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『沼の姉妹と宝物のプレスマン』

作者: 成城速記部

 孫四郎という男がいた。薪拾いに山に入ったところ、沼の近くを通ったとき、白い服の女が沼の中から、手招きをしているのが見えた。普通に考えて、手招きに応じるべきではないが、女が余りにも美人であったので、つい、沼に近寄ってしまった。

 女は、頼みたいことがある、山向こうの沼に行く機会があったら、そこで手を四度打ち、あらわれた女に、この手紙を渡してほしい、と言った。普通に考えて、こんな頼みは、何かのわなだと思うべきであったが、今から向かえば、きょうのうちに帰れるであろうし、山向こうの沼の女も美人かもしれないと思って、引き受けてしまった。

 孫四郎は、薪をその場に置いて、走って山向こうの沼へ急いだ。日が暮れるのを恐れたのではない。美人に弱いだけである。半刻もかからず山向こうの沼に着いた孫四郎は、言われたとおり、手を四度打つと、先ほどの沼の女に勝るとも劣らない美人があらわれ何の用、と言いながら小首をかしげる様子が、妙に胸に刺さった。あの山の向こうの沼の女から手紙をことづかった、と答えると、手を差し出してきたので、ふところから手紙を出して手渡した。手が触れるかと期待したが、それはなかった。

 女は、手紙を読み終えると、お前のおかげで、妹の無事がわかった。返事を書くから待っていてもらいたい、と言って、沼の中に沈むと、ややあって浮かび上がり、苦労をかけて申しわけないが、これを妹に渡してほしい、と手紙を渡された。

 妹を呼ぶにはどうすればいいか知っているかと尋ねられたので、手を四度打つのかと尋ね返すと、女はにっこりほほ笑んだ。孫四郎がみとれていると、女はそのまま見えなくなった。

 もとの沼まで、また走って戻り、手を打とうとすると、妹の女は、もう姿をあらわしていた。返事をことづかってきたと伝えると、手を差し出してきたので、ふところから手紙を出して手渡した。手に触れることはできないだろうなと思いながら、軽く期待したが、やはり、手に触れることはできなかった。

 妹の女は、手紙を読みながら、はらはらと涙を流し、お前のおかげで姉の無事がわかった、姉が言うからではなく、礼をしたいと思う、と言って、一本のプレスマンを渡された。

 そのプレスマンは、普通のプレスマンとしても使えるが、かちかちする部分を右に回しながら、芯出ろ芯出ろ、と唱えると、幾らでも芯が出る。左に回しながら芯止まれ芯止まれ、と唱えると、即座に芯が止まる宝物だ。持っていくがいい、と言うので、芯以外は出ないのか尋ねると、小首をかしげながら、プレスマンから芯以外が出てどうする、と尋ね返されたので、わかったと答えた。孫四郎は、山向こうの沼に向かう前に、ここに置いた薪はどこに行ったろうと見回したが、あるはずの場所にはなく、妹の女から、背負子だけ渡され、ありがとう、と礼を言われた。美人から礼を言われて、悪い気はしなかったので、背負子だけ背負った。

 家に戻った孫四郎は、プレスマンのかちかちする部分を右に回しながら、芯出ろ芯出ろ、と唱えたが、何も起きないので、左に回して、芯止まれ芯止まれ、と唱えたが、やはり何も起きなかった。かつがれたのかと思って、普通のプレスマンとして使おうと思ったが、かちかちしても、芯が出てこなかった。孫四郎がプレスマンを分解してみると、これ以上ないくらい芯が詰まっていた。 



教訓:プレスマンは、芯が一本しか入らず、二本目を入れると詰まってしまう仕様なので、芯が幾らでも出てくるという機能は、最初から発揮できない運命なのである。

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