第5話.姫と誓いのキスをしたら女神が登場って本当ですか?
「どうしたドウテイ殿、リーナ様の御前でそんな呆けて。かの美しさに見惚れたか?」
···確かに、ずっと片想いしている相手に姿が似ていて驚いたということは、”美しさに見惚れた”と同義かもしれない。
「そうですね、すみません。リーナ様のお顔が知り合いにそっくりだったのでつい···」
「あら、そうでしたか。それは偶然のイタズラかしらね」
ふふふと笑う姫君の顔は、まさに”彼女”の笑顔そのもので、俺の胸は不覚にも、張り裂けそうなほど高鳴っていた。
「そのお方とはどのようなご関係か、伺ってもいいかしら?」
「知り合い、いや、ただの幼馴染ですよ···」
「そうですか···」
こちらの内心を知ってか知らずか、姫様はそれ以上の詮索はしてこなかった。
やはり一国の姫ともなると、器の大きさが覗えるな。
話を深掘りしたくて隣でめちゃくちゃソワソワしている、どこぞの教皇様とは大違いだ。
「ドウテイ様、遠い異世界からこの国にお越し頂きありがとうございます」
まぁ、正確には”召喚”されたんだけど。
「ティアナから話は聞いているかもしれませんが、改めて私からもお願いをさせてください。ドウテイ様、その伝説の力をもって、どうかこのファンザニア王国の再興の為に、是が非でも協力をお願いしたいのです。どうか、私にその力を預からせてくださいませ」
深々と、俺に頭を下げるリーナ様。
その姫様の行動に対し、宰相らしき御仁が露骨に取り乱している。
「い、いけませぬ姫様!一国の領主がそう安々と頭を下げては!」
「安々とではありません!この国の未来に関わる話です。そもそも、領主とは”国”があってこその存在。ファンザニアの地を救う為なら、私のこの身も心も、神にでも悪魔にでも捧げる覚悟はできております!」
「あの〜、姫様、立派なご覚悟に大変感銘を受けますが、生憎と俺は神でも悪魔でもないので、その頭を上げてもらってもいいですか?」
「は、はい。わかりました」
改めて、背筋を伸ばし凛とした立ち姿に戻る彼女。
「ええと、正直、俺、自分が”伝説”の存在って自覚が一切ないので、堅苦しいのは無しで行きませんか?」
「わ、わかりました···堅苦しくないという事は、それはつまり、どういう事なのでしょうか?」
「つまり、国を救うとかそんな大それた話は置いといて、俺は今、1人の男として、1人の女の子を救いたいと思っています」
「1人の、女の子···」
「はい。”伝説のドウテイ”として”一国の姫君”を救うのは俺には荷が重すぎる···だから、1人の男として、1人の女の子を救いたいと思います。いや、是非とも、救わせてください、この俺に···。天童貞治は、リーナ様の為に、この身も心も捧げる覚悟はできています」
「は、はい///で、では、ご協力をお願い致します///ふ、ふつつか者ですが、宜しくお願いします···///」
···あれ?リーナ様の態度がちょっと変わった?
俺、また無自覚にマズい事言っちまったのかな?
まぁ、隣の口うるさそうな宰相(?)さんも静かだし、大丈夫か。
ヒソヒソ。
「ドウテイ様、見かけによらず大胆なお方だなぁ」
「リーナ様に対してあのような物言い、ほとんどプロポーズみたいなものではないか」
「あまりの予期せぬ発言に、宰相殿が白目を向いて立ったまま気絶されておる···」
「まぁ、姫様も”女の子”として喜んでおられる様だし、この件は不問でよかろう」
「で、ではドウテイ殿、準備が整ったので、祭儀を始めるぞ···よいな···」
「は、はい!」
ティアナさん、心なしか、さっきよりちょっと不機嫌になってる?
