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第2章 町

「出発の準備はできているかい?」

 ベニシオが開いている玄関のドアの前に立ちながら後ろにいるヘクターに呼びかけた。ベニシオの右肩には小さなポーチがぶら下がっていて、彼の頭の上には長い灰色の帽子が被られている。また、彼の左手はパイプを握っている。支度の準備はもうすでにできているようだ。

「少しお待ちください。薬とポーションを確認しています。」

 とヘクターが答えた。彼は少し前までご馳走が並んでいた机の上にある黒いカバンと数個の液体がポーションやハーブ草を整理している。これもある種の日常である。ベニシオは薬の整理のような「細くて面倒くさい」作業をほとんどヘクターにやらされている。彼は高齢でありながらも活発な人で心身ともに定期的に動かさないと落ち着かない性分だ。いいことにヘクターは逆の性格をしている。彼は心より整理整頓を尊び、非常に注意深く全てにおいて細かくそして丁寧に済ますこだわりがある。3人の患者だけにもかかわらず、予期せぬ状況を踏まえて多めに必要な道具を用意し、持っていくものを全て記録している。これは帰ったときに、欠品がないか確認するとともに、その日の薬の需要度をわかるためだ。倉庫管理と補充も彼の仕事でああり、よく求められている薬を理解することで流行病の兆しを感知し備えることができるとともに、薬を調合するために必要になる材料を補充できる。

 真剣に薬を数えていたヘクターの横には、低い身長を補うために椅子の上に立ち、ハーブ草をまとめていたスペスがいる。スペスは幼い頃からベニシオから薬学を教わり、一般的なハーブ草の仕分けから調合の仕方まで理解している。

「毒消草“アンチドテゥン”10束、疲労回復草“ダピバス”10束、それと止血・鎮痛草“ヘモスタシス”5束用意完了!!」

 スペスの元気溢れる声が家中に響く。高いテーブルから両手を離し立っていた椅子から飛び出して床に着地した。その直後、ヘクターの方向を向いて聞いた。

「完璧でしょ、ヘクター。早く街へ行こうよ」

 少年がそう言いながらヘクターを急かす素振りを見せていた。その傍に小さく台所からアルキマギルスの歌い声が空間を響いた。よほど上機嫌だ。

「そうだね。必要なものは全部揃っている。ありがとうね、スペス」

 そう述べた後ヘクターはハーブ草や必要な道具を黒いスーツケースにしまい、それを優雅に手に取り玄関の方向へ向かった。そこにはもうスペスが元気な笑みでヘクターを待っていた。

「じゃあ、出発しましょうか」

 とヘクターがベニシオに聞いた。

「うむ」と答えた後、加えていたパイプを口から外し、大きなため息をつくように円状の煙を吐いて、歩み始めた。

「アルキ、留守番よろしく!」

 と台所の方に元気で大きな声でそう言ったスペスはベニシオとヘクターの後を追った。

---------

 

 軽やかな足取りで家を出た三人は、丘の上から見渡せる下町の景色を眺めた。霧がかった朝日が瓦屋根に光を反射させ、小さな煙突から立ち上る薄い煙が静かな活気を漂わせている。


「最近、近くに村では新しい病気が流行り出しているらしい。」

 と、ベニシオが口にした。彼はパイプを加えながらゆっくりと歩を進め、背後のヘクターとスペスに軽く振り返った。


「また新しい病気か…」

 ヘクターは眉間にしわを寄せ、黒いスーツケースを軽々と持ち直した。「最近は何だか不穏だね。他の村の村人に話を聞いてもっと根本的な原因を探る必要がありそうだ。流行病の記録と照合させて…」とポツポツとヘクターが難しい話を一人で話していった。

 

 その言葉にスペスが小さく笑い声を漏らした。「ヘクター、記録付け好きじゃないか。僕だったら絶対途中で飽きちゃうよ。」

 スペスはそう言いながら、ポーチの中から小さな本を取り出した。「最近ね、魔法の練習で“フレア・リフト”っていう火を持ち上げる魔法を勉強してるんだ!アルキが手伝ってくれてるんだけど、これがすごく難しくてさ。でも、うまくいったら料理の火起こしが簡単になるかもしれないよ。」


