第四話 初めましての挨拶と生き抜く術
「……………………!!」
俺は眼の前の異様な光景に、ただ唖然とすることしかできなかった。
教室の扉を開けたその先には、深い深い、薄暗く、静かで、どこか寂しさを感じさせつつも、それでいて折り重なる葉の隙間から漏れ出る日の光は、優しく、温かさを感じさせ、森全体をひっそりと照らしているようだった。
どことなく神秘さを感じつつも、ここが教室の中、つまり決められた高さに決まった広さ、そして照らす光はLED照明であるはずという一般的な認識が俺の頭を混乱させる。
このセカイが異質であることはここまでの道のりで嫌というほど体験してきたが、こうしてありありとその事実を目の当たりにすれば、一時的に脳がフリーズしてしまうのも致し方ない。
「まぁ、そりゃ教室の扉を開けて中に樹林があったら固まっちゃうよね………。実際私も別世界の扉を開けたんじゃんないかと思ったもの。……………既にいるんだけどね………」
「とにかく、この森をしばらく抜けた先に私達の拠点があるから行きましょう」
そう言って彼女は臆する様子もなくずんずんと森の中を進んでいった。
今度こそ見失えば置いてかいれる!と瞬間的に思った俺はすぐにその後を追いかけていった。
◇◆◇◆◇
10分くらい経っただろうか。
森の中を歩いている間、彼女は一言も喋らなかった。どうやら説明はほんとに後でするらしい
色々と疑問が頭の中で渦巻いているがそれはその拠点とやらについてからにしよう。
そうして森の中をひたすら進み続けた結果、ついにその隠れ家が見えてきた。
今までどこを見渡しても木、木、木、で先が見えなかったのが、突然パッと視界が開け、木々が消えた。
そこは青々と茂る森の一部をドーナツの穴のようにスッポリとくり抜いてしまったかのような場所だった。
その場所は、今まで生えていた針葉樹が生えておらず、雑草のみの広い円形の広場になっている。そして、今まで木に隠れて見えなかった、碧くどこまでも澄み渡るような空と悠々と流れる雲、自分の存在を際限なく主張する太陽がその姿を晒していた。
不気味さの欠片もないその空に感動しながら俺は視界を正面に戻す。
開けた広場には、大小様々なテントと小さめの家が数軒、そこらかしこに乱立している。家はどちらかというとログハウスのような物で、やや小さめであるが、人が5、6人ほどなら住めそうな広さである。テントはキャンプ等で使うだろう大型のものから独りキャンプのような小型のものまで様々だ。全体的な比重としてはだいたい7:3でテントのほうが多い。
どうやらここが彼女の言う隠れ家、このセカイを生き抜くための拠点なのだろう。
「あの真ん中にあるちょっと大きいログハウスが私達の家。あそこでお話しましょう」
そうして俺は彼女の名前すら知らないまま、彼女の拠点へと足を踏み入れることになったのだが……
「……………?」
広場へと足を踏み入れた瞬間体に違和感を覚えた。
それは誰かに触れられているようでもあり、見られているような感覚だった。だが何故か嫌悪感のようなものは感じなかった。むしろ安心するような、どこかで感じたことのあるような、そんな不思議な感覚だった。
とりあえず一旦、この謎は置いていくことにして、今は目の前の問題を解決するため、俺は彼女の住むログハウスにお邪魔することにした。
◇◆◇◆◇
「さて、一体何から話しましょう」
ログハウスの中は至ってシンプルだった。右手前側に位置する玄関を通って左手前にはキッチン、左奥にはダイニング、正面少し離れたところにリビング、右奥には2つ個室がある。
俺と彼女はそのうちのリビングで、机を挟んで対面で腰掛けていた。
こうして彼女を見てみて、初めてその容姿に気付く。髪はロングで背中まで届く長さ、髪色は黒。キリっとした眉に大きな一重。服装は若草色のワンピースに、肩当てと胸当てが繋がったタスキのようなものをつけている。控えめに言って美人だ。
「そうねまずはこの拠点について……」
「あのーその前にお名前聞いてもいいですか……?」
そう俺が尋ねると、彼女は一回ぱちくりと瞬きをした後、すっかり忘れていた様子で大きな声を出した。
「あぁ!そういえばまだ名前言ってなかったわね。私の名前は黒井凛。よろしくね」
「桐風楸哉です。よろしくお願いします……。」
「桐風くんね。その制服を見るからにあなた東界学院生よね?何年生?」
「ええと、2年ですけど…………」
「そう、私は3年よ。あなたも文化祭の準備をしていて、気づいたらここに居た。あってる?」
「はい、あってますけど………どういう意味ですか?」
「そうね。説明する前に最後にこれだけ聞かせて。あなたここに来てからどれくらい経つ?」
「どれくらいって………1時間前くらいに目覚めたばっかですけど……」
「1時間前かー……………なるほどね。」
そう言った後、目の前の謎の人物改めて黒井先輩はここまでの出来事を簡略化して説明してくれた。
