小鬼退治
異世界生活、四日目の朝。安宿の硬いベッドで目覚めた俺、相馬巧の頭の中は、昨日エマさんから聞いた「ランクアップ」と、冒険者たちが噂していた「スキル屋」のことで一杯だった。どちらも、今の俺にとって非常に興味深い。だが、逸る気持ちを抑え、まずは情報収集から始めることにした。
俺は身支度を整え、朝の空気がまだひんやりとしている街へと繰り出した。向かう先は、もちろん冒険者ギルドだ。
ギルドに入ると、朝早い時間にも関わらず、すでに何人かの冒険者が依頼の準備をしたり、仲間と打ち合わせをしたりしていた。俺は真っ直ぐに受付カウンターへ向かう。幸い、今日もエマさんが担当のようだ。
「おはようございます、エマさん。昨日話していたランクアップ試験のこと、もう少し詳しく聞いてもいいですか?」
「あら、ソウマさん、おはようございます! もちろんです!」
エマさんはにこやかに応じてくれ、手元の資料を確認し始めた。
「ソウマさんのこれまでの依頼達成記録を見ると……そうですね、あと2、3件ほどFランクの依頼をこなせば、昇格試験の推薦資格が得られると思いますよ」
思ったよりも早く挑戦できそうだ。俺は期待を込めて尋ねる。
「試験の内容は、どんな感じなんでしょうか?」
「いくつか候補の中から選べるんですが、今のソウマさんの実力や装備を考えると……例えば、『迷いの森のビッグボア討伐』あたりが適しているかもしれませんね」
「ビッグボア……?」
「はい、大きな猪型のモンスターです。かなりの突進力を持っているので注意が必要ですが、動き自体は比較的単調なので、うまく立ち回れば勝機はあるかと。討伐して、その牙を持ち帰れば合格です。場所は、以前ソウマさんがポポ草を採りに行った森の、もう少し奥になります」
他にも、指定されたダンジョン――例えば、あの下水道のもう少し奥の区画――の地図を作成する、といった探索系の試験もあるらしいが、中にはパーティ(複数人のチーム)での挑戦が推奨されるものもあるという。一人で活動している俺にとっては、モンスター討伐の方が向いているかもしれない。
「ありがとうございます。すごく参考になりました」
ランクアップという目標が、より具体的になった。
次に、気になっていたもう一つのことについて尋ねてみる。少し声を潜めて。
「あの、すみません、もう一つ聞きたいんですが……この街に、『スキル屋』っていうのがあると耳にしたんですが、本当にあるんでしょうか?」
俺の質問に、エマさんは一瞬驚いたような顔をし、それから少し困ったように眉を寄せた。
「まあ、ソウマさんもご存知でしたか……。ええ、確かに存在はしますよ。東地区の、ちょっと入り組んだ路地裏に一軒だけ……ただ、あそこは……」
エマさんは言葉を選びながら続ける。
「正直、あまり評判の良い場所ではないんです。店主はかなりの変わり者で、法外な値段をふっかけてくるという噂もありますし、扱っているというスキルも、本当に効果があるのか怪しいガラクタのようなものが多い、なんて話も聞きます。もし利用されるのでしたら、十分に注意してくださいね。騙されないように」
どうやら、スキル屋というのは、かなり胡散臭い場所らしい。期待していたような、俺のスキルに関する有益な情報が得られる場所ではなさそうだ。少なくとも、今の俺がなけなしの金をはたいて訪れるような場所ではないだろう。
「……分かりました。忠告、感謝します」
俺は礼を言い、少し落胆しながらも、危険な場所に近づくリスクを避けられたことに安堵した。
ギルドを出て、俺は次なる情報収集のため、街の薬屋へと向かった。当面の最重要課題の一つ、MP回復手段の確保だ。
薬屋に入り、棚に並べられた色とりどりの瓶を眺めながら、店主に声をかける。
「すみません、MPを回復するポーションってありますか?」
「ん? MP回復かい?」愛想の良いとは言えない店主が、値踏みするように俺を見た。「一番安い『魔力水(小)』でも、銅貨30枚はするけどね。しかも、回復量なんてほんの気休め程度さ」
銅貨30枚! 今の俺の全財産を投げ打っても買えない値段だ。しかも「気休め程度」とは……。俺は愕然とした。やはり、ポーションは高嶺の花らしい。
「ちなみに……これって、自分で作れたりしないもんですかね?」
諦めきれずに尋ねてみるが、店主は鼻で笑った。
「はっはっは、無茶言うね、兄ちゃん。MP回復薬を作るにはな、魔力を帯びた特別な鉱石、『月光石』の粉末とか、夜にしか咲かない希少な『妖精の涙草』とか、そういう特別な材料がいるんだよ。そこらの薬草みたいに、素人が簡単に扱える代物じゃないさ」
……自作の道も、完全に閉ざされた。どうやらMP回復に関しては、当面の間、戦闘でのMP消費を極力抑え、あとは宿での休息による自然回復に頼るしかないようだ。スキルの使い方を、もっと工夫する必要がある。
薬屋を出て、俺は大きく溜息をついた。さて、どうするか。
ランクアップ試験の候補は「ビッグボア討伐」。猪型モンスターなら、突進パターンを【コピペ】できれば有利に戦えるかもしれない。だが、エマさんの話では、Fランク一人では骨が折れる相手らしい。今の俺の実力で勝てるだろうか? 試験を受ける前に、もう少し戦闘経験を積み、できれば簡単な防具くらいは揃えたい。そのためには、やはり資金稼ぎが必要だ。
スキル屋は、当面近づかない方がいいだろう。MPポーションも買えない。
となれば、やるべきことは一つだ。地道に依頼をこなし、金を稼ぎ、経験を積む。そして、ランクアップ試験に備える。
俺は気持ちを切り替え、再び冒険者ギルドへと足を向けた。Fランクの掲示板を真剣な目で吟味する。資金稼ぎと戦闘経験、その両方を満たせる依頼は……あった。
「街道荒らしのインプ退治:東街道で商人たちの隊列を襲うインプを3匹討伐。素早く、簡単な魔法を使う個体もいるため注意。報酬:銅貨10枚」
インプ。ゴブリンより少し厄介な相手らしい。簡単な魔法を使うというのも気になるが、報酬は銅貨10枚と悪くない。今の俺の腕試しにはちょうどいいかもしれない。
俺はこの依頼を受けることを決め、エマさんに依頼票を提出した。
「まあ、今度はインプ退治ですか。承りました。彼らは素早い上に、火の玉のようなものを飛ばしてくることもあるので、本当に気をつけてくださいね!」
エマさんが少し心配そうな顔で送り出してくれる。
「はい、気をつけて行ってきます」
俺は力強く頷き、ギルドを後にした。ランクアップという明確な目標ができた今、迷っている暇はない。一歩一歩、着実に前へ進むだけだ。俺は気持ちを新たに、インプが出没するという東街道へと向かった。




