第三話 maze of the school building
黒いゲートを通り抜けた先にあったのはよく見慣れた廊下だった。
薄汚れて灰色に近い白のコンクリート壁に、オフグリーンの床。壁にかけられている掲示板には、部活勧誘や大会のチラシに模試の順位表などが貼られている。
そう、ここは俺の通う東界学院の本校舎で間違いないだろう。間違いないのに......
「なんか……不気味じゃね?」
天井のLED照明は記憶にあるよりも弱々しく、廊下全体はどことなく薄暗く寂しそうな雰囲気をまとっている。その上、窓からは先ほど見た赤い空の光が差し込んでいるため、ほんのりと赤みがっかっている。そのせいか、見慣れているはずなのに背筋に寒気を覚えた。なんだろうこの感覚は?知っている廊下のはずなのにまるで別の場所にいるかのように感じる。
「と、とりあえずここが東界学院なら俺のクラスがあるはず!まずはそこに行ってみんなと合流しよう!!」
◇◆◇◆◇
あれから10分が経過した。おかしい。ぜったいおかしい。ぜっっっっっったいおかしい!!!
「一体全体どうなってんだよ......!!」
俺は思わず愚痴をこぼす。
10分もの間探し回ってもなお、俺は自分のクラスを見つけられないでいた。この高校に2年間近く通っている俺が自分のクラスの場所を覚えていないはずがない。なのに見つけられない。
その理由は...
「ダメだー!!どれだけ進んでも廊下が無限に続いてる!突き当たりが見つからねぇ」
そう、廊下を進んでも進んでも一向に終りが見えないのである。それどころか途中で右折や左折をしても最終的には元いたあの掲示板が見える場所に戻ってきてしまう。さらに、こんだけ探しても上階や下階に行くための階段やエレベーターも見つからないのだ。また、探し回っている途中幾つかの教室を見つけたが、そのどれもが教室札にクラス名が書かれておらず、廊下に面しているガラス窓全てに真っ黒い霧がかかっており中を覗くことは不可能だった。その上、ドアを開けようとしたがドアの隙間が謎の力によってガッチリと固定されており、動かそうとしてもピクリとも動かなかった。
「まじでどこだよここ………流石に笑えなくなってきた…」
唯一分かったことはここがいつもの普通の東界学院ではないことであり、まるで校舎内が迷路になったかのような錯覚を覚える。
もうすでにおかしな事でお腹いっぱいなのだが、どうやらまだ、ここについて知らないことがたくさんあるようだ。
もう何度目かの最初の位置に戻ってきたときそれはおきた。
どれだけ進んでも戻されることに苛立ちを感じ始めてきた俺は、思わず壁を思いっきり蹴ってしまったのだ。ドン!と鈍い音がしたその瞬間
「──────────────!!!!!!!!!」
蹴った壁が、鼓膜を破るかのような強烈な音のない金切声を上げたのである。あまりのうるささに俺は涙目になりながら必死で耳を塞いだ後、壁から離れ、しゃがみこんだ。しかしそれでもなおうるさく、耳の血管が千切れ出血するほどだった。幸いにも鼓膜は破れなかったが、どうやら事態はこれだけでは収まらないらしい。
金切声を合図にして、立っていた床の一部が歪み液状化したかと思うと、今度はその液体が徐々に盛り上がっていきその中からあろうことか”人?”が出てきたのだ。
その”人?”は、体の所々が筋肉や骨が見えるまで腐敗しており、耐え難いほどの悪臭を放ち、ボロボロになって穴だらけになった東界学院の制服を着ていた。
そいつらが何十という数でふらふらと近づいてくる様はまさにゾンビ映画に出てくる”ゾンビ”そのものだった。
俺は信じられないおぞましい光景に腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。