「私達が目覚めたのはちょうど一週間前のこと…………」
文化祭準備でクラスの飾りつけ担当をしていた黒井先輩と4人のクラスメイトたちは、どうやらこの広場で目を覚ましたそうだ。突然のことにパニックになりながらも、時間をかけることでどうにか冷静さを取り戻し、これからどうするかを話し合った。その結果、残って救助を待つ組と少し探索してここがどこかを調査する組に分かれることにしたらしい。黒井先輩は探索組として、今年初めて、ついにクラスが一緒になった親友と2人で森に入ることにした。
「スマホを使って居場所を確認しようとしたんだけど一切電源がつかなくてね。だから連絡も取れないし、マップも見れないし、スマホが使えないとこんなに不便なんだなって感じたよ」
「スマホ……………あ!!そっかスマホ!!!完全に忘れてた………………………」
「え?もしかしてスマホがあること忘れてたの?……………君が初めてだよ、ここに来てから一度もスマホを確認しなかった人」
半ばあきれ顔で俺を見る黒井先輩。俺は自分のうっかりミスに恥ずかしくてゆでダコになりそうだった。
その後、探索していた黒井先輩達はどこまでも続く針葉樹の森に挫折し、結局居場所がわからないまま元の、この広場に帰ってきたそうだ。そして待機組に結果を報告しようとしたのだが…………
「それがね、誰も居なかったの。あったのは……………」
黒井先輩は少しためらうように一旦口を閉じてから、覚悟を決めた表情をして続く言葉を口にした。
「あったのは、血溜まりと引きずられてかすれた血の跡、そして至る所に散らばった血痕だけだった」
「ッ………………………!!」
黒井先輩はその顔に後悔の色を滲ませながらそう呟いた。
俺はしばらく何も言うことができなかった。
少しの重い沈黙の後、俺は意を決して、――勇気を振り絞って伝えてくれた先輩のためにも――その先について聞くことにした。
「その、救助を待っていた2人の先輩たちは、どうなったんですか?…………」
「……………分からない。ただ、あの血の量では……もう既に……………。」
「……そうですか………………………。」
再び場に沈黙が流れる。
しかし、先程よりも早く、沈黙は黒井先輩によって破られた。
「だけど、彼女たちは私達にとても大事な……このセカイで生きていくために必要な力―――それについての情報を残してくれていたの」
「セカイで生きていくために必要な力………………それはなんですか……?」
「”天職”と”能力”よ」
「…………!!」
黒井先輩の発した単語に俺は戦慄を隠しきれなかった。
たっぷり5秒も沈黙した後、俺はこう言った。
「……………って何ですか?」
目の前で黒井先輩が盛大にずっこけた。
あ、手の小指を机の角にぶつけたみたい。すごく痛そう。
あれ、なんで俺涙目で睨まれてるんだ?
「ちょっと、痛いんですけど」
「え、なんで俺が責められてるんですか?」
「あなたのせいに決まってるからでしょうが!!」
「え、いや、だって、手をぶつけたのは黒井先輩がちゃんと座ってないのが悪くて…………」
「あなたがあんな反応したらそりゃ誰だってずっこけるでしょうが!!!ああもう、そうじゃなくて、とにかく、なんであんな驚いたわけ?」
「いや、ここで驚くのがリアクション的に正解かなって思ったので」
「はあぁぁ!?なにそれ!わけわかんない!!!」
「つ、次から気をつけますんで、その、とりあえず意味を教えてくださいませんか?俺英語苦手なんですよ………」
あれ、なんか今度は鳩が豆鉄砲くらったような顔してる。
この人表情がコロコロ変わるなぁ…………
「あなた、なんでこの高校に進学したの……?」
「え?いきなりですね。ええと………制服がブレザーだったからですけど、学ランは嫌だったので」
「………………………はあぁぁぁぁ、そう。分かったわ」
すっっごいため息でかかったなぁ
というか、分かったって………………どゆこと?
「ええと、意味よね。ジョブが”天職”で、アビリティは”能力”よ」
「え、それってゲームとかでよくあるあの!?」
「あ、ほんとに意味分かってなかったんだ」
天職と能力ってまさにそうじゃん。というかいよいよ当初考えていた一つの推理が真実味を帯びてきたんですけど。よくよく思い返してみればここが異世界だとすれば辻褄、というよりは納得がいく。
いやこのセカイのことよりも、今は大事なことがある。それは………
「黒井先輩!」
「うわぁ!な、何?どうしたの?」
「その天職と能力って一体なんですか!?!?!?!?」
「あ、ああぁ、そ、そうね。その話よね。ええーと、それじゃあ本題に戻るわ」
黒井先輩は一つコホンと咳払いをすると、再びこの一週間のことを話始めた。
「まずは、この力について説明する前に、一つこれだけは絶対に覚えておいて欲しいの」
「な、なんですか、それは?」
「それはね……………むやみやたらに自分の力を他人に明かしてはならないということよ」




