだ。
複数同時ペーストによる牽制も有効だろう。問題は「魔法」だ。火の玉のようなもの、と言っていたが、威力はどれくらいなのか。スキルで生成した壁で防げるだろうか? 回避に専念すべきか?
(いっそ、あの魔法自体をコピーできれば最高なんだが……いや、さすがにそれは期待しすぎか)
そんなことを考えているうちに、依頼エリアとされる地域に到着した。
ここからは、さらに慎重に行動しなければならない。街道から少し脇道に入り、インプの痕跡を探す。地面には、ゴブリンとは違う、奇妙な三本指の小さな足跡が点々と残っていた。木の幹には鋭い爪痕のようなものや、何かが燃えたような小さな焦げ跡も見つかる。間違いなく、この辺りに潜んでいる。
俺は息を潜め、周囲の気配を探る。風の音、木の葉の擦れる音に混じって、何か小さな、甲高い声が聞こえるような……? ふと、視界の端で木の枝が不自然に揺れた気がした。
視線を上げる。そこには――いた!
鬱蒼と茂る木の枝の上に、緑色の肌をした小さな人影が三つ、こちらを窺っていた。インプだ! ゴブリンよりも一回り小さいが、その目はらんらんと知性(あるいは狡猾さ)を感じさせる光を宿している。
見つかった! インプたちも俺に気づき、警戒とも威嚇ともつかない、キーキーという甲高い奇声を発した。そして次の瞬間、驚くほど身軽な動きで木から飛び降りてきた!
「来るか!」
俺は即座にショートソードを抜き放つ。3匹のインプは、着地と同時に素早く散開し、あっという間に俺を包囲する陣形を取った。ゴブリンとは明らかに違う、統率された動きだ。
間髪入れず、一番近くにいた一匹が、目にも留まらぬ速さで懐に飛び込んできた! 鋭く尖った爪が、俺の喉元を狙って閃く!
「速い!」
俺はショートソードで辛うじてその一撃を受け止める。だが、その速度と軽妙な動きに、ゴブリンとは質の違う脅威を感じた。
そして、それとほぼ同時に、別のインプが短い、呪文のような言葉を呟いた。その手のひらに、ボッと小さな炎が灯る。
(魔法か!)
インプは手のひらの火の玉を、野球のボールのように俺に向かって投げつけてきた!
「うおっ!」
俺は咄嗟に横へ跳んで回避する。火の玉は、先ほどまで俺が立っていた地面に当たり、パチンと小さな音を立てて爆ぜ、草を焦がした。威力自体は、それほど大きくないのかもしれない。だが、戦闘中にこんなものを的確に当てられたら、かなり厄介だ。
(あの魔法……コピーできないか?)
好奇心と、わずかな期待を込めて、魔法を放ったインプに意識を集中し、「コピー」を試みる!
結果は……やはり、というべきか、失敗。《魔法や複雑なエネルギー体のコピーは現時点では不可能です》という、冷たいシステムメッセージ。ですよね。
ならば、まずは動きを封じる! 俺は回避に専念しつつ、インプたちの素早い動きを観察し、そのパターンを「コピー」する。
《[インプの高速移動パターン]をコピーしました》
よし、これで少しは動きに対応しやすくなるはずだ。続けて、牽制のためにスキルを発動!
(ペースト、3個!)
MPを消費し、クリップボードにストックしてあった石ころを3個同時に生成し、インプたちに向けて放つ!
「キィ!?」
「チッ!」
素早いインプたちは、いくつかは身軽にかわすが、避けきれないものもある。石つぶてが体に当たり、インプたちの動きが一瞬鈍った。
(今だ!)
俺はその隙を突き、一番近くにいたインプにショートソードで鋭く斬りかかる! 手応えあり! だが、インプは致命傷を避け、素早く距離を取った。
しかし、他の二匹がすぐにカバーに入ってくる。一匹は爪で、もう一匹は再び火の玉を生成して攻撃してくる! 俺は回避と、時折スキルで生成した瓦礫の壁で火の玉を防ぐので手一杯になり、なかなか決定的な一撃を打ち込めない。MPゲージだけが着実に減っていく。
(まずいぞ、このままじゃMPが先に尽きる……!)
焦りが生まれる。このままではジリ貧だ。何か、状況を打開する手はないか?
俺は一計を案じた。わざとらしく、大きく体勢を崩すような動きを見せ、インプの一匹に火の玉を撃つように誘う。狙い通り、一匹が短い詠唱の後、火の玉を放ってきた!
俺はその軌道を予測し、回避すると同時に、火の玉が飛んでいく先に別のインプがいるように、巧みに位置取りを変えた!
「キシャー!?」
火の玉は見事に狙いを外れ、あろうことか味方であるはずの別のインプに向かって飛んでいく! そのインプは慌てて身を翻して火の玉を避けるが、そのせいで一瞬、インプたちの連携が乱れた。
(もらった!)
俺はその千載一遇のチャンスを見逃さなかった。一番近くにいたインプ――さっき斬りつけて手傷を負わせていた個体――に、全速力で駆け寄り、ショートソードを全力で叩き込んだ!
「ギャアアッ!」
断末魔の悲鳴を上げ、そのインプは動かなくなった。
よし、これで2対1! 数的有利(実質的に)を作り出した! 俺は残る二匹に向き直る。仲間がやられたことで、インプたちの動きにわずかな動揺が見えた。
俺は残り少ないMPを振り絞り、最後の「石ころ複数ペースト(2個)」で牽制しつつ、ショートソードで猛攻を仕掛ける! 素早いインプたちも、連携が崩れ、数が減ったことで、次第に俺の剣を防ぎきれなくなっていく。
そして、数合の打ち合いの後、ついに二匹目、三匹目のインプを仕留めることができた。
「はぁ……はぁ……っ……!」
三匹のインプの死骸が転がる中で、俺は膝に手をつき、荒い息を繰り返した。全身は汗でびっしょりで、服のあちこちには火の玉による小さな焦げ跡が残っている。ゴブリン戦とはまた違う、神経をすり減らすような疲労感があった。
インプの死骸を調べる。ゴブリンとは違い、額に小さな黒い角のようなものが一本生えている。これが討伐の証拠になるのだろう。俺は短剣を取り出し、3匹分の角を丁寧に切り取って布袋に収めた。
それにしても、魔法か……。スキルとは違う、この世界の力。インプのような小さな魔物でも使えるということは、それほど珍しいものではないのかもしれない。だが、その原理も、種類も、俺にはまだ全く分からない。これから先、もっと強力な魔法を使う敵と遭遇する可能性も十分にあるだろう。
そして、やはりMPだ。今日の戦闘でも、MPはほぼ完全に空になってしまった。複数同時ペーストは強力だが、燃費が悪すぎる。MP回復手段の確保は、本当に急務だと改めて痛感した。