いや、重要な祭儀を前に緊張しているだけかもしれない。
リーナ様が座っておられた椅子の前に、何やらデカい鏡の様なモノがセットされた。
「ドウテイ殿,リーナ様、その”マジックミラー”の前で向かい合ってお立ち下さい」
ティアナさんの指示通り、向かい合う俺たち。
ほんと、近くで見れば見るほど、見惚れるほど彼女の顔は夏帆にそっくりで、俺は、嬉しさ半分,切なさ半分といった心境だった。
「今から神言の詠唱を執り行います。それが終わり次第、ドウテイ殿とリーナ様には”ベロチュッチュ”をして頂きます。よいですね」
「はい」「わかりました」
「では、始めさせて頂きます」
ティアナさんが、俺にはよく分からない難解な言葉の羅列を読み上げていく。
向かい合うリーナ様にだけ聞こえる程の小声で語りかける。
「すみません、俺、キスとか初めてなので、その、上手くいかないかもですけど···」
情けないが、一応事前に伝えておこう。
「あ、ドウテイ様もでしたか···私も、その、初めてなので、その···///」
モジモジと頬を赤らめて視線を泳がせる彼女。
マジか。
俺が、彼女のファーストキスの相手···
役得だ!と、浮かれる事ができる性分であれば良かったのだが、生憎と俺はそれ程お調子モノでもないので、普通に申し訳ない気分だった。
罪悪感に近いモヤモヤを押し殺すように、口から言葉が溢れ出た。
「すみません、初めてが俺なんかで···」
口に出した後で、後悔した。
コレは国を救うための神事なのに、俺はいったい何をつまらない事を言っているのかと。
こういうところこそが”童貞臭さ”なんだろうなと、自己嫌悪せずにはいられなかった。
「い、いえ、むしろ、その、良かったです///」
「え?」
「初めてが、ドウテイ様で、良かったです///先ほど、一国の姫としてではなく、1人の女の子として向き合って頂けて、私、嬉しかったから、だから···///」
顔をあげ、まっすぐと俺の目を見つめる彼女。
「初めてがドウテイ様で、私、嬉しいです///」
その彼女の顔を見て、俺の中で覚悟がきまった。
いや、気持ちを抑え込むのを諦めた、というのが正解かもしれない。
「リーナ様、俺のことは、貞治って呼んでもらってもいいですか。”ドウテイ”という肩書ではなく、俺のことを、名前で呼んで下さい」
あなたには、そう呼んでもらいたい。
夏帆が俺をそう呼ぶのと同じように···
「サダハル様ですね、わかりました」
「リーナ様、”様”は不要です、”サダハル”でいいですよ」
「そうですか、では、サダハルも私のことはリーナと呼んで下さい」
「そんな、流石にそれは失礼にあたるかと···」
「お互いさまじゃないですか」
「いや、しかし」
「では、一国の姫としてサダハルに命じます!私のことをリーナと呼びなさい!」
「ひ、卑怯じゃないですか、ソレは」
「ふふふ、使えるものは何でも使う主義なのよ、私」
「結構強かですね、リーナ様···」
「リーナ、でしょ」
「···リ、リーナ///これで良いですか///」
「ふふふ、宜しいです///」
「あの〜、ご両人、とっくに詠唱は終わってるんですけど〜」
教団員の1人が、申し訳なさそうに進言してきた。
「あっ!す、すみません!もしかして、今の会話···」
「当然、周りに丸聞こえでしたよ」
「わ、私としたことが···流石に恥ずかしいですね///」
チラッと、ティアナさんの方へ目を向ける。
「こらっ、ドウテイ殿っ!姫様と乳繰り合ってる暇があるならさっさと進めんかっ!このナンパ者っ!浮気者っ!」
あ〜、かなりお怒りのようだ。
この神事が終わった後で面倒な事になりそうだなぁ。
浮気者呼ばわりされるのはよく分からんけども。
「では、リーナ様、ドウテイ殿、どうぞ」
皆に見つめられながら、リーナの肩に手を回す。
「リーナ、その、目を閉じてもらっていいか」
「···はい///」
目を瞑り、クイッと顔を上に向けた彼女。
いわゆるその”キス顔”は余りにも美しく、そして、俺が見たことのない、俺がいつの日か見たいと願っていた、平沢夏帆の表情だった···
思わず、カラダが動いた。
強く、強く、抱きしめるように彼女のカラダを引き寄せ、そして、俺は自らの唇を彼女の唇に重ね合わせた。
チュッ。
ファーストキスのその感触に想いを馳せる間もなく、その刹那、俺たちの隣にあった鏡が光輝き出し、そして、金髪碧眼の少女が目の前に現れた。
その姿を見て、俺はとっさに天使が現れたと思った。
なぜなら、彼女は宙に浮かんでいたからだ。
『やぁ、初めましてドウテイ君!ボクは、君が始めたこの”物語”の案内人だよ、ヨロシクね♡』