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プロローグ


 …わたしは選ばれるはずだ。

 朋江は鏡の前に立ち、自分に言い聞かせる。

 わたしは他の子とは違う。夢を見ることも忘れてしまった、さらには夢を見ることを馬鹿にするような子たちとは違う。

 既にクラブ活動の生徒たちの姿も見えない。冬の日は落ちるのが早く、そして急速に夜の冷気が忍び寄ってくる。この時間、校舎は暖房設備の動いているわけもなく、動いていたとしても今朋江のいる教室にはもともとそうした設備がなかった。

 旧校舎の奥の資料室。名前に反してどんな種類の資料も保存されておらず、単なる物置として用いられているこの教室には、普段利用されていないこと、それにその場所柄もあり、生徒たちにさまざまな伝説を語らせている。

 …そのくせ、それを信じている子なんてひとりもいない。この自分以外には。

 信じることがもっとも重要なのだ、と朋江は思っている。語られ続けているからには伝説にもそれなりの根拠があるということではないか、少なくとも数多い伝説のひとつくらいにはある程度の信憑性があってもいいのではないか、と思う。

 それを確かめることもせず──いや、信じていないだけならまだしも面白がって騒いでいるような連中には、確かめたところで何も起こりはしないだろう。疑いの心がかけらでも残っていては、伝説も背を向けて沈黙するだけだ。

 …信じている。わたしは選ばれる。他の子とは違うのだ。

 そう念じながら、朋江は不安を消し去ることができずにいる。伝説を疑っているのではない。自分は果たして本当に『他の子とは違う』『選ばれる』人間であるのか。もしも選ばれなかった場合、自分が取るに足らない存在であったと思い知らされた場合、これから自分は何を拠り所にして長い退屈な人生を過ごせばいいのだろう。

 ひと気がなくなるのを待つというのを言い訳に鏡の前でためらい続けてきたが、もう時間は充分に経っている。朋江は不安を無理に払いのけ、鏡に映る自分を見つめた。     

 野暮ったい制服に情けないほど見合った自分がそこにいる。同じ年代の同じ服を着た人間に囲まれていると否応なく感じる、自分という人間の個性の無さ。あっさり埋没してその他大勢にくくられてしまう、自分。

 …でも本当は、わたしこそが選ばれた“個”なのだ。

 ふたたび自分を奮い立たせる。朋江の思考はここに来て以来こうしてぐるぐると同じところを回り続けているのだ。

 ようやく決心がつき、先ほどは思考の堂々巡りに戻されるきっかけになった自分の姿をもう一度見据える。

 …お願い、わたしを、

 …受け入れて!

 朋江は鏡の表面に、指先をそっと伸ばした。

読んでいただき、どうもありがとうございました!

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