スキルの進化
異世界に来て、三日目の朝。俺は、安宿の硬いベッドの上でゆっくりと身を起こした。
視線を部屋の隅に向けると、昨日ペーストした巨大ネズミの毛皮が丸めて置いてあった。改めて手に取ってみるが、やはりゴワゴワとした手触りで、独特の獣臭さもある。このままでは、とてもじゃないが使い道はなさそうだ。
(これをどうするか……)
まずはギルドで売れるか聞いてみるのが手っ取り早いか。
俺は宿を出て、ギルドへ向かうついでに素材を扱っていそうな店を覗いてみたが、どこも「なめし加工もされていない生の毛皮はちょっと買い取れないねえ」と渋い顔をされるばかりだった。買い叩かれるのが関の山だろう。
(なら、スキルでどうにかできないか?)
俺は再び宿に戻り、部屋で試行錯誤を始めた。どこかの防具屋で見かけた、シンプルな革鎧のデザインを記憶から「コピー」し、この毛皮に「ペースト」して形状を変えられないだろうか?
(ペースト!)
結果は……失敗。《複雑な形状への加工はできません》という無情なメッセージが脳内に浮かぶ。
どうやら、単純な複製はできても、粘土のように形を自在に変えるような芸当は無理らしい。
「……はぁ。やっぱり、そんな万能じゃないか」
この毛皮は……ひとまず保留だな。
もっとスキルについて理解が深まれば、あるいは何か使い道が見つかるかもしれない。俺は毛皮のデータを再度クリップボードに「コピー」し直し、実物は丸めてベッドの下に押し込んだ。ついでに、クリップボード内の不要になったデータも削除し、容量に空きを作っておく。
さて、次だ。昨日手に入れた銅貨10枚と、それまでの貯えを合わせれば、十数枚の銅貨が手元にある。これで、あの心許ない錆びた短剣から卒業できるかもしれない。
俺は銅貨をしっかりと握りしめ、街の職人区画にあるという武器屋を探し当てた。年季の入った木の扉を開けると、カラン、とドアベルが鳴り、武器独特の鉄と油の匂いが鼻をついた。
壁には剣や槍、斧などが所狭しと掛けられ、カウンターの奥では、いかにも頑固そうな髭面の親父さんが槌を振るっている。
「いらっしゃい。何を探してる?」
俺に気づいた親父さんが、ぶっきらぼうに声をかけてきた。
「あ、えっと、初心者向けの、手頃な剣を探してるんですが……中古でも構いません」
「ふん、冒険者か。こっちだ」
親父さんに案内されたのは、店の隅にある中古品コーナーだった。
そこには、使い込まれた様々な武器が並べられている。俺は一本一本手に取り、重さやバランスを確かめた。そして、一振りのショートソードに目が留まった。
「こいつは、いくらですか?」
「それか。銅貨12枚だな。手入れはちゃんとしな」
銅貨12枚。今の俺にとっては大金だが、命を守るための投資だと思えば安いものだ。
俺は覚悟を決め、有り金のほとんどをはたいて、そのショートソードを購入した。親父さんは、ぶっきらぼうながらも、簡単な手入れの方法や、鞘の手入れの重要性などを教えてくれた。
新しい剣を腰の鞘に収める。ずしりとした重みが、頼もしく感じられた。これだけでも、昨日よりずっと強くなった気がする。
武器屋を出て、少し気分が高揚しているのを感じながら、俺はふと、昨日思いついたスキルの使い方を試してみたくなった。
(一度コピーしたものを、複数同時にペーストする……)
俺は人気のない路地裏に入り、足元に転がっていた石ころを一つ「コピー」した。そして、クリップボードに保存された「石ころ」データを選択し、意識を集中する。
(ペースト、5個!)
瞬間、MPがごっそりと持っていかれる感覚があった。銅貨をペーストした時よりも大きいかもしれない。だが、その代償に見合うだけの結果が目の前に現れた。ポポポポンッ、と軽い音を立てて、俺の目の前の地面に、全く同じ石ころが5個、同時に出現したのだ!
「やった……! これなら、牽制だけじゃなく、ある程度のダメージも与えられるかもしれない!」
複数同時ペースト。これは戦闘における新たな一手になりそうだ。
MP消費には注意が必要だが、使いどころを見極めれば強力な武器になる。俺はスキルの進化に、思わず笑みがこぼれた。
新たな武器と、新たなスキルの使い方。少しだけ自信を取り戻した俺は、今日の依頼を探しに、再び冒険者ギルドへと向かった。
ギルドのFランク掲示板を眺めていると、ちょうどいい依頼が見つかった。
「ゴブリン斥候の討伐:街の西街道付近に出没するゴブリンを2匹討伐。報酬:銅貨8枚」
ゴブリン。昨日、森で遭遇した相手だ。
あの時はリーナの助けもあってなんとか倒せたが、今回は一人。だが、今の俺には新しいショートソードと、「複数同時ペースト」がある。あの時の雪辱を果たす、いい機会かもしれない。
俺は依頼票を剥がし、受付のエマさんの元へ持って行った。
「おや、ソウマさん、その剣! 新しくされたんですね! とても似合ってますよ!」
エマさんは俺の新しい剣に気づき、笑顔で褒めてくれた。
「それで、今度はゴブリン討伐ですか。承りました。斥候とはいえ、油断は禁物ですよ。気をつけてくださいね!」
エマさんに見送られ、俺はギルドを後にした。
水筒の水を満たし、携帯食料の硬いパンを少しだけ買い足す。最低限の準備を整え、俺は街の西門へと向かった。
腰の新しいショートソードの柄を握りしめる。その確かな感触が、俺に勇気を与えてくれるようだった。




