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雨の種  作者: 春光 皓
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昔話

 ここ数日、連日のように雨脚の弱い日が続いている。


 当然、雨が弱まることで公共交通機関を始めとする、様々な分野に支障が生じた。


 今朝のニュースでも、この雨脚の弱さを心配する声と、電車やバスの減便、及び運航状況が報道されている。


 一方で、世間の声とは対照的に洸太郎は少し安心していた。


 その理由は二つあり、一つは課外授業の際に神木様を見上げやすくなること。


 不謹慎だとは思いつつも、内心、今日までは雨が弱まれば良いなと思っていた。



 そしてもう一つ。


 さらに身勝手ではあるのだが、恥をかきたくなかったこと。


 というのも、昨日の帰り際「大降りになったらゴーグル持って行くわ」と大介は言っていた。


 毎日雨が降るからといって、外でゴーグルなど着ける人を見たことがない。

 

 言うまでもなく、外でゴーグルを付けるという概念などないからだ。


 しかし、大介なら本当にやりかねず、人の目を気にする高校生にとっては罰ゲームでしかないと思っていた。


 ある意味、この雨脚に救われたと言っても良い程であった。



 そんなことを考えていると、ニュースは既に次の日の雨予報に移っており、洸太郎は急いで玄関へと向かう。


 今日は一日通しての課外授業となっているが、現地集合ではなく、一度、学校に集合してから水源寺に行くことになっている。



 洸太郎は今日も早起きをしていたが、結局、家を出るのはいつもと同じ時間だった。




「あーあ、せっかくのゴーグルデビューが」



 やはり大介は本気だった。


 本人は残念がっていたが、レインウェアにゴーグルという、どこぞの特殊部隊のような格好を避けられたことを洸太郎は安堵する。



「良かった。私、絶対にゴーグルなんて着けたくなかったし」

「だいちゃんって、ネジが一本外れてるとこあるよね」

「外れたというより、元々締め忘れているんだろうね」



 自分の予想に反して朝から女性陣の大バッシングを受けた大介は、「俺を不良品扱いしてねーか」と嘆いている。


 そんなことを言いながらも、これ以上のバッシングを避けるように鞄の隙間から見えていたゴーグルのストラップをこっそりと鞄に押し込んでいる大介を見て、洸太郎は慰めるように大介の肩を叩いたのだった。



「グループのメンバーは全員揃ってるか?」



 松木が全員に確認をする。


 このような課外授業は一人、二人と欠席者がいるものだが、幸いにも今日の欠席者はゼロ人だった。


 神木様の話自体は色々なタイミングで耳にするが、実際に神木様を見に行く機会は意外と多くはない。


 欠席者がいないということは生徒全員、関心があるということを示していた。



「欠席者ゼロか。神木様も喜ばれるだろうな、ははは」



 松木が少し冗談のように言ったが、一人も反応するものはいなかった。


 欠席者に続き、反応者もまたゼロである。



「ん、ううん」と恥ずかしさを紛らわすように咳払いをして、松木は続けた。



「それでは、準備の出来たグループから俺のところに来て出発してくれ」



 各々が簡単にメモの取れる筆記用具を鞄に入れ、レインウェアに身を包む。


 グループのメンバーが揃ったことを松木に報告し、別々に水源寺を目指すことになる。


 これなら現地集合でも良いのではないか――と洸太郎は思った。

 

 学校というところは、こういうところが少しお堅い。



 洸太郎たちのグループも準備が整い、松木に報告をする。



「先生。グループ水田、準備が出来ましたので行ってまいります」


「水田、まるでお前のチームみたいな言い方だな。気を付けて行けよ。先生は後から現地で合流するから」



 グループリーダーは松木に緊急連絡先として自分の携帯番号を伝えるのだが、自ら名乗り出たこともあり、洸太郎は大介をグループリーダーに任命した。



「後で合流するなら、全員で一緒に行けば良いのにね」



 大介が連絡先を書いている間、瑠奈は小声で言った。


 やはり、全員がそう思っている。

 

