妬み
読んでいただきありがとうございます。お約束の意地悪令嬢が出てきます。
翌日の朝ギルバートが約束通り迎えに来てくれた。公爵家の紋の付いた馬車が来ただけで家令やメイド達があたふたした。これでは恥ずかしいので母からきちんと話をしてもらおうと思うアメリーだった。
どんな事があっても慌てないのがきちんとした貴族家の使用人だ。公爵家ではこういうことはないのだろうと思わず遠い目になってしまった。見送りに出てきた母にそっと耳打ちをしておいた。明日からはきちんとした対応ができるだろう。
そんな空気をものともせずギルバートが爽やかに挨拶をしてくれた。
「おはよう、今日から毎日迎えに来るからね、さあ行こうか」
「おはようございます、嬉しいですわ。参りましょうか」
なんて爽やかな人なのだろう、存在自体が淀みとは無縁の清廉な空気を纏っているようだ。エスコートまでしてもらえるらしい。なんのご褒美なのだろう。
ギルバートに関心のないアメリーでもありがたみが伝わってきた。
学院に着き馬車からギルバートが降りアメリーをエスコートしている姿を見た多くの生徒が驚いた顔をしていた。あからさまに陰口を言っているのも聞こえてくる。
「ギルバート様の隣に恥ずかしげもなくよく並べるわね。一体どんな手を使ったのかしら」
「怪我を理由に取り入ったのではないかしら、ギルバート様ってお優しいから」
ギルバートがその他大勢の方を向き
「名前を呼ぶことを許した覚えがないのに何故か気安く呼ばれている。しかもアメリーは僕の婚約者だ。悪口を言ったものは正式に家の方に抗議をさせてもらおうか」
と冷たい声で言った。その途端ひっと声にならない声を上げて走り去っていく者が大勢いた。
「これでかなり減ると思うけど、諦めの悪い者がいると思うので気をつけてね」
「私のためにきちんと言ってくださってありがとうございます」
「当たり前だよ、アメリーを悪く言うということは婚約者の私を悪く言うことだ。公爵家に喧嘩を売るという事がどういうことか分からせてあげないとね」
「ギルバート様の評判が落ちてしまいますよ」
「今迄どうにか躱していたけどそれは自分だけだったからだよ。次期公爵としてのいい練習になるから気にしないで」
(何だろう、この素敵な人は、絆されないように気をつけないと約束を破ってしまうことになる)心の中でアメリーは改めて約束を思い出し気をつけようと誓った。
教室に入ると皆の視線が集まっているのをひしひしと感じた。そこへやって来たのが遠縁の設定のメグだ。
「アメリー久しぶりね。今日からこの学院に通うことになったのよろしくね。急な話で私も驚いたんだけど貴女がいるから心強いわ。叔父様にはお話が行っているとお父様が言っていたから後で詳しく聞いてね」
流石にプロだ。何年ぶりにあった従姉妹同士の親しさを余すことなく表し、言い淀むこともなくアメリーに話しかけてきた。
「メグ久しぶりね、すっかり見違えたわ。五年ぶりかしら。話は帰ってからにしましょう。こちら婚約者のギルバート・ノートン様よ」
と打ち合わせ通りの受け答えをした。
三人は纏まって座ることが出来た。対外的に話しかけようとするものは減った。
アナトリアが何か言いたそうにチラチラと見てくるが詳しい話は出来ないので、口の動きだけで後でねとコンタクトを取った。
手紙でも出したほうがいいかもしれない。こちらに引き込んで被害が及んだら申し訳ないと思うアメリーだった。それほどまでにアメリーを取り巻く環境は変わってしまった。ギルバートが宣言してくれたにも関わらず女子学生の視線が冷ややかなのだ。彼の人気の凄さを僅かな時間で思い知らされた。
相変わらず勉強は面白かった。分からないところはギルバートが丁寧に教えてくれるので理解が進むし、メグに教えれば自分も解っていなかったところがはっきりする。やっかみの視線は感じるが勉強に没頭していれば気にしないでいられるので時間が経つのが早くありがたかった。
ランチは伯爵家のシェフが用意したものを持たせてくれるので、ギルバートの侍従のビルと一緒に四人で食べていた。
ギルバートの演技は上手くアメリーはいつもドキドキしっぱなしだった。
教室でも側に座って
「アメリーの黒い髪は艷やかで綺麗だね、漆黒の夜のようだ」
とか
「アメリーはどこまで知識を広げれば気がすむの?」
と甘い顔で平気で言うのだ。勘違いをしそうになってしまうのを堪えるのが大変なこちらの身にもなってほしい。解消後の蔑みが続くことを予想させるようなことは止めて欲しいとお願いしようと思うアメリーだった。
貴公子のお世辞を甘く見ていたつけが回って来てしまった。
「貴女がアメリー・ブライスなの?大した事ないのね。ちょっと付き合ってくれないかしら」
公爵令嬢のビクトリアから呼び出しを受けた。取り巻きが三人ほどついている。
誰も来そうにない裏庭に連れて行かれた。ギルバートとビルは公爵家の用事で側にいなかった。メグも教員に呼ばれて側から離れている。こういう事があるのは覚悟はしていた。殴られるのだろうか?水を掛けられるのだろうか?最悪の事態にならないといいがとアメリーは相手をまっすぐ見つめた。
「ギルバート様と婚約を解消しなさい。結婚相手はわたくしなの、伯爵家の娘ごときが何を勘違いしているのかしら」
するにはするが脅かされてするのは嫌だ。アメリーは
「お断りします」
とはっきり答えた。かっとなったビクトリアが思わず手を挙げた。打たれると痛みを覚悟したがそれは回避された。
「僕の婚約者に何をしているのかな」
ギルバートが氷のような顔でビクトリアを見、腕を掴んでいた。
「わ、わたくしの方がギルバート様に相応しいと」
「へえ、寄って集って権力に物を言わせて虐めをするような者が僕の婚約者になれるとでも?正式に抗議をするからそのつもりで。後ろの者の顔は知っているね、ビル。そちらにも抗議をするから屋敷に帰って震えている事だ」
ビルは無表情で返事をした。
「わかりました、ギルバート様の仰せのままに」
急に現れたギルバートに驚いたアメリーは
「ありがとうございます。今日はお屋敷に用事で帰られたのではありませんでしたか?どうしてここに」
と言ってしまった。
「こういう事を想定していたからだよ、あぶり出せて良かった。前から狙われていたんだよね。鬱陶しかったから片付けたかったんだ」
「お役に立てたんですね、良かったです」
「君って人は」
ギルバートが言った言葉は緊張から解けてほっとしたアメリーには届いていなかった。
誤字報告ありがとうございます。
危機に颯爽と現れるヒーロー、女の子なら好きになりますよね。