(仮の)婚約者
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公爵家の馬車で送られてきたアメリーを迎えに出た両親は突然のことでただただ驚いていた。しかも丁寧なお詫びまでされたのだから。
恐縮しお茶でも召し上がってくださいともてなそうとし、お嬢さんを休ませてあげてくださいとギルバートに言われてから、丁寧に見送った後で我に返っていた。
三日間くらいは痛みがありベッドで大人しくしている他はなかったが、次第に楽になってきた。湿布は朝と夕方メイドが代えてくれる。そうなると暇なので教科書を開いて勉強をすることにした。
心配をしたアナトリアがお菓子と本を持ってお見舞いに来てくれた。
「足の具合はどう?」
「痛みも楽になってきたし腫れも大分引いたの。学院に行って勉強したいわ」
「ギルバート様に横抱きで運ばれたことが学院中を駆け巡っているわよ。もう少し休んでいたほうがいいかもしれない」
「運ばれた時に覚悟はしたんだけど、降ろしてくださいと言っても聞いてもらえなかったのよ」
「流石に怪我をしたアメリーを放っておいたら後味が悪いものね。理想の貴公子の名前に恥じないわね」
「この本は恋愛小説?」
「そうなのよ、いつもは読まないでしょう、こんな時の暇つぶしにいいかと思ったの。凄く流行っているのよ、まあ読んでみてよ」
「ありがとう、読んでみるね」
アナトリアは気持ちの優しい信用のおける友達だった。二人で話していると時間はあっという間に過ぎた。
「今度は学院でね」
「気を引き締めていくわ、来てくれてありがとう、またね」
腫れも引き一人でも室内履きなら履いて歩けるようになった頃ギルバートが花束を持ってお見舞いに来た。
アメリーはメイドに支度を手伝って貰い急いで応接間に行くことにした。何と律儀な人なのだろうと感心をした。
ギルバートは学院の帰りにアメリーの屋敷に寄ったらしかった。制服のままだった。
「その後どう?良くなった?これ休んでいる間のノートと花、良かったら受け取って」
「ありがとう、助かります。それに綺麗な花束、誰かに花束を貰うなんて初めてだから嬉しいです。足はもう殆どいいのですが、家の者が心配して大事を取るように言うものですからお休みしているだけですの。もう少ししたら行けると思います」
「言いにくいんだけど、僕が横抱きにして君を運んだことが何故か君を貶める噂になっているんだ。迂闊だった」
「ご自分の人気に気づいていない理由はないと思っていたのですが、誰にでも隙はありますわよね。大丈夫です、あの時点で覚悟はしていましたから」
「学院は針の筵かもしれないな、事実ではないのに申し訳ない。何とか君を守る方法を考えてみるよ」
「ありがとうございます、いい方法が見つかるといいのですけど。どうしても見つからなかったら仮の婚約者になっていただけないでしょうか?」
「仮の婚約者ってどういう事?」
さっと顔色を変えたギルバートが強張った声で言った。
「ノートン公爵令息様は女性よけのために私は縁談よけのために一年だけ契約を結んでいただけたら助かるのですが」
「君に瑕疵が付くことになるよ、それでもいいの?」
「平凡な外見ですし結婚にそこまで憧れているわけでもありません。跡取りは兄がおりますし、王宮官吏が目標なのです。男性の知り合いもなく仮の婚約者をお願いできる方もいないので困っていたところです。どうせ針の筵なら考えてみていただけませんでしょうか?」
「十分可愛いと思うけど。僕が引き起こした騒ぎだから責任を感じるよ。両親にも了解を取らなければならないし、君のご両親にもお願いしなければならない」
「簡単なことではないのですね、申し訳ありません。撤回します」
「僕にも利益があることだから考えてみるよ。少し待っていて。君を針の筵に座らせることになったんだ、できるだけ良い方向に持って行くから。結婚に興味が無いなんてどうしてなのかな」
「後一年で学院も卒業ですし両親にお相手だけでも見つけろと言われていました。でも勉強が楽しくてどうでもよくなってしまいました。無理に結婚しなくても王宮で官吏になれば一人でも生きて行けると思ったのです。親を騙すのは良くないとは思ったのですが仮の婚約者がいれば納得してくれるのではないかと安易な考えをしてしまいました。ごめんなさい」
ギルバートは考えさせて欲しいと言って帰って行った。
アメリーは自分の浅はかな思いつきが恥ずかしくなり、今度彼に会ったらどういう顔をすればいいのか分からなくて頭を抱えた。
ギルバートはアメリーに驚かされる事ばかりだった。王宮官吏になりたいから一年の契約で婚約したい?仕事をしなくては生きていけないような家には見えなかった。令嬢は結婚して一人前という親の考えなのだろう。まあ頭がいいので能力を活かしたいということもあるだろうが。
学院での生活は多分想像を絶する物になるだろう、悪い意味で。
自分の持てる力を使って排除はしていくつもりだったが、それでも目の届かない時はあると想定していた。
何としても守らないと、ギルバートは拳を握りしめた。
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