 スペスの話にベニシオが笑みを浮かべた。「いい心がけだな、スペス。だが、火を扱う魔法は慎重に練習するんだぞ。焦らずやることだ。」


「その通りだ。」ヘクターも口を挟んだ。「一つ間違えれば、料理どころか家ごと火事になるぞ。お前は夢中になると周りが見えなくなるところがあるから、気をつけるんだ。」


「わかってるよ、ヘクター!」スペスはぷっと頬を膨らませながら言い返した。


三人が話しながら小道を進んでいくと、下町がさらに近づいてきた。家々の屋根が大きくなり、遠くから聞こえていた街のざわめきが徐々に鮮明になる。通りには野菜や果物を運ぶ馬車、子供たちの笑い声、そして商人たちの呼び声が響いている。


「さて、まずは診療所に向かおう。」

 とベニシオが言った。「今日は少し忙しくなりそうだぞ。」


「僕は市場を見て回りたい!」とスペスがはしゃいで言った。「新しいハーブとか魔法の本が売ってないかな。」


ヘクターがそれを聞いて深いため息をついた。「市場で勝手にうろうろするなよ、スペス。何かあればすぐに知らせるんだ。」


「わかってるってば!」スペスはそう言いながら、早足で街の入り口へと向かった。その後ろ姿を見つめながら、ベニシオとヘクターも足を速めた。

 三人の姿が朝の光に溶け込み、街の中へと吸い込まれていった。


 そして、彼らは「ドムス・ノストラ」の街についた。田舎にあるその街は、自然に囲まれた風光明媚な場所に位置している。街の規模は大きすぎず、小さすぎず、町人たちが肩を寄せ合いながらも、落ち着いた雰囲気を持っている。街の外れには広大な畑が広がり、特にとうもろこしや果物、そして薬草の栽培で知られている。農夫たちは、早朝から夕暮れまで畑で働き、収穫された作物は街の市場で売られるほか、近隣の街や村にまで運ばれる。街の建物は木造で、煙突からは暖かい煙が立ち昇り、どこか穏やかな生活のリズムを感じさせる。

 

 朝の澄んだ空気の中、ベニシオたちが「ドムス・ノストラ」の街の入口に足を踏み入れると、すぐに馴染み深い住民たちが彼らを迎えた。


 近くの市場で野菜を並べていた農夫が手を振りながら駆け寄ってきた。彼は快活な笑顔を浮かべながらヘクターにも目を向ける。「ヘクターさん、いつも診療の後に倉庫の薬草整理までありがとうございます。それにスペスちゃん、ずいぶん背が伸びたね!」


「お久しぶりです!」スペスは元気よく手を振り返し、まるでこの街に来るのがずっと待ち遠しかったかのような表情を浮かべていた。「ぼくも薬草の勉強、前よりうまくなったんだよ。今度何かあったらぼくに任せて!」


「おお、頼もしいね。」農夫は目を細めて笑った。


 街の中央へ向かう途中、ベニシオたちはさらに多くの住民たちに声をかけられた。とあるパン屋の娘は「父が足を痛めて寝ていたとき、本当に助けていただきました」と頭を下げ、雑貨屋の主人は「新しい薬草、もし足りなければ言ってくださいね」と親しげに話しかけた。


 街の中心には市場が広がり、屋台が所狭しと並んでいる。野菜や果物、ハーブ、乾物、そして街の名物であるとうもろこしの粉を使ったパンが売られ、活気のある声が飛び交っている。スペスはその光景に目を輝かせながら、あちらこちらを興味深そうに見回していた。


 街を歩きながら、ヘクターがメモ帳を見直してスケジュールを確認していた。

「まずはカロリノ家ですね。診療所で準備してから訪問する形にしよう。午後にはプランタティノ氏、そして旅人の健康診断。」


「うむ、順調じゃな。昼の間に他に気になる患者がいれば対応しよう。」ベニシオが応えた後、ふとスペスを振り返った。「スペスよ、午後は診療所で簡単な調合を任せるかもしれん。手際を見てみたい。」


「ほんと?やるやる!ぼく、いっぱい練習したから絶対大丈夫だよ!」スペスは嬉しそうに胸を張った。


街の中心部にある診療所に着くと、木製の扉に手書きで「ベニシオ診療所」と書かれた看板が掲げられていた。中は清潔で、ベニシオとヘクターが定期的に手入れしているだけあって整理整頓されている。薬棚には乾燥させたハーブや調合済みの薬がずらりと並び、どこか温かみのある雰囲気が漂っている。


街の静かな朝が徐々に賑やかさを増していく中、ベニシオたちはそれぞれの役割を果たすために準備を進めていた。

 

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