重い足取りながらも、徐々に徐々にゾンビはその距離を詰めてくる。
「あ……あ……………」
悲鳴を上げることさえできず、ゾンビがもう目と鼻の先まで迫ってくる。
ゾンビはその腐った手で、その見た目からは想像できないほどの力で俺の肩をガシ!っと掴み、口が裂けるのもおかまいなしにぱっくりと大口を開けて俺を喰らおうとする。
その姿を見た瞬間、本能的な恐怖と死への予感が一時的に俺に抗う力を与えた。
俺は全力でゾンビを突き飛ばし、直ぐ様後ろに向いて駆け出す。
だがしかし
「おい……嘘だろ……………………」
俺にはもう逃げ場なんてなかった。
俺の前も、横も、後ろも、全てゾンビに囲まれており、何十…いや、何百という数である。
俺はその場に膝から崩れ落ち、自分の死を悟った。
「…もうお終いだ、何もかも。もうここで俺はわけの分からぬまま死ぬんだ.........」
そう呟いた直後だった
一筋の閃光が瞬き、俺の前方を塞いでいたソンビに突き刺さり爆発した。
爆発は眩しいほどの光を撒き散らしながら数十体ものゾンビを吹き飛ばした。
その後も光がヒュンヒュンと飛んできては俺の周りにいるゾンビをどんどん吹き飛ばしていく。
突然の事態に俺はただ口をポカンと開けてゾンビが吹っ飛んでいくさまをぽけーと見つめることしかできなかった。
そうこうしているうちに俺の周りを囲んでいた何百体ものゾンビはすっかり居なくなってしまった。
「す、すげぇ……何だ今の……」
「君、大丈夫?さっきからマヌケな顔してるけど」
「おおええぇぇ!?だ、だだだ誰!?!?!?!?」
「ちょっ、びっくりしすぎ!とにかくここから逃げるよ。じゃないとまたあいつらが湧いてくる。」
「あ、あのどちら様で?と、というかあの光みたいなのは貴方が??だとしたら助けていただきありがとうございます!」
「わかったわかった!いいからとにかく話は後!!走るよ!」
そういって謎の人物は、俺の腕を引っ張り上げ立たせた後、俺を置き去りにして猛スピードで走り始めた。
「わ…え?ちょっ、待ってくださ〜い!!」
突然のことに脳が追いつかず、思わず情けない声が出てしまった。
そして、俺も謎の人を見失なわないようにと全力で走り出した。
◇◆◇◆◇
「はぁ……はぁ…は、速すぎるっ!」
そして現在に至る。
俺はなんとか必死に喰らいつくことで先程の人物を見失わずに済んでいた。
そしてここまでの出来事を振り返っていたのだが、なんともまぁよく生きていたなという感じである。あの謎の人物が助けてくれなかったら今頃死んでるだろうし、その前から危ない場面は多々あった。我ながら流石にお馬鹿すぎる。これは要反省だなぁ
としているうちにようやっと先に着いて待っていたであろう謎の人物に追いつく事ができた。
「お、やっときた〜。遅いよ〜」
「はぁ…はぁ…はぁ、あ、貴方が速すぎるんです!もうちょっと…ゆっくり…走って…ください!」
「あぁごめんね〜。つい加減するの忘れちゃった。まぁでもゾンビが結構後ろから追ってきてたし許して?」
「え、そうなんですか!?全然気づかなかった……」
走るのに必死ずぎて全く後ろなんて気にしてなかったわ
「さて、ここで君を見捨てるのも忍びないし私達の隠れ家に案内しましょう」
「隠れ家?」
「そう。さ、着いて来て」
そういって謎の人物は眼の前にある2−6と書かれた教室のドアを勢いよくガラ!っと開けた。
そこには信じられない光景が広がっていた。
一面見渡す限りの木、木、木。
背の高い針葉樹によって中は少し薄暗くなっており、地面にはくるぶし程度の高さしかない雑草で敷き詰められている。
あの人は確かに教室のドアを開けたはずだったのに中にあったのは、机や椅子、黒板などではなく
終わりの見えない森だった。