エピローグ
朋江は待っていた。
鏡は割れてしまい、あの〈力〉も消えてしまった。ヒイロを形作っていた三人は鏡とともに砕け散ってしまったのか、存在が失われたようだ。朋江ひとりを残して。
こちら側にいる朋江からは原点となっていた白骨が発見されたことやその経緯まではわかっていなかったが、ヒイロさんとして向こう側へと渡る力が失われたことは感じ取れた。
──これで完全に、戻る道は断たれた。
鏡の前に立って、どうか受け入れてくれと念じながら指を伸ばしたのが百年も昔に思える。片想いの相手に告白し、振られることも想定済みで全ての未練を断ち切ってここに来たはずだった。
あの時自分が望んでいたのはどんな世界だったのか。どのようなユートピアを夢想していたのだろうか。
少なくともこんな世界ではなかった。願いが叶って鏡を通り抜けた後、朋江を待っていたのはふたりの少女とめったに姿を見せない幼い子供だった。少女たちは鏡に入って長く、向こう側の世の中のことを朋江から聞きたがったが、朋江が聞きたかったこちら側の世界については口元を歪めて肩をすくめるばかりだった。
仕方なく自分であちこち歩き回った朋江は、少女たちが何も語らなかった理由をすぐに悟った。語るほどのことが何もないのだ。時間の流れの澱みの中にある場所。どこにも行けず何も生み出すことのない世界。
それを知って朋江はひとしきり泣いた。こんなところに来たかったわけではない。こんなところで永遠に彷徨うのなら、選ばれた人間でなくてもちっとも構わなかったものを。
…やがて向こう側の世界への恋しさと嫉ましさで、向こうの世界をのぞき見るようになった。他にすることがなく、理不尽な恨みは経たない時間の中で強まるばかりだった。ヒイロとして出入りしている“先輩”たちが羨ましく恨めしく、次回は自分も加われるということだけがわずかな慰めだった。
だが、もう次はない。
──本当にないだろうか?
朋江は勝呂たちが帰っていき、鏡が失われたときから考え続けている。他にすることもなくひたすら考えている。
この世界に来たばかりの頃は、絶望のあまり受け入れた先達が憎かった。なぜ止めてくれなかったのか。これほどに空虚な世界であることを、同じ思いをさせないように忠告してくれても良かったのではないか。
だが今はもちろん、そうは思わない。仲間はひとりでも多いほうがいい。同じ目に遭って苦しむ同志は増えてくれたほうが心が休まる。
学校はすぐに新しい伝説を生む。あの鏡でなくてはいけない理由はもうない。更衣室の鏡でもいい、校舎の窓ガラスでもいい。どこかに顔を出し続けていればまた新しく噂が広まるだろう。そして朋江のような現実に目を向けられない少女はいつの世代でも必ずいるものだ。そんな少女たちをひそかに呼び、操り、こちら側に引きずり込む。
囚われる少女が数を増せば怨念も凝り固まり、いずれヒイロを復活させられるほどの〈力〉にならないと誰が言えるだろう。
──急ぐ必要はない。
時間だけなら、いくらでもあるのだ。
諦めはしない。
朋江は待っている。
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