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プロローグ

 昔は、人の少ない早朝の道や公園が好きでした。普段は人がいる場所に人がいないのが、非日常って感じがして、新しい何かが始まりそうな予感がするからです。でも今は会社に行かなくちゃいけない朝が嫌いです。永遠に夜であって欲しいと思う時があります。

 今日は日曜日。俺こと斉藤武雄は、自宅から徒歩十分ほどの距離にある最寄駅に来ていた。ベンチに座り電車が来るのを待っている。

 早朝の駅のホームは人が少なく閑散としていた。いるのは、部活に向かうらしいジャージに短髪の男子高校生と、髪を茶色に染め、パーマを当てた大学生らしい青年だけだった。どちらもワイヤレスイヤホンを着けて、手に持ったスマホに視線を向けている。

 俺はふと立ち上がり、ホームの端まで行き、ぼんやりと線路を眺めていた。電車はまだ来ない。

 こうしてると、線路に飛び込んで自殺する人間の気持ちがよく分かる。電車が通っていない時の駅はアナウンス以外の音は殆ど聞こえない。周りの乗客の殆どは自身の手元のスマホに夢中で、周囲に何の関心もない。子連れの母親すらスマホに夢中で自分の子供に無関心。こんなに静かだと余計な事ばかり考えてしまう。

 仕事に行きたくないとか。上司に怒られるのが嫌だとか。こんなに苦しい思いをしてまで、生きてるのは何故だとか。押し寄せてくる負の感情の波に耐えられなくなる。そして、目の前を電車が通り過ぎる時の空気を切る音。あんなスピードで走る鉄の塊に突っ込んだら自分の人生を一瞬で終わらせてくれそうな気がする。痛みも苦しみも感じる時間もなくだ。

 たった一歩踏み出す。そんな簡単な事で苦しみから解放される。俺も何度、電車に飛び込んでやろうと思っただろうか。あの時に死ななくて本当に良かった。

 そんな事を考えていた時、風が頬を撫でた。中々、心地良く季節の変わり目を感じた。もう十月だ。ついこの前まで、暑さに悩まされてたのが嘘のようだ。

 今日の計画を思いついたのは、連日猛暑が続き、日中の屋外で働く俺みたいな肉体労働者には地獄のような八月の半ばだった。準備に随分時間がかかった。金もかかってしまった。あんなに苦しい思いをして貯めた貯金をこんな事の為に使うなんて、他人からすれば馬鹿馬鹿しい事だと思うだろう。その上、この計画を実行すれば、俺は社会的な地位も自由も失う。だが、今の生活に未練なんて微塵もない。俺には一切の迷いがなかった。

 金はいくら貯めても使い道がない。車もブランド品も欲しくない。行きたい場所や、夢中になれる趣味もない。ギャンブルや女遊びにも興味がなかった。

 こんな歪んだ社会での地位?そんなものにしがみついても、意味なんてないだろう。誰かを傷つけ傷つけられないと、得られない地位なんてクソ以下の何物でもない。

 自由も同じだ。そもそもおかしなルールにがんじがらめのこの社会で、自由なんてまやかしだ。最初から存在していない。

 どれもこれも意味のない物だと心のどこがで分かっていたのに、俺はそれらを失わない為に苦しんでいた。

 本当に欲しい物もやりたい事も分からない。自分にとって何が幸せで何が不幸なのかも分からない。

 少し前まで、季節を感じる事さえ出来なくなっていた。通勤途中にある公園で満開の桜を見ても、五月蝿く鳴く蝉の声を聞いても何も感じない。俺の感性は死んでいた。そんな自分に対して何の感情も持てなかった。いつ死んでも良いと思っていた。

 だが、今は違う。死にたくないと本気で思う。少なくとも、今日の計画をやり遂げるまでは、絶対に死にたくない。俺は自分に昔の感覚が戻ってきた事が嬉しかった。自分が何を欲しかったのか気づく事ができた。

 俺が本当に欲しかったのは自分だ。どこかで失った本当の俺だ。そして、俺はもう少しでそれを取り戻せるところにまできている。

 だが、まだ足りない。俺にはまだ、やるべき事が残っている。

 今日で全て終わらせる。今日は、俺の人生のクライマックスとも言える日だ。俺の人生自体は、これからも続く。でも、物語としては今日が完結だ。

 今までロクな人生じゃなかった。その結果、自分がこういう結論を出したのも、自然の成り行きだと思う。もうこの辺で終わりにした方がいいんだ。意味もなくダラダラと続く物語は嫌われる。

 今日、俺は好きだった人を殺す。ニヶ月前のあの日からそう決めていた。

 殺してやる。俺は心の中で何度も繰り返した。繰り返すたびに、力が溢れてくるような気がする。

 俺は自分が既に引き返せない所まで来ていて、その事は、俺自身が一番よく分かっていた。


 ようやく到着した電車に乗り込んだ俺は、扉横の誰も座っていない優先座席に腰を下ろした。手に持っていた紙袋を膝の上に置いた。とあるアパレルショップの物で、中には二枚のTシャツと今回の計画に必要なある物が入っている。

扉が閉まり、電車がゆっくり動き出す。徐々にスピードが上がって行く車内で、俺は揺れに身を任せて、外の景色を眺める。その時、俺の脳裏に浮かんだのは、あの日の事だった。

 昔から小説を書きたくて、ついに書く事ができました。読んでくれたら嬉しいです。

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