 学校を出ると、先に出発したグループの背中を追うように四人は歩き出した。


 水源寺までは片道五十分程度、ゆっくり歩いても一時間で到着する。


 先程出発をする際、松木は腕時計を見てメモに控えていたので、目的地にしっかり向かっているのか、寄り道をしていないかなど、こういうところも何かしらの評価対象になっているのかもしれない。



「水源寺に行くの、久しぶりだなあ」



 リーダー職を拝命した大介は楽しそうだ。




「そうだね。私は小学校五年生で行った時以来かも。その時はこうちゃんも、だいちゃんも、違うクラスだったよね」


「社会科見学だったっけ?」


「そうそう! 確かだいちゃん、その時はゴーグル着けてて、隣のクラスに変な人いるって話題になってさ」


「なんだ、やっぱり大介くんは、昔からネジついてなかったんじゃない」


「てかさっき、『ゴーグルデビューが』とか言ってなかったか? 記憶から抹消するなよ」




 思いもよらない角度からの集中砲撃を受け、大介は「その話はよせ」と必死に抵抗した。



「私も小学校の行った以来かな。確か神木様の前辺りで写真を撮ったんだけど、あの時はただの大きな木としか思っていなかったなぁ」



 瑠奈も懐かしそうに言う。



「小学生ならそんなものだよね。昔話だと思ってた内容が急に目の前に現れても、あんまり実感がわかないというか」


「そうそう。あ、でもね、その時に神木様の葉っぱが、私の手のひらに落ちてきたの。キレイな深緑色だったな。凄く小さかったんだけど、心なしか、その葉っぱが温かくて」



「葉っぱが温かい?」



 瑠奈の言葉に、大介は疑うような声で言った。



「うん。自分でも不思議な感覚だったんだけど、あぁ、これが神木様なんだって思ったの」


「凄い話だな……。あれ? 温かいって言えばさ、昔、洸太郎も同じようなこと言ってなかったか?」



「そんなこと言ったっけ?」



 洸太郎は首を傾げ、右手を顎に当てながら少しの間考えたが、まるで思い出すことが出来なかった。



「あったよ! えーっと確か……、あれ、いつだったかな……」

「幼稚園の時!」



 千歳がハッとした表情で軽く手を叩き、大きな声で言った。


「幼稚園の遠足だよ! ほら、あの遠足の後、神木様の絵をみんなで描いてさ。描き終わってから発表会みたいなのしたじゃない? その時こうちゃん、自分の手の周りを赤く囲って。これは、葉っぱが温かかったからだって」


「そうだ、それだ! なんか神木様の前でやたらとぴょんぴょんジャンプしてたし、しまいには奇抜な絵を描いたもんだから、みんなから変な目で見られて……。洸太郎、覚えてないか?」



 言われてみればそうだったような気もするが、あまりにも昔過ぎて、洸太郎はぼんやりとしか思い出すことが出来なかった。



「むしろ良く覚えてたな、二人とも」



「幼稚園生ながら、なかなかに衝撃的だったからなぁ」と二人は口を揃えた。



「洸太郎もあったんだ……じゃあやっぱり、あの感覚は気のせいじゃなかったんだ!」



 瑠奈は元から大きな目を更に大きくして、洸太郎を見た。



「いやいや、そもそも僕の記憶にはないからなんとも言えないけど……」



 そんな洸太郎の反応に耳を傾けることもなく、三人はやれ奇跡だ、やれ神秘だと騒いでいる。


 なんだか三人だけで盛り上がっている気がしたが、ここで強く否定するのも水を差すような気もして、洸太郎はそれ以上、何も言わなかった。



 もしそれが事実でなくとも、この時は、それはそれで良いとも思っていた。

続きが気になると思って下さった方、是非ブックマーク、評価の程よろしくお願いいたします。

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