脇役のピエロ
三話を書き上げるのに一ヶ月もかかってしまいました。四話目はもっと早く書けるように努力していこうと思います。
俺の人生最大の不幸は、今まで恋人がいた事がなかった事だ。俺の人生二十三年間の中で、互いに愛し合える人間は一人もいなかった。
工業高校を卒業と同時に家を出た俺は、兵庫県の神戸市に出てきた。都会に出れば、今までの冴えない人生を変えられると思ったのだ。
だが、それは大きな間違いだった。
神戸に出て、それなりの企業に就職した俺だったが、人生はそんなに上手くいかなかった。新しい出会いを期待して就職した会社で、配属された職場には同世代の女の子が一人もいなかった。元々、女性が少ない会社で男ばかりの部署だったので、女がいなかったのは仕方のない事だ。進学してたら、もっと様々な出会いがあったかもしれないが、大学に行けるほど勉強熱心だったわけでもないし、専門学校に行ってまでやりたい事もなかった。
それに俺に恋人ができなかったのは職場のせいじゃなかった。自分の不幸を環境のせいにするのはダメ人間の傾向だ。その証拠に同じ部署に配属された同期の社員達には殆ど全員恋人がいた。そのうち何人かはセフレがいた。同期の奴らは気さくで面倒見が良かった。よく遊びに誘ってもらったりしたもんだ。皆んな毎日が楽しそうだった。
就職したばかりの頃は、俺も焦りから恋人を作ろうと色々と行動した。大学生になった友人に女の子を紹介してもらったり、合コンや飲み会に参加した。大学生でもないのに、サークルの新人歓迎パーティーに無理やり参加したり、平日に会社を休んでゼミ主催のバーベキューパーティーにゲストで参加させて貰ったりもした。だが、どれも成果は出なかった。俺はいつでも三番手か、良くて二番手。気になる女の子に話しかけても相手にもされなかった。
そして、俺は気づいてしまった。誰も俺になんて興味がないんだと。
誰も俺に興味がない空間に一人。友人の気遣いが俺をより一層惨めにさせた。周りに人が沢山いるのに、俺は常に孤独だった。そんな俺が求められるのは余興の時だけだった。周りを笑わせる為に、酒を一気したりする時しか注目されない。
皆んなが笑う中で、俺だけが笑われる側。用意された舞台の上で客が求める滑稽な姿を披露する。俺はピエロだった。
何よりも惨めだったのは、それが俺の存在価値だったって事だ。俺は笑い者になる為にそこにいた。どんなに嫌でも笑わなきゃならない。ピエロは白い白粉と赤い口紅で自分の本当の顔を塗りつぶして笑う。一度笑うのをやめたら、もう二度と笑えなくなる。惨めな自分の姿に耐えられなくなるから。いつしか俺は恋人を作る事を諦めていた。
俺たちが店に入ってニ時間ほど経った頃だ。扉が開く音がした。どんな客が入ってきたか気になったが、入ってきた客が柄の悪い男達で目が合って絡まれたりしたら最悪だ。なので、俺は入ってきた客がカウンターに座った時に、チラリと横目で確認した。
新しい客は、ガールズバーでは珍しいタイプの組み合わせだった。二十代前半くらいの女と三十になるかくらいの男の二人組だ。男の方は、どこにでもいそうな普通の男だった。特に記憶に残るようなタイプではなく、街に溢れる一般人って感じだ。
俺が何故、こんなに男の特徴のなさに興味を持った理由は女だ。女の方は、黒髪ストレートの中々の美人だった。清楚な感じの服装だが、雰囲気は清楚系って感じじゃなかった。どちらかと言うと活発な印象を受けた。同性だけじゃなく異性の友達も多そうで、積極的な感じの笑顔が可愛い明るい女だった。
ガルバに女が来るってのは、珍しい事に思えるが案外良くある事だ。中にはそれで付き合う男女もいると聞く。まあ、俺たちには関係ない。俺はすぐに電モクに視線を戻して、次に直人に歌ってもらいたい曲を選んだ。
俺達と彼らは全くの他人で、偶然同じ店に入っただけ。関わる事はない。そう思っていた。
新しい客が来て少し時間が経った。直人が三曲目を歌い終えた時だ。突然、彼女が話しかけてきた。男の方がトイレに立った時だ。
「お兄さん、めっちゃ歌上手いね。」
話しかけられた直人は、いつものように笑顔で返した。
「ありがとうございます。」
「よくこの店には来るの?」
「はい、しょっちゅう。」
「そうなんや。いつもどんなん歌うん?」
