イリファスを追って
この街は、イリファスという名の黒い霧に呑まれていた。
人々の吐息は恐怖に凍り、路地の影は悪意を孕む。
だが、その闇を裂く一筋の銀光があった。
セイギ――正義の炎を胸に秘めた、孤独な守護者。
今宵も彼は、鋼の仮面を纏い、沈む街へと降り立つ。セイギは銀に光るスーツを軋ませ、路地の壁に影を落とす。
「イリファスの破滅魔人は何処にいるんだ……」
そんなセイギに警察官が近づき、穏やかな声をかける。
「すいません、身分証明出して頂いてもいいでしょうか?」
セイギは声をかけられて焦り、声を震わせる。
「い、いや、実は今日は運転免許証を忘れてしまってだな……」
警察官は頷き、メモ帳を手に取る。
「あっ、身分証明書お持ちでないんですね。お兄さん、今日はここで何されてるんですか?」
セイギは額に汗を浮かべ、言葉を濁す。
「くっ…言えないんだ。俺の正体や目的を明かせば、お前まで危険に巻き込んでしまうかもしれない。」
警察官は笑みを浮かべ、制服のバッジを光らせる。
「あっ、大丈夫ですよ。私、警察官なので。何かトラブルありましたら応援も呼びますんで、お兄さんの事情聞かせて貰ってもいいですか?」
セイギは後ずさり、銀ピカのスーツが街灯に反射する。
「くっ、警察……ちっ…まさかこんなところで…」
警察官は首をかしげ、メモを続ける。
「どうしました? 何か警察官相手だと都合が悪い事でもあるんでしょうか?」
セイギは額の汗を拭い、苦笑いを浮かべる。
「い、いや…そんなことは…ただ少し驚いただけだ。」
警察官は穏やかに尋ねる。
「お兄さん、今日、お仕事とかは?」
セイギは頭を掻き、視線を逸らす。
「普段はケーキ屋で働いているんだが…今はちょっと訳アリでな。」
警察官はメモに書き込み、頷く。
「あぁ、ケーキ屋さんなんですね? 今日はお休みなんですか? 訳アリって何があったか聞かせて貰う事出来ます?」
セイギは拳を握り、声を低くする。
「すまない、詳しい話は避けたいんだ。俺にはやらなきゃいけない大事な使命があってな。」
警察官はメモ帳を閉じ、優しく続ける。
「いやぁ、パパっと聞かせてくれたらすぐ終わりますよ。申し訳ありませんね。こっちも仕事なもんで。今日はそんな格好で何をされてるんですか?」
セイギは真剣な眼差しで答える。
「実はな、この辺りで怪しい奴らがうろついてるらしいんだ。市民を守るため見回ってたってわけさ。」
警察官は少し困ったように笑う。
「お兄さん、失礼な事言う事になりますかもしれませんけどね……? それ、多分、お兄さんの事じゃないかと思うんですよ……?」
セイギは苦笑しながら手を振る。
「おいおい、冗談きついぜ? 俺がそんな怪しいヤツに見えるってのかい?」
警察官はメモを再開し、穏やかに続ける。
「はい、ごめんなさいね。ちょっと、やっぱりそんな銀ピカのファッションしてる方って他にいないでしょ? だから、こちらもお兄さんが何をされてるのかだけ聞きたいんですよ。お聞かせ願えますかね?」
セイギは銀ピカのマスクの下で表情を硬くする。
「確かに目立つ格好だがな…これには理由があるんだ。イリファスって連中と戦うためなんだよ。」
警察官は頷き、メモに書き込む。
「そうですね。最近、イリファスさんの方の活動が盛んですからねぇ。お兄さん、それ個人で行なってるんですか?」
セイギは胸を張る。
「ああ、一人で戦ってきたんだ。仲間を巻き込むわけにはいかないからな。」
警察官はメモを続け、尋ねる。
「お兄さんのお仕事先のケーキ屋さんは、お兄さんがそういった活動された事はご存知ではないんですか?」
セイギは視線を逸らし、声を低くする。
「同僚たちは知らないはずだ。この姿のことも、俺の戦いのことも…」
警察官はメモを閉じ、尋ねる。
「お兄さん、社員さんですか? アルバイトですか?」
セイギは誇らしげに答える。
「正社員として働いている。朝から晩までケーキ作りに励んでいるんだ。」




