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幽樂蝶夢雨怪異譚

思い出酒

作者: 舞空エコル

 一見もろそのまんまのタイトルになっておりますが

 ラスボス幸子さんの名曲とは何の関係もありません。

 いや、ちょっとは関係あるかしらん? まあそれは

 読んで判断してください。エコルさんのコスプレが

 なんでバレリーナなのかも読んだら分かる仕様です。

 〽あの人、どうしているかしら…… いや知らんがな。

 では読んでくださいましね、アン・ドゥ・トロワ ♬

 挿絵(By みてみん)

「秘密の扉、アイリスが3つ、青いのを回して♪」







 数年前、出張である地方都市を訪れた時のことです。

 仕事を終え、地方勤務の同期と一緒に夜の繁華街で

 盛り上がったあと、何となく飲み足りなかった私は、

 適当な店を探して、一人で裏通りを歩いていました。

 そして、ある店の張り紙に目を引かれました。


『思い出酒、あります』


 控えめな筆文字が、かえって興をそそって、私は店

 の扉を開けていました。中に入ると他に客はおらず、

 カウンター内でマスターがグラスを磨いていました。

 

「いらっしゃいませ」

「何か、表に粋なことが書いてあったけど…… 」

「ああ、思い出酒ですね。少々お待ちを」


 マスターは、店の奥から、冷えて汗を掻いたグラス

 をトレイに載せて、持ってきました。一口含んで、

 淡白な色合いとは対照的な、まったりとした複雑な

 味わいに驚きました。


「面白い味だねえ…… これは?」

「シルフィードといいます」

「ほお、思い出酒なんていうから、てっきり日本酒が

 出てくるもんだと思っていたよ!」

「実は、亡くなった妻がモチーフなんですよ。彼女が

 好きだったウォッカをベースに私が考案した、この

 店のオリジナルカクテルです」


 マスターは言葉を選びながら、思い出酒にまつわる  

 エピソードを話してくれました。


「今はもうこんな体型なんで、信じてもらえないかも

 しれませんが、私は昔、バレエをやってたんです。

 妻は同じ団体のプリマドンナで、夫の私が言うのも

 何ですが、とても美しいロシア女性でした」


 マスターは、遠い目をして話していました。


「ヨーロッパ各地を公演して回り、どの国でも熱烈な

 歓迎を受けました。ところが、ある日、妻が舞台で

 倒れたんです。数日前から具合が悪いようなことは

 漏らしていましたが、過密スケジュールでなかなか

 休めなかったんですね…… 緊急入院させましたが、

 もう手遅れで、私の見守る前で息を引き取りました。

 あっけない最期でした。愛するパートナーを失った

 私は、同時にバレエへの情熱も失ってしまいました。

 団員たちの引き留める声を振り切って帰国、孤独に

 苛まれ、一時は妻の後を追うことすら考えましたが、

 そんなことをしても、彼女が喜ぶとは思えない……

 悩みに悩んだ末、私はこの店を開くことにしました。

 そして、お客様に、シルフィードというカクテルを

 味わっていただくことで、亡き妻を偲ぶ、よすがに    

 しようと…… 」


 何というドラマチックな物語…… 私はグラスを口に

 運ぶことも忘れて話を聞いていましたが、マスター

 がひと息ついたところで、質問してみました。


「シルフィードという名前の由来は?」

「妻が最後に演じた役柄です。悲劇的な死を迎える、

 風の妖精の名前ですよ」

「奥さんの写真は?」

「ありません。写真は全て燃やしました」

「寂しくはないんですか?」

「ちっとも!」


 そういってマスターは微笑みました。


「妻を見たいですか?」


 マスターは、私を店の奥へと案内してくれました。

 グラスを持ったままついていって、二重扉をくぐる

 と、緞帳(どんちょう)の降りた、小さなステージがありました。


「ご覧ください、妻のナスターシャです!」


 マスターがスイッチを入れると、緞帳が開きました。

 肖像画でも飾られているのか、それとも、思い出の

 映像でも見せられるのでしょうか? 大袈裟で滑稽

 だなとも思いましたが、それもまた愛の形でしょう。


 しかし現れたのは、肖像画でも、映像モニターでも

 ありませんでした。ガラスなのかアクリルなのか、

 表面にびっしりと汗を掻いた、透明の巨大な水槽……

 循環する液体の中で、白いバレエ衣装に身を包んだ

 白人女性の死体が、吹きあがる無数の泡に包まれて、

 踊っているかのように、ゆらゆらと揺れていました。


「妻からのたっての希望で、私が日本に帰国するなら、

 一緒に連れて帰ってほしいと頼まれたんです」


 マスターは、水槽で踊る妻に見()れながら、死体の

 動きに合わせて自分も優雅に踊り始めました。私は

 目を逸らし、グラスのシルフィードを煽りました。

 喉に異物感を感じました。手を突っ込み、絡まった

 何かを口から引きだしてみると、長い金髪でした。


「おっと失礼! つい、夢中になってしまって……

 すぐにお代わりを用意します」


 マスターは、私の手から空いたグラスを受け取ると、

 水槽の横についた蛇口を捻り、そこからよく冷えた、

 淡白な色合いの液体を、グラスに注ぎました。



【ネタバレ含みます。本編を読んでから閲覧してね】






 いかがでしたか? 

 無理して飲んじゃいけないという(無理してないけど)

 教訓が込められた、深イイ話でしたね。まあ飲んでも

 大丈夫ですけどね、ウォッカはかなり度数が高いから

 消毒もバッチリだし(←そういう問題ではない) 酒漬け

 の死体といえばワイン樽の有名な怪談というかグロ話

 がありますね。興味のある人は検索してみてください。


 もっとも私がこれを書いたときにインスパイアされて

 いたのはそっちではなく、ラース・フォン・トリアー  

 が作ったヤバすぎる病院ホラードラマ「キングダム」

 に出てくる例のあれのあまりにあれなあのビジュアル

 でした。夜中にレンタルビデオ(←死語?) で見てて、

 怖すぎてトイレに行けずおねしょしました(嘘)(←多分)

 デンマーク製「キングダム」は残念ながら大沢たかお

 も山崎賢人も吉沢亮も出てないけど、ガチで不気味で

 怖くて鬱陶しい大傑作です。未見の人は必ず見ませう。

 主題歌も気合いが入っててカッコいいぞ! 


 あと、ホラーとバレエといえば誰が何と言ってもあれ

 ですね「サスペリア」! でもあまりに有名だから、

 今さら何か書いても私より詳しい方々に突っ込まれる

 だけだろうし割愛。でも何十年ぶりかの続編というか

 魔女三部作完結編「サスペリア・テルザ 最後の魔女」

 全然期待しないで見たら、惨殺もグロもパワーアップ 

 しててまあエグくて私アルジェントに土下座しました。

 だってお猿がね!…… おっと割愛するんだった、割愛。

 まだ見てない人は見なきゃコトだ。だってお猿が(割愛)

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