「アニソンとかが多いっすね。こいつが勝手に入れるんですよ。」
直人は俺の事を指差しながら言った。俺は何も言わず、軽く会釈した。
「直人くん、歌上手いんですよ。いつも高得点やし。」
そう言ったのは、キャストのアリサだった。一応、二十歳。彼女は、金髪のショートヘアでボーイッシュな印象の女の子だ。初めて来た時は、映画の話で盛り上がった。直人は彼女の薦められて観た映画がすごく面白かったと言っていた。その映画は、俺が前々おすすめしてた映画だ。俺が何回薦めても観なかったのに、女の子に薦められたら一発で観た。それを知った時の俺の心境は複雑なものだった。もしかしたら嫉妬していたのかもしれない。
「直人くんって言うんや。私、茉莉花って言うねん。よろしく。」
「茉莉花さんですか。この店は初めてですか?」
「うん、初めて。」
「直人くん、バンドもしてたんですよ。」
「へえ、そうなんや!すごいな。確かにバンドしてそうな見た目してるもんな。仕事は何してんの?」
「バーテンダーしてます。」
「ああ、それっぽい。」
アリサと茉莉花さん、そして直人は楽しそうに話してた。俺はと言うと、直人の陰に隠れてタバコを吸っていた。俺は直人みたいに初対面の人間とこんなに仲良く話せない。すぐに会話に詰まって、気まずい空気にしてしまう。だから、この時も息を潜めていた。そうして、空気になり何とかこの場をやり過ごそうとしていた時だった。
「そっちの君は歌わへんの?」
急に茉莉花さんに話を振られた。
「ああ、えっと…」
突然話しかけられたので、すぐに言葉が出てこない。言葉に詰まり焦る俺を助けてくれたのはアリサだった。
「武雄くんはいつも歌わないんですよ。いつも、直人くんが歌ってるのを聞いてます。」
「そうなんや。」
「ええ、たまにデュエットとかしたりしますけどね。普段は俺に歌わせてばかりです。しかも、高い曲ばっかり。」
「でも、歌ってあげるんや。」
「そうですね。歌わんと武雄しつこいから。」
「仲良いんやね。」
「武雄くん、いつも直人くんにベッタリですもん。」とアリサが言った。
「直人くんの事好きなんや。」
「ええ、まあ…」
俺は精一杯の愛想笑いを浮かべてそう返した。そんな俺に直人は言った。
「武雄、もっとこうゆう時に話さんと。」
「ああ、そうやな。」
「話すことなんか、幾らでもあるやろ。もっと話さないと彼女なんかできへんで?」
「分かってる。」
そんな俺達の会話を聞いて、茉莉花さんは笑っていた。俺だって、会話しなきゃいけないのは分かってる。だけど、何を話したら良いのか分からないんだ。でも、俺が話さなくても特にこの場に影響はない。俺はその後も、最低限の会話しかせずに、タバコを吸っていた。
その後、直人と茉莉花さんは連絡先を交換して、しばらくしたら一緒に来た男と共に帰って行った。そのすぐ後に、俺たちも店を出た。
店を出た後、途中で直人と別れた俺はすぐに家に帰る気になれなかった。俺は遠回りで駅に向かうことにした。もうすぐ終電だというのに梅田の街はまだまだ賑やかだった。サラリーマンや大学生が夜はこれからだと言わんばかりに騒いでいた。俺は賑やかな商店街から出て、雑居ビルの間にある暗く狭い路地に入った。スナックや飲み屋が多い怪しげな場所だ。普段なら、何かやばい事に遭遇しないかと内心ビクビクしながら通る。だが、今日は気にもならない。起こるかも分からない危険なんてどうでも良かった。茉莉花さんの事が気になっていたのだ。理由は分からなかった。この気持ちは何なんだ。分からないと余計に気になって仕方なかった。
偶然店で会っただけ。殆ど会話もなかったのに何故か気になってしかたなかった。何故、こんなにも気になるのか。なぜ、ここまで心がざわつくのか。俺は心に渦巻くモヤモヤの理由を探したが、結局駅に着いても納得のいく答えを見つける事はできなかった。そして、電車に乗った時には、既に考える事をやめていた。気にしない事にしたのだ。電車の中で俺は優先座席に座り、窓の外の景色を見ていた。普段と違う一日の終わりに見る夜景はいつも見てるはずなのに、普段と全然違って見えた。何か、新しい物語が始まりそうな予感がした。
昔と比べて愛想笑いが上手くなりました。自分の意思と関係なく笑顔で居続けるのは、本当にストレスが溜まります。